さっきから顔が赤いわよ
雨の夜、突然の事故で命を落とした同僚。
悲劇の陰で、男は欲望に負け、遺品から誰にも知られず現金を抜き取った。
深夜、自室でひとり札束を数え直す男。
しかし、その背後に漂う異変に、妻だけが気づいていた――。
「さっきから顔が赤いのよ」
向かいに座る妻のその言葉に、男はピタリと手を止めた。
卓上には数枚の札束。夜更けの静寂を切り裂くように、パチッ、パチッ、と紙幣を数える乾いた音が部屋に響いていた。
「……え?」
「パチパチ、パチパチって音をさせるたびに、その人の顔、どんどん赤くなってるの。真っ赤よ」
男の背筋に冷たいものが走った。
男が数えていたのは、数日前に事故死した同僚の遺品から、こっそり抜き取った現金だった。あの雨の夜、トラックにはねられた同僚の顔は、破裂したように血に染まっていたはずだ。
「何言ってるんだよ、部屋には僕たちしか……」
「違うわよ」妻は虚ろな目で、男のすぐ後ろを指さした。
「あなたの肩越しに札束を覗き込んでいる、その顔よ。一回数えるごとに、血が噴き出すみたいに真っ赤になっていくの」
パチッ。
男の指が勝手に動き、最後の一枚を数えた。
その瞬間、男の首筋に、生温かく湿った息が吹きかけられた。
【了】
最後までお読みいただきありがとうございました。
どんなに魅力的であっても、他人の未練が残る遺品にだけは手を出すべきではありませんね……。




