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バス停まで。

作者: 月乃もみじ
掲載日:2026/05/16

 私は、歩いている。バス停まで。

 そういうと、どこかに着くみたいだ。

 しかし、その場所を見たことがない。

 ただ、歩いている。

 自由でもない。かといって、それほど不自由でもない。

 頭の中は、さまざまな思考の海に漂っている。

 空は明るくて、雲は薄く、風もない。

 金色の腕時計をした人が私を追い抜く。

 急いでいる様子はなく、堂々と胸を張り、一歩一歩、かかとを鳴らして歩いている。

 歩幅をほんの少し、広げてみる。なんとなく。ああ、追いつける気がしない。

 ただただ、その距離は確実に大きくなっていった。

 私は、歩いている。バス停まで。

 別の男が横を通り過ぎた。

 手と脚は枝のように細く、ポプラの木のように長い。背筋はまっすぐで、視線は前だけを見ている。

 私は視線を落とす。自分の足元だけを見る。靴の先が、同じ場所を何度も踏んでいる。

 やがて、空が暗くなって、雲が厚くなった。

 最初の雨は気がつかない。

 顔に触れているのかどうかも分からない。

 それでも、すこしずつ確実に濡れていく。

 私はまた抜かれされる。

 電話で話しをしながら、丈夫な傘を差している人に。

 そこで私は、初めて雨が降っていることに気がついた。

 雨は少しずつ、強くなっている。

 滑りが悪く、骨の細い、頼りない傘が開いた。

 開いた瞬間、突風が吹いた。

 風はいつも、正面からやってくる。なぜだろう。

 貧弱な傘は、ひっくり返っては元に戻るを繰り返し、やがて形が歪んでしまった。

 私は、それでも歩いている。

 二人の影が通り過ぎた。

 桃色の傘の下に、肩を寄せてあって歩いている。

 どちらが持っているのかわからないほど、自然に収まっている。

 笑い声が雨に溶けていく。

 私は、少しだけ、歪んだ傘を持ち直す、

 軋む音が響いて虚しくなる。

 風が強くなって。骨が一本折れた。

 傘はまた裏返る。もとに戻そうとしてやめた。

 意味がない気がした。

 雨は、もう容赦ない。シャツは肌に張りついて、靴の中に水が入り込む。

 歩くたびに、靴から水が出る。

 それでも私は、歩いている。

 どうして歩いているのか考えようとする。すぐに、やめる。考えてしまうと、ここで止まってしまいそうだ。

 止まってもいいはずだと、ふと思う。

 誰に決められたわけでもない。ここで引き返しても、何にも変わらないだろう。

 数メートル先に、腰の曲がった老人が歩いていた。

 距離はだんだんと縮んでゆき、私は、その人を追い抜く。

 一瞬、足取りが軽くなった。でも、すぐに何も変わらないことに気がつく。

 風が、さらに強くなって、雨粒が顔に当たって痛い。

 傘はどこかに飛んでいった。

 バス停は、まだ見えない。

 いつか丈夫な傘を差せるだろうか。

 いいや、いつか雨や風が吹かない場所にたどり着けるだろうか。

 それだけを信じて、歩きつづけたい。

 その想いだけで、ここまで来た気がする。

 私は、歩いている。

 どこへ向かっているのか、もうわからない。

 それでも足は止まらない。

 私は、歩いている。とりあえず、バス停まで。

 私は、歩いている。

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