ぼくたちの失敗 2/3
蛍光灯に明るく照らされた階段を登る。そのとき階段の上から降りてくる者があった。ギンガムチェックの上着にハンチング帽の人物だ。手に持った茶色のコートはこの季節には薄すぎるように思えた。どこかで見たような顔だ。山下さんがそんなことを思っていると。
「あぶないっ」
山根さんが荷物を放り出して階段を駆け上がる。そのとき何が起こったのか山下さんにはわからなかった。山根さんは転倒しかけた老人を抱きかかえるように支えて、ふたりともその場にしゃがみこんでいた。
「大丈夫か」
荷物を拾って追い付くと、山根さんはゆっくりと困った顔を上げた。彼女の靴のヒールが片方折れていた。
3人は階段下のベンチに腰を落ち着けた。
「助けてもらってありがとう。私のせいで歩けなくなってしまったね。街まで出れば靴屋もあるんだが、まだここに用はありますか」
「いいえ、用事はすんでいます。それよりお怪我はないですか」
アポまで2時間。食事をするならそろそろ出なければと考えていたところだ。だが靴屋に立ち寄ると時間がなくなってしまうかもしれない。もちろん靴が優先なんだけれど。
「タクシーを呼びましょう」
「呼ばなくても会場のすぐ前がタクシー乗り場だよ。そこまで行けますか」
「それじゃあ私が肩を貸します。もうしわけありませんが、彼女のカバンだけお願いできないでしょうか」
「いいとも」
パンフレットとカタログの入ったトートバッグの中に手帳や財布の入ったポーチがある。知らない人に持たせるべきではないのだが、安全に移動するのが優先だ。かわいそうに山根は震えてるじゃないか。ほら、しっかりしろ。そんなふうに力を抜いてると重い。
片町で仕事があると知ると、老人はタクシーを香林坊に向けさせた。
「金沢の人ではありませんね。こちらにはお詳しいのですか」
「友達に会いにきたんです。そいつが元は文房具屋だったもので、なんとなくあんな展示会に寄ってみたんです」
その言い回しから友達は故人のように思われた。深入りはするまい。
「では先に降りてください。靴屋はすぐそこです」
商店街を入ったところ、マクドナルドの向かいに大きめの靴屋があった。そこで山根は新しい靴を買い、折れたヒールの修理ができるか聞いてみた。
「修理すると明日になります。東京に戻ってから直すしかありませんね。ではご挨拶に行ってきますので預かっていてもらえますか」
「俺は行かなくていいのか」
「ひとりで行くと言ってあります。同行したら説明も面倒だし相手を困らせるかもしれません」
「わかった。そこのマクドナルドの2階席で待ってる。終わったら食事して空港に向かおう」
山根さんはマクドナルドを見上げてしょんぼりした。不満なのか。
「あなたはどうされますか」
立ち去らずに自然にそこにいる老人に向かって山下さんはたずねた。タクシー代も靴代も払ってもらい修理代相当のお金も受け取った。もうこれで用は済んだはずだ。
「そうですね。私はもうすこしだけあなたがたとお話ししたいことがあります。ご迷惑でなければいっしょに山根さんを待っていてよろしいですか」
断る理由もタイミングもつかめず、ふたりはドリンクを持って階段を登ることになった。
老人が何も話そうとしないので、山下さんは今日、撮影した画像をチェックしている。種明かしは山根が来るまでお預けか。しかし戻ってきたらすぐにハンバーガーか何かを食べて空港に向かう。話す時間はそれほどないだろう。老人はVAIOノートを興味深そうに見ていた。
「戻りました」
山根さんが来たのは30分後。寒そうな、疲れたような、ひもじそうな表情が多少はましになっている。
「問題はなかったか」
「問題なんて何も。口座開設も何もかも終わってて、追加のカタログをお届けしただけですから。でもお店を見られたのは良かったです。得るものが多かったです。やっぱり半透明には興味津々でしたよ。でもそれだけでお店は作れません。うちにも役割があります」
うちやま書店はこの地方に何店舗も持つ本屋さんだ。本屋が文具コーナーを設けるのはここ数年の傾向で、関東にも山根が担当する同じような形態のグループがある。彼女が何を得たのか。売り方か品揃えか価格か。それもあとで教えて欲しい。
「あれ、まだいらっしゃったんですか。どうされましたか」
老人が立ち上がって山根さんのための席を空けた。




