婚約者達が平民をちやほやするから私たちも見習ってみました
「皆様、お心は決まりましたかしら?」
侯爵令嬢であるミシェルの言葉に各々が静かに頷いた。
集まった令嬢のうち、カルディ伯爵令嬢のアリッサが代表して一歩踏み出す。
「私どもはミシェル様に従いますわ」
決意を込めた目にミシェルは微笑んだ。
「あなた達のその決断を決して後悔させませんわ。少しだけ耐えてちょうだいね?」
女性だけの優雅な集まり――に見えるが、実際には平民の男が一人混ざっていた。
「あのぅ…」
控えめに、しかしはっきりと割って入る。
「俺にも聞いてくれませんかね?」
「何をかしら、ロイ?」
首をかしげるミシェルにロイはため息をつく。
「平民の俺はなんでここに呼ばれたんすか?見たところ高位貴族のお嬢様方の集まりみたいですけど」
ミシェルは目を瞬かせた。
「驚いたわ。あなたは平民の分際で学業も体術も貴族を差し置いてトップに立っているのに、そんなことも分からないの?」
「褒めてます?バカにしてます?」
ロイがいやそうに顔をしかめる。
ミシェルはコロコロと笑った。
「褒めてるように聞こえたかしら?」
「察して動けってことっすかね!?」
「分かってるなら聞かないでちょうだい」
ミシェルが扇子をパチリと閉じた。
「そもそも、あなたが持ちかけてきたことでしょうが」
ロイがぐっと言葉につまる。
平民のロイが侯爵令嬢であるミシェルに口を利けるなど、異常事態以外の何ものでもない。
それでも、そうしなくてはならない理由があった。
「…マリアを助けてくれんだよな?」
「そのために根回しをしているのです。あなたも覚悟を決めなさい」
ミシェルに見つめられてロイは小さく頷いた。
「それでは皆さん。私たちは今からこの平民のロイをちやほやしまくりますわよ」
令嬢達は優雅に微笑んだ。
ロイはひきつった顔で唾をのみ込んだ。
「目には目を、歯には歯を。平民には平民を!」
謎の合言葉で作戦は開始された。
――
侯爵家の嫡男であるアルベルトが違和感を感じたのは、令嬢達の集会から三日ほど経ってからであった。
いつも口うるさい婚約者が全く何も言ってこなくなった。
友人たちも同じ状況のようで、一様に首をかしげた。
「まぁ、良いじゃねぇか。ようやく考えを改めたんだろ」
騎士の名家ザイル伯爵家のペレスがカラカラと笑った。
「僕たちの行為に疚しいことなどないと理解できたんでしょう」
現宰相の息子、ライナスも眼鏡を押し上げながら頷く。
「みんな、本当にそれで良いの?ちゃんと婚約者の人たちと話し合った方が…」
三人の中心にいた花のように可憐な少女が困ったように口を開く。
「また嫌みでも言われたか、マリア?」
「そうじゃなくて…」
「大丈夫ですよ、心配しないで?」
マリアが説得しようとしてもいつもこうなる。
「あたし、いじめられてないですよ?」
「マリア、また敬語になっちまってるぜ?」
ペレスに指摘され、マリアは苦笑いを浮かべた。
その時。
テラスの方から華やかな笑い声が響いた。
「まぁ!ロイったら上手ね?」
「ロイ、こちらも食べてみて?美味しいかしら?」
令息達が目を向けると、自分達の婚約者が一人の男を囲んで黄色い声をあげていた。
「なっ!!!」
最初に反応したのはペレスだった。
鍛えられた騎士の反射神経でテラスへ足早に踏み込む。
「何をしているんだ、アリッサ!」
アリッサは目を瞬かせた。
「あら、ペレス様。何ってロイに『あーん』をしてますわ?」
「なぜ、そんなことを!」
「あら、いやだ!ペレス様を見習って平民と交流してますのよ?」
ペレスが絶句する。
「あら、ロイ。口元についているわよ?」
今度はメアリがロイの口元をハンカチでそっとなぞった。
「メアリ!男にむやみに触れるなんてはしたないぞ!」
遅れてやってきたライナスが怒鳴り付けるが、メアリは不思議そうに首を傾げるだけだった。
「あら、私には疚しい気持ちなんてありませんわよ?平民ですもの、貴族である私が教えて差し上げませんと」
それは、いつかの日にライナスがメアリに告げた言葉だった。
「アルベルト様、皆様」
おっとりとミシェルが微笑んだ。
「皆様のおっしゃる通り、平民との交流は得難い知識になりますわね?」
アルベルトは頬がひきつるのを感じた。
ミシェルの目が全く笑ってない。
「わたくしたち、平民の方がこんなに魅力的なんて存じ上げませんでしたわ」
「ま、マリアの件を怒っているのか?」
「とんでもないですわ!」
手を打ってミシェルはマリアに目をやった。
「その方、お困りになってるんですもの。同情しかありませんわよ?」
「…は?」
アルベルトが思わず漏らした声も気にせずミシェルがマリアに話しかけた。
「あなたもこちらにいらっしゃいな」
「……っ、はい!!」
マリアはアルベルト達の輪の中から飛び出した。
「マ、マリア!?」
するりと抜け出し、ロイに飛びついた。
「ロイ!!」
「マリア!!」
マリアを受け止めたロイがしっかりと抱き返す。
「あらあら、羨ましいことね」
「本当だわ」
アリッサとメアリが微笑ましく見守る。
「これは、どういう…」
「アルベルト様、ロイとマリアは恋人なのですって。わたくしロイから平民の男性の恋愛観を聞いて、ひどく感銘を受けましたのよ?」
「平民の…?」
「ええ、あなたの大好きな平民の!」
混乱するアルベルトにミシェルが嬉々として告げる。
「かかぁ天下って言うそうですわ」
なんだ、それ。
令息達が一言違わず思った疑問。
「女性が男性の手綱を握る方が家庭は円満になるってことらしいですわよ」
忍耐、忍耐、忍耐。
もう、うんざりだった毎日にもたらされた希望の言葉。
従順であれと育てられた令嬢達の満面の笑顔が、次世代の新たな可能性を示している。
「諸説あるからな!」
ロイの言葉がどこまで届いたかは今後次第だろう。




