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王女ミリエランダ・4

「それで、どうなったの?」

 ミリエランダが事の顛末を聞くに至ったのは、アレクセル王の国葬が終わった日の夜だった。クラインが地下牢へ向かったのは二日前なので、もう待ちきれなかったのだ。

 長ったらしい式典に全て出席し、その足で二人の幼馴染を召喚した。

 貴族の一人として参列していたストラルドは礼装のままだし、ミリエランダは衝立の向こうで着替えている最中だ。衣擦れの音がやけに重たそうで、目のやり場に困る。

「着替え、あんのか」

 窮屈そうに襟元を緩めるクラインを横目に、ストラルドは溜息を吐いた。

「そういう問題ですか」

「諦めろ。知ってるだろ、ミアの性格」

「王女は残念なことに、淑女として少々足りない部分があるそうですよ」

「あら、どうもありがとう。クライン」

「俺かよ!」

「いいから報告の続き。何のために侍女の手を借りずに、一人で奮闘してると思ってるの。言っておくけどね、このドレスはちょっと手がこんでいて」

「分かった、分かった! ちゃんと報告するから、ドレスの構造について説明するのは止めてくれ」

「どきどきしちゃう?」

「女って大変なんだなー、って思う。あと頑張りすぎてのが逆に萎える、夢が減る」


 バキッ


 衝立の上部に突如として、笑顔の王女殿下が出現する。

 白魚のような指先が、見事な細工部分へめり込んでいるのは気のせいだ。目の錯覚だ、そうに違いない。メキメキと内部の構造が露出しつつあるのも、非現実的だ。つまり、ありえない。公式の場で緊張しすぎて、頭が疲れているのだ。

「クライン」

「私は知りませんよ。騎士らしく、己の失態は君自身で始末してくださいね」

「思ったことを言っただけだろが」

「そうね、あんたはそういう男。知ってたわ」

 衝立が勢いよく倒れた。

 にっこりと微笑む王女の姿を目の当たりにする寸前で、さっと横を向いたストラルドは流石というべきだろう。うっかり直視してしまったクラインは、じわじわと赤くなる顔を抑えながら大慌てだ。

「み、ミア。落ち着け、とりあえず落ち着け。そして何か着ろ。な?」

「落ち着いているわよ、もちろん。とっても冷静」

 腰に手をやり、つんっと顎を逸らした立ち姿はいつものミリエランダ。

 袖がほとんどないアンダーシャツとペチコートのみ着用し、本来は滅多にお目にかかれないガーターベルトまでが惜しげもなく晒されている。国葬には黒いドレスで参列するのだが、下も黒だった。

 白と黒の相性はすこぶる良い。

「ええ、はい。何も問題ありません。さすがに陛下が亡くなられたことで、気を落とされているようです。ご心配なく、被害は最小限に抑えます。……慣れていますから」

「………………」

「…………」

「ふぅ、これでしばらくの時間は稼げますね。どうかしましたか、二人とも」

 ぱたんと扉を閉め、部屋に戻ってきたストラルドは何食わぬ顔で問うてきた。

 いつの間に部屋を出ていたのだとか、さっきの受け答えは何だとか、言ってやりたいことは山ほどあるのだが、何やら馬鹿馬鹿しくなってしまった。

「服を着るわ」

「そうしてください。権力に興味はありませんが、出世は遅れると後が面倒ですので」

 王女は何も言わず、倒した衝立を足先で元通りにした。

 ごそごそとやり始めるのを待ってから、クラインが「やれやれ」と髪をいじる。

 警護のためとはいえ、騎士にもそれなりの正装というものがある。撫でつけた髪も、ぱりっとしていた襟元も今はぐしゃぐしゃだ。窮屈な格好が嫌いなクラインらしいが、更に上を目指そうとするにはやや難易度は高いだろう。

「んだよ、ストラルド」

「黙っていれば、中々見られたものですよ。幼馴染は、そういう所も似るのでしょうか」

「お前は、その毒を抑える術を覚えたんか?」

「王女派の方々には、よくしてもらっていますね。近いうちに、執政官補佐の役目をいただけることになっています。もちろん、それ相応の見返りを期待されているのですが」

「つくづく『幼馴染』は得だな」

「ええ」

 こんな風に、二人の意見が合うのは珍しくない。

 前提条件がいつも決まっているからだ。ストラルドはクラインを見やり、それから視線を戻した。おそらく自分たちの表情は、似通ったものになっている。

「皮肉っぽい冷めた顔」

「早かったですね。さすが、慣れていらっしゃる」

「褒め言葉が褒め言葉にならないのはルディの得意技ね」

 全体的にゆったりとしたワンピースに着替えた王女は、ひょいと肩をすくめる。

「見つからないようにするには侍女の手を借りるわけにはいかないもの。変装して城を抜け出すのなんて、父様がやっていたことよ。娘のあたしがやったらおかしい?」

「アレクセル様は、別ですよ」

「だな」

「なによ、二人とも! こういう時ばっかり結託して」

「結託とは何だ。王女の自覚が足りねえって言ってんだろうが」

「自覚? 父様のいない今、マルセルが次代を継ぐのは明白。まだ幼いからって理由で、執政官と大臣の何人かが補佐につくんでしょうけど」

 マルセルは6才だ。

 広大な土地を持っていたり、強力な騎士団が守ってくれるのなら別かもしれない。シクリア王立騎士団は、そもそも神聖騎士団に対抗して作られた。歴史も浅く、組織としても小さい。シクリアという王国そのものが小規模である、というのも一因している。

 しかも周囲には大国が二つあり、それぞれに強い軍事力を誇っていた。

 過去に何度も侵攻され、その度に神聖騎士団とアレクセル王が跳ね除けてきたのだ。今、どちらかの国に攻め込まれたら防ぎきれるか分からない。

「王子派、ですか」

「ああ、そういや執政官にレノって奴いただろ」

「ジャン・レノ殿ですか。マルセル様の教育係にして、アレクセル様が手塩にかけて育てられた若手の政治家ですね」

「それだけじゃないわよ。レノはイザベラ様の義弟にあたるわ」

「まだご成約はされていないと記憶していますよ。ジャン・レノ殿は、王妃殿下の妹君であられるレティシア様の婚約者です。シクリアの二大貴族といわれるクーベルタン家は特に古いしきたりを重んじますから、結婚式は早くても来年以降でしょう」

「お前ら、よく知ってんな」

「常識です」

「それで? レノがどうかしたの」

 王女の動きに合わせ、床に届きそうな長い裾がふわり広がる。

 美しい金髪は全部解いて、肩から下へ流れるままになっていた。その下に、あの黒一色が隠れているかと思うと――。

「あっ、いや。何も考えてない。考えてないぞ俺」

「クライン、疲れた? 明日にする?」

「王女。体の一部は元気そうですから、問題ありません」

「ストラルド!」

「一部?」

「お前もそこはつっこまなくていいからっ」

 王女と幼馴染たちの漫才――もとい、密談はまだまだ終わりそうにない。

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