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王女ミリエランダ・2

「そんなわけで、俺が来た。了解?」

「い、いや、全然まったく分かりませんです」

 困り果てた牢番を見下ろし、赤みがかった茶髪へ手を突っ込む。

 母が北の国出身だというのはあまり関係ないかもしれないが、シクリアで色の濃い髪や目の色は珍しい。クラインはこっそり自慢にしている髪で、古めかしい貴族からは嫌われる原因の一つになっている。

 ちなみに王国誕生の頃からあったとされる名家の坊ちゃま、ストラルドは見事な銀髪だ。何で出来ているのか不思議でならず、試しに引っ張っては怒られた回数は覚えていない。ミリエランダと並べば、とてもお似合いのカップルだ。それがまた面白くなくて、色々やらかしたのも今はいい思い出だった。

(っと、浸っている場合じゃなかった)

 牢番は落ち着かなさげに鍵をいじくる。

 クラインの父は一介の職人だが、クライン自身はシクリアで最も誉れ高いとされる神聖騎士団に所属している。そして牢番は、王立騎士団の中でも最も格の低い兵士が持ち回りで担当する。おどおどと視線を彷徨わせる牢番からしてみれば、クラインは雲の上の存在だ。

「所属が違うから、命令を聞けねーってか?」

「そ、そのようなことは!」

 可哀想なくらいに青ざめて、首がもげそうな勢いでぶんぶん振る。

「し、しかしですね。件の罪人はとても凶悪でして、わっわたしなんかは恐くてとても」

「案内しろって言ってんじゃねえよ。中へ入れろ、って言ってるの。分かる?」

「お、お許しくださいお許しください」

 むくんだ手をこすり合わせると、握ったままの鍵も一緒に雑な音を立てた。小柄な男はフードを目深に被っていて、年の頃はよく分からない。だが、少なくともクラインよりは上だろう。

 半泣きで拝まれると、まるで苛めているような心地になる。

「ちょっと見るだけじゃねえか」

「で、ですが誰も近づけるなとのご命令でして」

「誰の」

「ひいっ、レノ執政官様です」

 飛び上がらんばかりに怯えて、それでも名前を吐いてしまう牢番は小物だ。おかげで見えてきたようなそうでもないような感じだが、クラインのやるべきことは最初から変わらない。

 ミリエランダが見てこい、と言った。

 彼女の命令には絶対服従しないが、頼まれ事は必ず果たす。幼い頃にそう決めて以来、クラインは一度も違えたことがない。

「仕方ねえな。…………ほい、俺の剣」

「へっ?」

 諦めたのかと安堵した矢先に、見事な剣を渡された牢番は顎が今にも落ちそうだ。あまりにも間抜けな顔に吹き出しかけて、なんとか堪える。今は怯えさせたままの方がいい。

「万が一って奴だ。囚人に襲われそうになったら、それで抵抗しろ」

「き、騎士様はどうなさるんで?」

「俺様は、陛下よりも強いからな。素手でも平気だ」

 本当は「アレクセル様の次に強い」が口癖なのだが、とっさの機転だ。

 国王殺しの犯人に会おうというのだから、強さをアピールしておくに越したことはない。単純な牢番は、堂々としたクラインの態度に信憑性ありと感じたらしい。神聖騎士団に相応しく、美しい装飾の施された剣を鞘ごと抱きしめた。

 さしずめ、お守り代わりといったところか。震えが止まっている。

「では、あの……ご案内、します」

「ん? あー、そうだな。そうなっちまうか」

 独り言のように嘯いて、ぽりぽりと頭をかく。

 牢番を丸め込んだはいいが、護身用と言ってしまった。今更返せとも言えないし、そうするとクラインは用を為さずに牢を去らなくてはならない。

(ストラルドの馬鹿にした顔が浮かぶぜ)

 あの男なら、もっとスマートに事を運ぶ。時間をかけず、そして確実に周囲へ波を立てない最善の策をもって、王女の依頼を果たすだろう。

 と、そこまで考えが至ってからクラインは渋面になった。

「俺様の方が役に立つ」

「も、もちろんですとも!」

「…………さっさと行け」

「はいぃっ」

 心の声が外に洩れていたらしい。

 かき回しすぎて常にボサボサな髪へ手を突っ込みながら、牢番の後ろで大人しく待った。華やかに見える城の奥はほとんど人が寄り付かない領域だ。彼らが居座っている部屋には二つの扉があり、今開けようとしているのが牢へ続く木製扉だった。

 最初に開けさせた鉄製のそれに比べれば、随分と古びている。

「蹴った方が早くないか?」

「と、とんでもない!」

「ちょっと言ってみただけだ」

 やっぱり駄目か、クラインは肩を竦める。

 つくづく王女が来なくて良かった。彼女なら、とっくに痺れを切らして「突破」を試みていることだろう。今は亡き国王も大概に型破りな人だったが、その血を濃く受け継いでいる。

(黙っていりゃ、美人なんだけどよ)

 王室は、特に体面を重んじる。

 そういうわけだから、庶子である王女は非常に微妙な立場にいるのだが。両親の良いとこ取りをした美貌のおかげで、王子誕生以後もシクリア王国の看板を担っている。

 それに、王女は国民にとても人気があるのだ。

 口よりも先に手が出るし、草原で大の字になって昼寝をするのが趣味で、馬術を覚えた途端に遠出をしては何日も帰らないわ、剣技を極めすぎて指南役と良い勝負をするわ、果てには野盗退治にまで自ら乗り出す始末。

 シクリア王国で、剣聖王と暴走王女を知らない者はいない。

(普通にしてたが……今頃、一人で泣いてたり)

 クラインの足が止まった。

 気配に敏いのか、牢番が怪訝そうに振り返る。構うなと言う代わりに手を振って、残りの手で顔の下半分を覆った。なくして初めて、その大きさを知ると言うが。

 たまんねえな、と呟いた声は囚人たちの出迎えでかき消された。

「クラインッ、この犬っころが。よくもノコノコ顔を出しやがったな、えぇ!?」

「よぉ、お前らも元気そうじゃねえか。安心した」

「ヘラヘラ笑ってんな、ぶっ殺すぞ!!」

「やってみろよ。もう一度、地に這わせてやんぜ」

 売り言葉に買い言葉。挑発的な言葉は否応なしに相手を興奮させ、鉄格子から無数の手が飛び出してくる。彼らの手足を拘束する鎖のおかげで、通路を歩く人間まで届かない。怨嗟の声や憎悪に殺意で満ち満ちた空気が、湿った牢獄を一層おどろおどろしいものへ変える。

 牢番はと見れば、この騒ぎの中で独り言を呟いている。

 なるほど、己の世界に没頭すれば怯えることもないだろう。牢番なりに自己防衛手段を心得ているのかと納得して、クラインは暗がりへと目を凝らした。階段を降りていくと、いよいよカンテラの明かりが頼りになってくる。

「随分と暗いな」

「地下牢ですから」

「ははっ、そりゃそうだ」

 さっきの囚人たちと違い、こちら側はごそごそと蠢く気配くらいか。光もほとんどない場所に閉じ込められ、いつまで正気を保てるだろう。

「床が濡れてい、います。ご注意を」 

 牢番も怖いのか、鍵を握る手が震えている。

 ひんやりと空気は冷たく、湿った空気が澱んだまま溜まっている気がした。少なくとも、まともな神経の持ち主なら長居したいとは思わない。どんな化け物か知らないが、この牢獄へ押し込められたのを少しだけ同情したくなった。

「騎士様」

「お前はそこにいろ」

「で、ですが」

「俺様の剣、落とすんじゃねえぞ」

 落としたくらいで罰を与えられたりしないが、牢番は慌てて抱きしめる。

 クラインは、ゆっくりと奥へ首を捻った。地下牢へ足を踏み入れるのは初めてだったが、牢屋に窓がないという前情報はある。あらかじめ闇に目を慣らしていたおかげで、カンテラの明かりがなくてもかろうじて見えた。

 最奥に、何かがいる。

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