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殴りたい、と言われても

作者: 夏冬春秋



「好きだから、許せない」

 そう言われても、もう、どうしようもないんだよ。

 俺は人目を避ける様に、その場を去った。

 里見を置いて来た事なんて、この際どうでもよかった。


 夜の街を制服で駆け抜ける。下手をすれば、物好きなおっさんに掴まるかもしれない。それより、警察がやっかいだ。

 …今は、家には帰りたくない。

 眠らない街に、群がる人ゴミの間を、縫う様に走る。

 後ろから里見が追ってきている気がして、立ち止まれなかった。 街灯が、消えかかっている裏路地に、転がる様にして滑り込む。

 少し走ってようやく足を止めると、怪しいネオンが輝く通りに迷い込んでいる事に気がついた。

(しまった……)

 小さく、舌打ちをし咄嗟に建物の陰に隠れる。

 こんな所にいた方が、よっぽど危ない。

 不審者にしても、警察にしても、だ。掴まればまず、逃れられないだろう。

都合いい考えだが、今更里見が心配になってくる。


 薄暗い、建物の隙間に身を潜めていると、ぐっと誰かに手首をつかまれた。

「うわっ!」

 慌てて振り払った……つもりだったが、その力は強く、放してくれない。

(どーしよ!?里見………!!)

「怪しい奴じゃないからっ」

 腕を掴んだまま、陰が叫んだ。が、この状態で疑わない方がおかしい。

「放せよ!」

 無茶苦茶に、自由な左手を振り乱す。 放してはくれなかったが、ガンッと言う、鈍い感触が手を伝った。

 いでっ、と、言う声が聞こえ、力が緩んだ隙に、思い切りふりほどく。

 急いで逃げようと、振り向き、怪しい奴の横をすり抜けた時。

 目に飛び込んで来た姿は、腕が当たったらしい左肩を庇いながら、痛がってる里見…だった。



「ごめんね、期待にそえなくて」

 彼は苦笑まじりにそう言った。 里見だと思ったのは、どうやら勘違いだったみたいで、けどこうして顔を向けられても思う。

 とても、似ている。

「そんなに、俺似てた?」

(似てたから、腰を抜かして逃げ損ねたんだよ)

 黙って一度、頷いて見せる。

「あんたこそ、こんなトコで何してたの。どっから見ても、十代じゃん」

「あんたじゃない、シュウイチ。終わるに一で、終一。んで十代じゃない、二十一だよ」

 優しい口調とはきはきとした言葉で、彼……終が言う。

「終……」「そう、終。と言うか、君こそ十代でしょ。いいの?こんな所彷徨いちゃって」

 名前を聞くと、淡い期待も崩れてしまった。もしかしたら里見かも…なんて。

「馬鹿馬鹿しい」

 はぁ、と、深いため息が漏れる。

「俺?」

 ん?と言いながら、自分を指さしている。

「違う!それに、君じゃない、悠。『悠』で、ハルカ。それに、何で十代ってわかんの」

 負けじと、言い返す。けれど終は、鼻で笑うと、

「誰でもわかるよ、」

 指を指す。辿れば、着ている服に。

(あっ……)

「それ、隣町の高校の制服。学生じゃなきゃコスプレでしょ。で。高校生、何でホテル街にいんの?」

 誰でもわかる、確かに……。

 ビルの隙間に小さく座る二人、たまに通る人が見て行く、光りの方を終は差した。

 端から見れば、何かのプレイか…恋人の密会か、はたまた援交現場なのだろうか。

「間違って入り込んだんだよ」

「へぇ……でも、いいの?警察にでも見つかったら」

「だからこうして隠れてんだろ」

 終の言葉を遮り、早口でそう告げる。と、

「うーん…」

 と言いながら、下を向いて黙ってしまった。


「じゃあ行こうか」

 少しの沈黙の後、終は突然立ち上がった。

 んーと背伸びをすると、お姫様、とでも言う様に手を差し伸べる。

「何処へ?」

「決まってんでしょ、取り敢えず動こうよ」

(決まってる?)

「だから何処へ」

 問いかけると、少し眉間に皺を寄せ、光りの方を向いた。

 …今ならカツアゲにも見えるかもしれない。

「俺は喉が乾いた。最終の電車も、もう行ってしまっただろう。俺は、帰れない」

 大げさに、と言うか外人の様に、肩をすくめる。

(最終?)

「ちょっと、今何時?」

 終は、ちらっと腕時計に目をやり、

「もう三時前」

とだけ答えた。

(三時……そんなハズない)

 里見から逃げ出した時は、まだ日が沈んだばかりだったのに。

 どれだけ多く見ても、二時間程だろう。

 ……これも、里見が見せる夢か?

「で、だ。答えは一つだろ。何、取って食ったりしないから」

 しびれを切らしたのか、終が再び話し始める。

 答えと言うのは、あれだろう。

 つまり、あのネオンの中へ行こう、と…。

「いや、でも……」

「何もしないよ。朝までこうしてる訳にも行かないでしょ?」

「そうじゃなくて」

 まだ出会ったばかりだけど、まぁ多分、終は何もしないだろう。

……多分。

「あ、制服の心配?大丈夫。さっきも言ったでしょ、コスプレで通るんじゃない?無理でも、俺は口には自信がある」

 制服のことを考えてる、と思ったんだろう。

 終はにっこりと微笑む。でも、残念ながらハズレだ。

 終は、性格まで里見に似ている。

 終に立たされ、半引きずられる様に明るみにでた。

 案の定、制服は目立つ。眠らない街に蔓延る人間の、視線を一身に受ける気分だ。

 終相手なら、怖くはないかなと、これ以上の抵抗をやめ後ろから付いていく。

「ボロい所でいいんだろ?」

 終に聞くと、うーんと唸る。

「いやぁ、別に何処でもいいんだけどさ」

 終は、はははっ、と頭を掻きながら苦笑する。

 そう言いながらも、足はどんどんと人気のない方へ、進んでいた。


(もう、人が全然通らないな……)

 そんなに歩いてもないのに、すっかりと明るみが途絶えてしまった。

 キラキラ輝くネオンも、背中よりずっと向こう。

「終?」

「悠?どーした」

 不思議そうな顔をして、足を止める。

 どーしたもこーしたも………と苦笑すると、

「あぁ、道が外れた事?」

「外れた、と言うか。行くんじゃなかったの?」

 安心した様ながっかりした様な、複雑な感情が、流れ込んで来る。

 だが終は、さらっと言ってのけた。

「こっちにね、まだ真新しい所があるんだ」

 別に、休憩だけなんだし、遠くまで行かなくても、と言うと、終はふっと笑って歩きだした。

 ――けれど、それも数歩の事だった。

 ゴンッと鈍い音がしたかと思うと、終の身体がゆっくりと、前のめりになってゆく。

(………!)

 終!と呼ぶ声は音にはならなかった。

 当然だ、倒れた終の前には、何時の間にか、里見がいたんだから。

「里見!」



「好きだから、許せない」

 何時か聞いた様な言葉を、里見は吐いた。

 とても涼しい顔で、どす黒い空気が取り巻く様で、終を見下ろしながら。

「悠……?」

 ゆらゆらと立ち上がり、終が呟いた。

(頭から血が……)

「終、大丈夫?」

 そう声をかけると、頭に手をやり、弱々しく微笑んだ。

「痛た……何がどうなって」

 終の言葉は、途中で途切れた。いや、正確に言えば聞こえなくなったんだ。

「里見っ」

 腕を掴んだ儘、もの凄いスピードで走り出す。 見る間に終が小さくなり、闇に溶けていった。

「里見!何してんだ、終が死んだらどーする!」

 少し足を緩めた里見を、思い切り怒鳴りつけた。すると、その言葉が効いたのか、腕を掴んだ儘、止まった。

「僕は、あんなにオジサンじゃない」

 絞り出す様なその言葉は、震えていた。泣いてるのか、怒っているのかは、わからないが…。

「見てたのか?」

「違う、聞いてたんだ、逃げた時から」

 腕を握る方の手を、さらに締め付ける。

「悠には、聞きたいことが沢山ある」

 さっきまでは気が付かなかったが、よく見れば、反対の手には、終を殴ったらしい拳ほどの石を持っていた。

 街灯もない真っ暗な路地。

 里見の、悲しそうな顔に、見つめられていた。

「聞きたいのはこっちだ。何故終を殴った?今回の件は、関係ないだろ」

 自分の声が、脳に直接響く。その声も、多分震えていた。

 里見は、何も答えはしない。小さな、沈黙。

 満月がきらきらと輝いている。明かりはそれだけだから、十分に照らしはしない。

「悠に、まだ僕の願い叶えてもらってないから」

 けれど、里見の表情は、驚く程鮮明に、瞳に映し出されていた。

(願い……か)

「里見の願いは叶えられない。何度も、そう言ってる」

 もはや逃げられないだろう。

 何となく、だか確信があった。でも、それでもいい。

 余裕ぶる気力もないから、多分今は無表情だろうが、でも、それでいい。

「代わりなんか、いらないでしょ?」

 その言葉は多分、終を指しているんだろう。

 里見の代わりに、終を使った、と。

「願いは、叶えてやれない」

 あえて、言葉を無視した回答。それしか言えない程に、胸が苦しい。

 走ったせいにしてやりたい。それくらい、心臓が痛かった。

「叶えてよ!楽にして!お願いだよ!」

 突然、里見が怒鳴った。

 当たるように、持っていた石を地面に叩きつけ、ぼろぼろと涙をこぼし、

――地面だけを見つめ。

「無理だ、出来ない」

 里見の

「願い」

を聞き入れたら、どうなるかなんて、重々承知だった。

「悠、僕を愛してたなら、殴らせてよ」「殴らせたら、行ってしまう」

「僕は、それだけが心残りなんだよ…」

 わかってる。

―――里見は、一週間前に死んだと。

 頭では、わかってるんだ。早く、楽にさせてやりたいと。

 少しずつ、東の空が明るくなって来て、里見の顔も、より鮮明に見える様になってきて。

 初めて見た時よりも、影が、薄くなっていた。

 けれど、行かせたくない。

 ずっと傍にいたい。

 もう泣かさないと誓って、戻れるものなら、あの日の晩まで。

(そんな、夢ばかり見て。)

「何故、連れていかない」

 叶わない願いを抱くより、ずっと現実的だ。

 けれど、里見はそれを、一度も口にはしなかった。

 もう、随分と日が昇り、目を凝らさないと、里見が何処にいるのかさえわからない。

 けれど、涙を流し続けた里見の足下は、雨上がりの様に濡れていた。それも、"今"此処に存在すると言う証だと思うと、場違いだが、微笑ましく思える。


――パーン


 乾いた音がなったのは、次の瞬間だった。

「そんな事言わないで。悠、君は」




 日が昇りきるのと、里見が完全に消えたのは、ほぼ同時刻だった様に思える。

 気がつけば、一人ホテル街の、ビルの僅かな隙間に身を潜めていた。

(夢――?)

 はっと隣を見ると、終が座っている。

「悠、どうした」

 ん?と顔をのぞき込んでくる。

「今、何時?」

 そう聞くと、ちらっと腕時計に目を通し、終が立ち上がった。

「あらら……もう三時。終電なくなったよ」

 ははは、と情けない顔で笑う。

(そうか……)

「喉乾いたし、場所が場所だ。移動しよう。何、制服の事言われても、コスプレで通る」

 つい数時間前に聞いた、うる覚えの台詞を、終が言う前に、自分で言うと、

「そーだなぁ」

眉をハの時にし、終が微笑んだ。









 里見。

 時間を戻してくれて、有り難う。

 里見は多分、代わりなんていらない、と言うけど

そうはいかない。

 終程歳行ってないよ!と

 怒るだろうな。

 けど、代わりじゃない。

 里見は一人だから。

 人間の一生は短い、だから、もう少しだけ待ってて。

 "今"に里見の面影を求め

 "未来"に、君に、もう一度

 出会えます様にと。


 それから

 里見の最後の言葉、忘れないから。


『悠、君は、生きてるんだから』






-fin-

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