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パチパチと薪の爆ぜる音が石室に響く。石室には椅子に腰掛けて、傍らの大剣を手入れする動く鎧。粗末な木のベッドに厚めの布を3枚重ね、その上につい先ほど気絶した狐耳の少女が眠っていた。
シャッシャッと大剣を研ぐ音が響く、満足な仕上がりになったのか、鎧は大剣を鞘に戻し壁に立て掛けると、少女から取上げた安物の剣を拾い上げ、砥石を当てる。石室に片手剣を研ぐ音が響いた。
それから暫しの時間が過ぎて、鎧が片手剣の仕上がりに満足した時、少女が目を覚ました。
「起きたか?」と、ぽやーと寝ぼけている少女に鎧は声を掛けた。
「…おはよー」
「寝ぼけているのか?」
少女は片腕を上げて鎧に挨拶し、鎧は少女が未だ寝ぼけているのだと判断した。だって、悲鳴上げてないし。
「………」
「………」
見つめあう2人の間には静寂があった。
「お、おはようございます」
「ああ、おはよう」
『迷宮を彷徨う鎧のお話』 Part2
「えっと、じゃあ、鎧さんが気絶した私を此処まで連れて来てくれたんだ」
「ああ。その通りだ(気絶した原因も俺だが黙っておこう)」
「ありがとね」と、少女は朗らかな笑みを浮かべてお礼を言ったのだった。
パチパチと焚き火にくべられた薪の爆ぜる音だけが響く。
「そういえば…自己紹介がまだだったな。俺の名前は鎧。見ての通りの鎧だ」
「鎧? 随分とまた安直な名前だね。私の名前はリリー。リリー・ステルム。リリって呼んでよ」
「ああ、分かったよ。ステルム」
「分かってないじゃん」と、頬を膨らませるリリーを見て、ククッと大河は忍び笑いを漏らすのだった。
「それじゃ、そろそろ地上に帰った方がいい。…送っていこう」
鎧は少女を見詰め、地上付近まで送って行く事にした。少女は細く、腕力が有る様には見えないし出会ったときの様子からして迷宮には未だ不慣れであろうことが察せられた。1人で地上まで戻れると判断する事は出来そうになかった。それに、なにより…
「え、いいよ。大丈夫、1人で帰れるから」
「帰り道。分かるのか?」と、言外に気絶していたのだから分からないだろと潜ませて、鎧は言った。血に塗れた鎧を見て気絶した少女をこの石室まで運んできたのは鎧だ。当然、少女はこの石室から帰る道順など知る由はなかった。
「…分からないです」と、少女は多少気落ちした様子で言うのだった。
結局、彼らは連れ立って石室を後にしたのだった。
「ギャン」
暗い通路に、黒い犬の断末魔の叫びが響く。黒い犬は、黒の体毛と3つの瞳が特徴的な魔物である。迷宮の上層部では何処にでも存在し、強い魔物の子分となっている事もあれば、斥候として餌である人間を探したり、徒党を組んで襲ってきたりする厄介な魔物であった。
しかし、そのような魔物でも鎧の敵ではなかった。
「うわー、鎧さん強いなー」と、リリーは鎧の強さに、きっと強いのだろうなとは思っていたが、実際に目で見て感心しきりだった。
鎧の大剣が唸りを上げて振るわれる度に、黒い犬の群れから1匹、時たま2匹ほどが纏めて絶命していた。鎧には敵わないと判断してリリーを狙う黒い犬もいたが、鎧を抜ける筈もなく、次々と死んでいった。
リリーも剣を抜き応戦しようとしたが、それは鎧に止められた。鎧曰く、ステルムにはまだ早い、との事だった。そんな訳で、リリー・ステルムは剣を抜く事もなく、手持ちぶさたにしながらも悠長に鎧と黒い犬6匹の群れとの戦いを眺めることが出来た。そこには絶対的強者に護られているという余裕があった。
「ギャワン」
群れの最後の1匹が2つに切り分けられて絶命した。
ブンと鎧が大剣を振って血糊を飛ばし、厚手の黒のマントで血を拭った。このマントはリリーが気絶していた際に掛けられていたマントと同じ物で、今回初めて着た鎧にとっての一張羅だった。
「怪我はないな?」
鎧の問いかけにリリーは首を縦に頷いた。
「鎧の後ろで見ていただけだからね。怪我のしようがないよ」
「なら良い」
鎧は前を向いて、通路を、地上を目指して歩き出した。リリーもそれを追って歩き出すのだった。
目標は一日一回の更新。…今日中にもう一話上げればセーフな事にしよう。