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「ギャン」

暗い通路に、黒い犬(ブラックドッグ)の断末魔の叫びが響く。黒い犬は、黒の体毛と3つの瞳が特徴的な魔物である。迷宮の上層部では何処にでも存在し、強い魔物の子分となっている事もあれば、斥候として餌である人間を探したり、徒党を組んで襲ってきたりする厄介な魔物であった。

しかし、そのような魔物でも鎧の敵ではなかった。

「うわー、鎧さん強いなー」と、リリーは鎧の強さに、きっと強いのだろうなとは思っていたが、実際に目で見て感心しきりだった。

鎧の大剣が唸りを上げて振るわれる度に、黒い犬の群れから1匹、時たま2匹ほどが纏めて絶命していた。鎧には敵わないと判断してリリーを狙う黒い犬もいたが、鎧を抜ける筈もなく、次々と死んでいった。

リリーも剣を抜き応戦しようとしたが、それは鎧に止められた。鎧曰く、ステルムにはまだ早い、との事だった。そんな訳で、リリー・ステルムは剣を抜く事もなく、手持ちぶさたにしながらも悠長に鎧と黒い犬6匹の群れとの戦いを眺めることが出来た。そこには絶対的強者に護られているという余裕があった。

「ギャワン」

群れの最後の1匹が2つに切り分けられて絶命した。

ブンと鎧が大剣を振って血糊を飛ばし、厚手の黒のマントで血を拭った。

「怪我はないな?」

鎧の問いかけにリリーは首を縦に頷いた。

「タイガの後ろで見ていただけだからね。怪我のしようがないよ」

「なら良い」

大河は前を向いて、通路を、地上を目指して歩き出した。リリーもそれを追って歩き出すのだった。


『迷宮を彷徨う鎧のお話』 Part3


「ステルム、敵が来たぞ。1匹だ。今回は手を出さないから存分に戦ってみるといい」と、大河はリリーが戦うにあたって邪魔にならないように通路の端によった。

「え、本当に?」

リリーが緊張した面持ちで、大河へ顔を向ければ大河はコクリと頷いた。

ごくりと唾を飲む音が、静寂に満ちた通路に響く。心臓がばくばくと脈を打っていて、飛び出てしまうのではないかとリリーは思った。

縦横1メートルほどの、緑色な液体状の体をずるずると動かして、それはやって来た。緑色の液体状の体を持つ魔物、人に付けられた名前をグリーンスライムといった。

緑色の液体状の体には、消化途中の、少女の頭が浮かんでいた。首から下は心臓を除いて既に溶かされたのか、骨だけとなっていた。無惨な姿になっても分かるかつて端整であったであろう顔は、半分ほどの肌を溶かされ、頬肉を削がれ、見るも無惨な姿となっていた。そして、それでも尚、長く長くグリーンスライムの腹を満たす栄養として生かされていた。

目蓋を失った剥き出しの丸い瞳がギョロリと動いて、リリーを見つめた。

ひっ、とリリーの口から悲鳴が上がった。

死にかけの少女の口がぱくぱくと動く。声は聞こえなかった。少女の喉は既に溶かされていたから。

けれど、リリーはその時、幻聴であったかも知れないが、「助けて」と聞こえたような気がした。

リリーが迷宮に潜ったのは、今回が初めてだった。そして、リリーの育ったリヨーネの孤児院の付近には魔物は生息しておらず、魔物と相対するのも又生まれて初めての事だった。幼い頃の記憶がないから、確証はないのだけれど。

リリーはこの迷宮都市アルリティアに来て、浮かれていた。それは根拠のない自信に取りつかれて準備を怠るほどに。リリーは迷宮について深く知ることなく、足を踏み入れた。

黒い犬に襲撃された時は、然程恐ろしいとは感じなかった。それは、黒い犬が動物園で見る猛獣のようなものだったからだ。相手は絶対に壊せない檻の中に居て、自身は安全に眺める事が出来る。檻の中に居る猛獣が何れ程の猛獣であろうと恐がる必要はなかった。それほどに鎧の背中は安心できるものだった。

しかし、今は違う。

リリーの前に鎧はいない。魔物とリリーの間を遮る壁はなかった。

リリーは両手で剣を構えるが、その剣はカタカタと小刻みに震えていた。

無理もないのだろう。リリーは未だ17歳の少女。無惨に喰われていく少女の姿を前にして恐くない筈がなかった。

魔物もまたリリーを警戒するように足を止めていたが、リリーが怯えるばかりで戦意がない事を判断すると、ずるずると元来た方へ下がっていく。食料が手元に残っている現状、わざわざ危険を犯す必要はなかったのだ。助けを訴えるかのようにリリーを見つける少女は、魔物と共に下がっていく。リリーは動けなかった。

こうして、リリーと魔物の初の戦いは魔物の不戦勝に終わった。

そして、恐怖に震えるリリーには殺せないと判断した、物言わぬ無機質な鎧として壁の花となっていた鎧が動き、大上段に振りかぶった、刃を寝かせた大剣をグリーンスライムに叩きつけた。

グチャっと肉の潰れる音がした。グリーンスライムの緑色な液体状の体はその隠された心臓諸ともに飛び散り、大剣に砕かれ、散った少女の頭から飛び出た僅かな血と脳髄が通路を汚した。

「な、なんで?」と、リリーは震える声で言った。

「ああなっては助ける方法を知らない。せめて、苦しみが長引かないように死なせてやるのが、良いと判断した」

鎧が答えた。あそこまで死にそびれた少女を助ける方法を鎧は知らなかった。

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