託されたもの・3
「あんたも、恨んだこと……あるのか」
歩きながら考え事をしていたせいで、気が付けば牢獄の最奥にいた。地下牢は相変わらず冷たくて、湿った空気は淀んでいる。
そんな中で、化け物と呼ばれた娘は大人しく座っていた。
むき出しの手足は白く、細い。臭いのは薬のせいか、この地下牢の所為か分からなかった。カンテラの光を揺らせば、ゆっくり彼女が振り向く。
その目に、ぞくりとした。
「なに」
「…………いや、なんでも」
ないと言いかけて、思い直した。
こんな所まで来たのは、ちゃんと理由がある。いや、そんなものは最初からなかったのかもしれない。大事な幼馴染のために、何かしてやりたかった。
守るために剣を学び、守るために神聖騎士になったのではないのか。
訊かなくてはならない。
「なんで、殺した」
「…………」
「言えよ。まだ、喋れるんだろ?!」
クラインは自分でも驚くほどに、怒りを感じていた。
おおっぴらに泣くことを許されない王女。
遺体を見ることも叶わなかった国王。
骨の髄まで染み渡るほどに、理解していたはずだった。身分の違い、出生だけはどうしようもない。中途半端に近づきすぎたから、どんな風に感情を現せばいいのか分からなかった。
分かっているのは二人が、クラインにとって肉親以上の存在ということだ。
「なんで殺した!」
「じゃない」
「あぁ?!」
「わたし、じゃない。でも、わたしが殺した」
「意味がわかんねえ。てめえがやったんじゃないなら、誰が」
そこで言葉を封じ込んだのは、クラインの本能的な何かだった。
後から思えば、それは野生の勘に近かったかもしれない。他人(特にストラルド)に言われると腹の立つことだが、結果的に彼らの状況は一変することになる。
(まさか)
心当たりはあった。
ミリエランダは確かに、王位継承者ではない。しかし王子が生まれたからそう言われているだけで、実際に決断すべき国王は何も言っていなかったのだ。つまり、王女の継承権はなくなっていない。
今のシクリアには、2つの勢力がある。
ミリエランダを推す王女派と、王妃の実家であるクーベルタン一族が中心となる王子派。ちないに王女派は中心となっている貴族が明確ではない。国民の支持が圧倒的であることと、事実上の王位継承者がマルセルとされているからだ。
当然ながら、王女派と王子派の仲はよろしくない。
(だからって国王を暗殺するか?)
少なくとも、後継がどちらであるかを明確にするのが最優先事項だろう。殺すのなら、その後でも構わない。この推測でも、動機までははっきりとしないが。
クラインは頭を振った。
「こういうのはルディの奴が得意なんだがな……」
「るでぃ?」
「あ、俺が言ったってのは内緒な。ストラルド、ってのが本当の名だ」
「ルディ…………、ミア」
「てめえ! じゃねえや、お前はなんでその呼び名を知ってる」
思わず鉄格子を掴んだ。
派手な音に気を害した風もなく、娘は淀んだ目で瞬きをする。
「さっき何て言った。もう一度、言ってみろ」
「………………」
「おいっ」
「ミアに、会わせて」
「聞いてんのか、こら!」
「ミリエランダ」
「……っ、連れてくりゃいいんだろ。連れてくれば!!」
娘が微笑んだように、見えた。
色んな感情が入り混じって、クラインには掴めなかった。彼女が喜んだのか、悲しんでいるのか。それでも一つだけ、言えることがある。今はもう、彼女が国王を殺した犯人だとはとても思えなくなっていた。