バス停まで。
私は、歩いている。バス停まで。
そういうと、どこかに着くみたいだ。
しかし、その場所を見たことがない。
ただ、歩いている。
自由でもない。かといって、それほど不自由でもない。
頭の中は、さまざまな思考の海に漂っている。
空は明るくて、雲は薄く、風もない。
金色の腕時計をした人が私を追い抜く。
急いでいる様子はなく、堂々と胸を張り、一歩一歩、かかとを鳴らして歩いている。
歩幅をほんの少し、広げてみる。なんとなく。ああ、追いつける気がしない。
ただただ、その距離は確実に大きくなっていった。
私は、歩いている。バス停まで。
別の男が横を通り過ぎた。
手と脚は枝のように細く、ポプラの木のように長い。背筋はまっすぐで、視線は前だけを見ている。
私は視線を落とす。自分の足元だけを見る。靴の先が、同じ場所を何度も踏んでいる。
やがて、空が暗くなって、雲が厚くなった。
最初の雨は気がつかない。
顔に触れているのかどうかも分からない。
それでも、すこしずつ確実に濡れていく。
私はまた抜かれされる。
電話で話しをしながら、丈夫な傘を差している人に。
そこで私は、初めて雨が降っていることに気がついた。
雨は少しずつ、強くなっている。
滑りが悪く、骨の細い、頼りない傘が開いた。
開いた瞬間、突風が吹いた。
風はいつも、正面からやってくる。なぜだろう。
貧弱な傘は、ひっくり返っては元に戻るを繰り返し、やがて形が歪んでしまった。
私は、それでも歩いている。
二人の影が通り過ぎた。
桃色の傘の下に、肩を寄せてあって歩いている。
どちらが持っているのかわからないほど、自然に収まっている。
笑い声が雨に溶けていく。
私は、少しだけ、歪んだ傘を持ち直す、
軋む音が響いて虚しくなる。
風が強くなって。骨が一本折れた。
傘はまた裏返る。もとに戻そうとしてやめた。
意味がない気がした。
雨は、もう容赦ない。シャツは肌に張りついて、靴の中に水が入り込む。
歩くたびに、靴から水が出る。
それでも私は、歩いている。
どうして歩いているのか考えようとする。すぐに、やめる。考えてしまうと、ここで止まってしまいそうだ。
止まってもいいはずだと、ふと思う。
誰に決められたわけでもない。ここで引き返しても、何にも変わらないだろう。
数メートル先に、腰の曲がった老人が歩いていた。
距離はだんだんと縮んでゆき、私は、その人を追い抜く。
一瞬、足取りが軽くなった。でも、すぐに何も変わらないことに気がつく。
風が、さらに強くなって、雨粒が顔に当たって痛い。
傘はどこかに飛んでいった。
バス停は、まだ見えない。
いつか丈夫な傘を差せるだろうか。
いいや、いつか雨や風が吹かない場所にたどり着けるだろうか。
それだけを信じて、歩きつづけたい。
その想いだけで、ここまで来た気がする。
私は、歩いている。
どこへ向かっているのか、もうわからない。
それでも足は止まらない。
私は、歩いている。とりあえず、バス停まで。
私は、歩いている。




