世界のごみ捨て場 日向ver
短編小説です。
昔書いていたやつを手直しして持ってきました。
短いのでサクッと読めます。
ここはどこだろう? 僕は今まで何をしていたんだろう? 思い出したくても思い出せない。いや、覚えていることもある。この記憶は、僕が…………。
ここまで考えて、日向は思考を止めた。
考えるだけ無駄だった。昔の記憶など、僅か十二歳で世界に見限られた日向にとっては、まさに取るに足らないことだ。誰にも必要とされず、忌み嫌われてきたことなど。
「でも、ここどこだろう? どうやって来たのかな?」
日向は、首にかけているお気に入りのタグ状ネックレスを触りながら、辺りを見渡す。あるのは、まるで世界中のごみをかき集めて作られた、遠くの方にも広がるごみ溜まり。そして、灰色の絵の具を空一面に垂らしたかのような、太陽も見えない曇天。
ここはまるで、この世にいらない物を集めた場所みたいだ。
廃材に、使うことのないラジオ。木が腐っていて、触るだけで崩れてしまいそうなテーブル。ただの鉄パイプなどなど。あらゆるいらない物が、ちょっと見ただけでもあった。
「…………」
可哀想に、もしかしたらまだ何かに使えるかもしれないのに。
日向がごみ溜めの一つに向かおうとした時。足に何か当たった。
「何?」
そこにあったのは、自分のお気に入りリュックだった。
「これは……僕の」
何の気もなしに、手に持ったリュックのチャックを開ける。すると、昔の記憶が嫌というほど溢れ出てきて、頭の中がしっちゃかめっちゃかになった。
急いでチャックを閉じると、記憶も同時に止まった。
「なんなんだろう? これ」
リュックを見つめていると、先ほど向かおうとしていたごみ溜めから、ガラッ、と音がした。
驚くと同時に恐怖心が溢れてきた。もしかしたらのことを考えると、身が竦む。
しかしそれは杞憂だった。現れたのは、自分とそれほど年の変わらない女の子だった。
格好は自分と変わらず、煤や埃でボロっちくなった服を着ていて、手にはリュック。一つ違ったのは、もう片っぽの手に懐中時計が握られていたことだ。
数秒間の間、互いに見つめ合った。こんなところに人がいることに驚いたが、それ以前に、何か引かれる物を彼女から感じていた。
「あなたは?」
今にも消えてしまいそうな、か細い無機質な声で彼女は言った。
「日向……君は」
「友紀」
「友紀…………」
「日向……」
「何?」
「私と一緒にここから出ない?」
言葉の意味がよく理解できなかった。ここから出る? ここがどこだかもわからないのに、どうやって出るんだ? そもそも。
「出れたとして、どこに行くの?」
友紀は首を横に降った。本人にもわからないのだろう。
「……でも」
「んっ?」
「……でも、ここには居たくない」
「……そっか」
その言葉には理解ができた。ここにいるのは、居心地が悪い。
「……なら、行こう?」
そう言って、手を差し出す。すると、友紀はおずおずと僕の手を握ってきた。その手は擦り傷があって痛々しく、けれど温かな手だった。
「まずは、このごみ捨て場の端っこに行こうよ」
「うん」
友紀はリュックを背負って、懐中時計をポケットにしまった。
僕たちは歩き始めた。歩いている最中、友紀に自分の過去とネックレスの経緯について話た。
僕は西業寺とゆう、昔で言う華族あたる家の三男に生まれたこと。昔から英才教育を受け、花道書道茶道なんかはお手の物で、スポーツもそれなりにできることを。
そして、兄二人よりも実力で劣っていることも話た。
しかし友紀は薄い笑顔で。
「そんなことないよ、私は日向しか知らないから、私にとっての日向は、誰よりも凄いよ」
と言ってくれた。正直嬉しかったけど、もし友紀が兄たちを知ってしまったらと思うと、恐ろしかった。きっと友紀も、僕のことを駄目な奴だと思うに違いないと。
でも友紀はそうは思ってないみたいで。
「もし日向のお兄さんに会っても、きっと私は、日向が一番凄いって言うと思う」
と言ってくれた。
「ありがとう」
そう言うと。
「お礼はいいよ」
と、笑って返された。
ネックレスは母が昔、といっても三年前だが、その年の僕の誕生日にくれた物だ。しかし母は、その年に事故で死んでしまった。だからこれは母の形見で、一番大切た物だと話た。それを聞いた友紀は。
「私と似たような関係なんだ」
そう言って友紀は、ポケット中から懐中時計を取り出して、自分のことを話し出した。
「私は日向と違って裕福じゃないけど、幸せな家庭に育ったと思う。日向の前でこんなこと言うのは、ちょっとあれだけど」
「大丈夫」
そう笑顔で言うと。
「ありがとう」
と言って続きを話た。
「お父さんがいて、お母さんがいて、とても楽しかった」
過去形が気になって、その理由を聞いた。僕の言葉に、友紀は頷き。
「私のお父さんがリストラにあって、借金をするはめになったの。お父さんは蒸発して、お母さんは首が回らなくなって、家で自殺した」
友紀の言った衝撃の事実を耳にしても、俄に信じられなかった。でも、友紀の表情は、話すたびに暗くなり、声の明るさもなくなっていった。恐らく全ては事実なのだろう。
「これは、お父さんが蒸発する前にくれた、懐中時計なの。もともとお父さんが使っていたものなんだけど、私が無理言って貰ったの」
けれど、お父さんの話をする時は、とても大切な人のように大事に、楽しそうに話す。きっと、友紀はお父さんのことが大好きなのだろう。
そんな話をしている間に、いつの間にか端っこに来ていた。一体何分間歩いたのか、そんなことはわからないが、途方もない距離を歩いた気がする。
「ついたね」
隣で考え深い顔をしている友紀に言うと。
「そうだね」
と無機質な返事をした。自分がここから出たいと言っていた割には、随分とリアクションが薄いと思っていたが。口許を見てみると、少しだけ笑っているのがわかった。
「行こう?」
手を引っ張って催促すると、友紀は頷いてその手を握り返した。
出てからの世界は何だか、色鮮やかだった。僕たちがいた世界とでも言うのだろうか、そういった場所にいた。僕たちはそこで、自分の居場所を探した。
世界に見限られ、居場所を失った僕たちだけど、きっとどこかに僕たちを受け入れてくれる場所がある。そう思って、そう願って、僕たちは旅をした。
雨の日だって、雪の日だって、太陽が強く照らす日だって。僕たちは歩き、居場所を探した。
けれど、それは見つかることはなかった。
でもその代わりに、僕たちの仲は凄く良くなった。過去を聞き、記憶を共有すると、相手を見る目も変わってくる。親近感と言うよりも、既にこれは、恋と言っていいと思った。
僕は友紀が好きになっていた。
でも友紀がどう思っているかなんてわからない。一緒に居てくれるから、嫌いではないと思うけど、好きかどうかもわからない。今のところ、僕の片想いだ。
そんな中でも旅は続く。この時間が一生続いてもいい。僕はそう思い始めたが、終わりは突然訪れた。
「戻ってきた……」
脱力と絶望間に襲われ、僕はその場に立ち尽くした。
世界が一瞬で色褪せた。ここは恐らく、僕たちがいたごみ捨て場だ。戻ってきてしまった、終わった世界に。
「きっと私たちの居場所は、ここなんだよ」
友紀は悲しそうな笑顔を向けた。心が張り裂けそうになり、そして何にもできない自分に苛ついた。
友紀だけでも、ここから連れ出したかった。けれど叶わなかった。あまりこうゆうことを言うのは嫌だが、神様は僕たちを見放したんだ、だから僕たちはここにいる。
虚無感だけが心を満たしていった。隣で立つ友紀も、同じ気持ちかもしれない。
そのせいもあり、友紀の目には、既に何も映していないように、ただ一点を見つめていた。
僕は何か言わなきゃと思い、言葉を探しているその時、空が明るくなった。
覆っていた雲が一部、ぽっかりと穴が空いていて、それがその下の物を光に変えていた。
まるで、天の向かえのように。魂だけを吸い上げるように光に変えていた。
それが徐々にこちらに近づいて来る。
そして悟った。もう逃げることはできない。きっとあの光に吸い込まれたら、この世から存在が消されるだろうと。
「友紀……」
「何? 日向」
友紀は可愛い笑顔で、今までで一番優しい声で言った。
「……お別れだね」
泣きそうになって、声が震える。
こんな言葉は言いたくなかった。けど、言わなきゃいけない。言わなきゃ、後悔してしまうから。この気持ちも、伝えなきゃ。
「友紀……」
「日向。リュック、交換しない。後、ネックレスと懐中時計も」
「えっ?」
「……約束しよう、また会おうって。そしてこの大事な物も返すって。その言葉も、また巡り会ったらね」
見透かされていることに驚いたし、尚且つ恥ずかしかった。でも、嬉しかった。
「……うん、約束する。絶対また巡り会うって。会ったら懐中時計もリュックも返すし、この言葉を、絶対に言うって」
「約束」
そう言って、友紀はリュックと懐中時計を差し出した。僕はそれを受け取って、リュックとネックレスを差し出して。
「約束」
そう言って渡した。
そして、二人で手を繋ぎながら、空から降り注ぐ光を見ていた。
きっといつか巡り会う。例え君が世界の反対側に居ても、必ず迎えに行く。そして伝えるよ。
君のことが、大好きだって。