スピンオフ・ミケコの肖像 5/5
クリスマス前の冬の日曜日。公園で野良猫を撮ろうとして逃げられた。そこへ声をかけられた。
「鈴木か。何やってるんだこんなところで」
「はあ」
茶色のズボンに緑のカーディガンのその人が一瞬、誰だかわからなかった。いつも白い作業着の工場長だった。
「最近、ぼーっとしてるな。どうした」
「はあ」
工場長はちょっと困った顔をした。
「すぐそこだからうちに来い。お茶くらい出す。被写体もいるぞ」
築50年くらいの小さな二階建てで庭なしの一軒家。小さな表札には毛筆で竹山武雄とある。入り口で奥さんに挨拶をすると茶の間の炬燵に案内された。奥さんはお茶と羊羹を持ってくると、二階にいますので、用があったら呼んでくださいと言い残して消えてしまった。窓際に三毛猫がいて外を見ていた。
「うちのミケコだ」
「はあ」
「今月に入ってから呆けてるだろ。仕事中はしっかりやってるみたいだから言わなかったけど、ちゃんとしないと危ないぞ」
「はあ」
「はあ、じゃなくて理由があるなら説明してみろ。仕事と関係ないことでも、今日は日曜だからかまわない」
「あの、実は友達と連絡が取れなくなりまして」
「それは心配だな。何があった」
「写真を見て感想を送ってくれる人だったんですよ」
工場長は手元の QV-10 を見て黙った。
「女性か」
「わかりません」
「同年代か」
「わかりません。ラスカルさんです」
「なんだそれは」
「ハンドル、偽名です。それしかわかりません」
工場長はお茶を手に取り、こちらにも身振りですすめた。
「こっちから連絡したらいいんじゃないかな、それは」
「したんですけど、550 User unknown って返ってきて。もうその人はいないんです」
「そういうこともある」
工場長はネットを使ったこともないくせに、なんでわかったようなこと言うんだろう。なんだか腹が立ってきた。何がわかるんですか。
「人はいなくなるもんだ。普通のことだ。俺だって今日のうちに消えるかもしれない。ミケコだって17歳だ。いついなくなってもおかしくない。消えた理由がわからないことだって、たくさんある。生きてればだんだんわかる」
「でも、消えたら困ったり、悲しかったりするでしょう。それも普通のことでしょう」
「普通だな。だから消えることを前提に付き合うことを覚える。消える前に今を大事にするんだ」
「そんなこと」
「お前だって写真でいろいろ残してるだろう。それは今を大事にしてるってことじゃないのか」
「しかし」
「まあ、俺がいなくなっても工場は止まらんよ。社長が備えてきたからな。備えながら、今を大事にしてるんだ。だから安心して仕事ができる」
工場長はお茶を飲み干して、一息をついてこう言った。
「話がそれたように聞こえたか。ゆっくり立ち直れ。写真ならミケコでも撮っていけ」
名前を呼ばれたミケコがこちらを向いて QV-10 を見た。工場長はちょっと席を外すと言って消えた。
数日後、工場のPC-9821V10の壁紙をミケコの肖像にしておいた。工場長は何も言わなかった。社長も何も言わなかった。今川さんと林さんはわけがわからないという顔をした。ホームページとメールチェックはまだ続けている。




