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エニグマ

斉藤さんは考え込んでいた。組合を作るのが最善と社長は言った。なるほどと思ったが、よくよく考えたら簡単なことではない。他の社員とひとりずつ話し、結成大会を開き、組合規約を採択し、投票で委員長を決める。これはたぶん無理だ。


それで裕太君に相談してみたのだった。


「組合とかよくわかんないんだけど、フレックスだけなら就業規則でやれるんでしょう。ひとまずはそれをやったら良いと思います」

「労使協定も必要なんです」

「じゃあそれは斉藤さんが調べてみてくれませんか」


美智子の妊娠は誰にも話していなかったので裕太君はもちろん驚いていた。それから社長の言葉を伝えたら、すこし怒ったみたいだった。人は驚きすぎると怒るのだと知った。社長は変なことを言っているけれど間違っているわけではない。それは理解できたはずだ。



インターネットで労働省のウェブサイトを見てみたけれど、お知らせと統計資料くらいしか見当たらなかった。やっぱり労基署で聞くか。国が力を入れている制度だから何かあるだろう。あるいは社長がとっくに資料を手に入れているかもしれない。


美智子の体型がすっかり変わってしまった頃に裕太君とダイニングキッチンでコーヒーを飲みながら打ち合わせ。おたがいに用意してきた書類を見せ合う。

美智子は食欲も旺盛だし気分が悪くなったりもしていないけれど、なぜかコーヒーの香りが苦手に感じるようになった。そんな話は聞いたことがない。お医者さんは人によると言ったそうだ。


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就業規則の追加条文


第15条 労働時間、遅刻、早退及び欠勤等

4. 会社は、受注管理部に所属する従業員について、労使協定に基づきフレックスタイム制を適用する。

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「これを追加した改正案を社長が作りますので俺の意見書を付けて提出します。その前に従業員代表はその都度、決めるものだと社長に言われたので、朝礼でみんなに説明して同意を集めるつもりです。でもなんだろうあれは。社長が何か言いたそうに、じーっと俺の顔を見てたよ」

「私もよく見つめられてます。社長はやっぱり組合が欲しかったみたいですよ。欲しがるだけなら違法でも無効でもないんですけど、催促するのはまずいという線引きですね。慎重だと思います」

「なんでそんなもん欲しがるんだろう。制度の収集家みたいだ」

「話を聞くと筋は通ってるんですよ。労働協約がいちばん強くて安定する、でも会社だけでは作れない。それだけなんです。それより労使協定のほうはこれでいいですか」


労使協定の資料はやっぱり社長が持っており、聞くまでもなく労働省と書かれた青色の薄いパンフレットが事務所の棚にあったのだ。その見本を丸写ししてフレックス協定の案が完成した。


「名前は印刷で大丈夫なんですか」

「自筆または印鑑ですね。自筆なら印鑑は不要です。こちらは労基署に提出しない書類です。2通作成して1通は会社が保管するものです。見せるように言われることがあるそうですよ」


なんだ。あっけなくできてしまった。難しく考えていたけれど他の仕事ととくに変わることはなかった。これなら労働組合も意外と簡単にできるのかもしれないな。


「組合はいずれ必要になったら自然にできると思いますよ。社長がどう考えてるかは関係ないはずです」


裕太君は IBM ThinkPad 600 を閉じながら話を終わらせた。



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就業規則改正案


改正の趣旨

受注管理部における業務の効率化および従業員の生活事情への配慮を目的として、フレックスタイム制を導入するため、就業規則の一部を改正する。

なお、本改正は既存の就業規則の条文構成を維持し、労働時間に関する規定に追加するものとする。


就業規則


第1章 総則

第1条 (目的) この就業規則は、労働基準法第89条に基づき、比野文具株式会社 (以下「会社」という。) の労働者の就業に関する事項を定めるものである。

第2条 (適用範囲) 本規則は、会社に勤務するすべての労働者に適用する。

第3条 (規則の遵守)

1. 会社及び労働者は、この就業規則を誠実に遵守しなければならない。

2. 労働条件について、本規則と労働契約において別段の定めをした場合は、労働契約の定めを優先する。ただし、当該定めが本規則の定める基準に達しない場合には、本規則の基準によるものとする。

3. 会社は、労働者の技能向上や貢献の度合いに応じ、労働条件の再設定を随時提案することができる。その際は、労働者の合意をもって個別の労働契約を更新するものとする。


第2章 人事・採用

第4条 (採用手続) 会社は、就業を希望する者の中から、個人の能力及び適性に基づき公正に選考を行い、これに合格した者を採用する。

第5条 (採用時の提出書類) 労働者は、採用された場合、会社が指定する書類を提出しなければならない。

第6条 (試用期間) 新たに採用した者については、採用の日から一定期間を試用期間とすることがある。

第7条 (労働条件の明示) 会社は、労働契約の締結に際し、労働条件を明示する。

第8条 (人事異動) 会社は、業務上必要がある場合、労働者に対して配置転換その他の人事異動を命ずることがある。

第9条 (休職) 労働者が一定の事由に該当するときは、会社は休職を命ずることがある。


第3章 服務規律

第10条 (服務) 労働者は、会社の指示を守り、誠実に職務を遂行しなければならない。

第11条 (遵守事項) 労働者は、職場の秩序を維持し、業務上必要な事項を遵守しなければならない。

第12条 (職場の秩序) 労働者は、職場の安全及び円滑な業務運営を妨げる行為をしてはならない。

第13条 (情報管理) 労働者は、業務上知り得た会社の情報を適切に管理しなければならない。

第14条 (始業及び終業時刻の記録) 労働者は、始業及び終業の時刻を所定の方法により記録しなければならない。


第4章 労働時間

第15条 (労働時間、遅刻、早退及び欠勤等)

1. 労働時間は、1週間について40時間、1日について8時間とする。

2. 始業・終業の時刻及び休憩時間は別表のとおりとする。ただし、業務の都合その他やむを得ない事情がある場合は、これを変更することがある。

3. 夏期時間の特例として、会社は夏季における猛暑対策及び業務効率の向上のため、始業時刻及び終業時刻を繰り上げることがある。この場合、会社は実施日の前日までに社員へ通知するものとする。繰り上げ時間は最大2時間とする。

4. 受注管理部に所属する従業員については、労使協定に定めるところによりフレックスタイム制を適用し、労使協定に定めるところにより始業及び終業の時刻を対象者の自主的決定に委ねるものとする。

第16条 (休日) 休日は、会社が別に定める勤務カレンダーによる。

第17条 (時間外及び休日労働等) 業務上必要がある場合、会社は労働者に対し時間外労働または休日労働を命ずることがある。


第5章 休暇等

第18条 (年次有給休暇)

1. 労働者に対しては、労働基準法の定めるところにより、年次有給休暇を与える。

2. 年次有給休暇を取得しようとする者は、あらかじめ所定の手続により会社へ届け出るものとする。ただし、事業の正常な運営を妨げる場合には、会社は取得時季の変更を求めることがある。

第19条 (産前産後の休業) 女性労働者が出産する場合は、労働基準法その他関係法令の定めるところにより、産前産後の休業を与える。

第20条 (育児時間及び生理休暇)

1. 生後満1年に達しない子を育てる女性労働者から請求があった場合、会社は法令の定めるところにより育児時間を与える。

2. 生理日の就業が著しく困難な女性労働者から請求があった場合は、生理休暇を与える。


第6章 賃金

第21条 (基本給) 基本給は、本人の職務内容、技能、経験及び勤務成績等を考慮して決定する。

第22条 (職務手当) 会社は、必要に応じ、特定の職務または責任を担当する労働者に対し職務手当を支給することがある。

第23条 (役職手当) 会社は、役職を有する労働者に対し、役職手当を支給することがある。

第24条 (通勤手当) 会社は、通勤に要する費用について、会社が定める基準により通勤手当を支給する。

第25条 (家族手当) 会社は、扶養家族を有する労働者に対し、家族手当を支給することがある。

第26条 (その他の手当) その他必要な手当については、会社が別に定める。

第27条 (割増賃金) 労働者が所定労働時間を超えて勤務した場合、または休日に勤務した場合には、労働基準法の定めるところにより割増賃金を支払う。

第28条 (欠勤、遅刻、早退及び私用外出)

1. 欠勤、遅刻、早退または私用による外出をする場合は、あらかじめ所属長へ届け出なければならない。

2. 正当な理由なく勤務しなかった時間については、その時間に対応する賃金を支給しない。

第29条 (賃金の計算期間及び支払日) 賃金の計算期間及び支払日は、会社が別に定める給与規程による。

第30条 (賃金の支払と控除)

1. 賃金は、通貨で直接労働者に支払う。ただし、本人の同意を得た場合には、本人が指定する金融機関口座へ振り込むことができる。

2. 法令に定めるもの及び労使協定により定めたものについては、賃金から控除することがある。

第31条 (昇給) 昇給は、会社の業績、労働者の勤務成績及び能力等を考慮して、毎年行うことがある。ただし、会社の業績その他の事情により、昇給を行わないことがある。

第32条 (賞与) 賞与は、会社の業績及び労働者の勤務成績等を考慮して、必要に応じ支給する。


第7章 定年、退職及び解雇

第33条 (定年) 労働者の定年は満60歳とする。

第34条 (退職) 労働者が次のいずれかに該当するときは退職とする。

1. 退職を申し出て会社が承認したとき。

2. 定年に達したとき。

3. 期間を定めた労働契約の期間が満了したとき。

4. 死亡したとき。

第35条 (解雇) 会社は、労働者が次のいずれかに該当するとき、解雇することがある。

1. 勤務成績または勤務態度が著しく不良で改善の見込みがないとき。

2. 業務上必要な能力を欠き、配置転換等によっても適切な職務がないとき。

3. 事業の縮小その他やむを得ない事情があるとき。

4. その他、前各号に準ずるやむを得ない事由があるとき。


第8章 退職金

第36条 (退職金) 退職金については、別に定める退職金規程による。

第37条 (退職金の支給) 退職金は、退職後、会社が定める方法により支給する。

第38条 (退職金の減額または不支給) 労働者が懲戒解雇その他重大な責任を負う事由により退職する場合、退職金の全部または一部を減額し、または支給しないことがある。


第9章 安全衛生

第39条 (遵守事項) 労働者は、安全衛生に関する会社の指示を守り、災害防止に努めなければならない。

第40条 (健康診断)

1. 会社は、労働者に対し、法令の定めるところにより健康診断を実施する。

2. 労働者は、正当な理由なく健康診断を拒んではならない。

第41条 (安全衛生教育) 会社は、必要に応じて労働者に対し安全衛生に関する教育を行う。

第42条 (災害補償) 労働者が業務上負傷し、疾病にかかり、または死亡した場合には、労働基準法その他関係法令の定めるところにより補償を行う。


附則

第1条 (施行期日) この改正規則は、平成11年2月1日から施行する。

第2条 (経過措置) 本改正に伴うフレックスタイム制の具体的な運用については、別に定める「フレックスタイム制に関する労使協定書」による。


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就業規則変更届に伴う意見書


労働基準監督署長 殿


平成11年1月11日付で提出する就業規則変更について、従業員代表として内容を確認いたしました。


今回の変更は、受注管理部に所属する社員を対象としたフレックスタイム制の導入に伴い、第15条に第4項を追加するものであります。


本変更について、従業員一同、異議ありません。


平成11年1月11日


比野文具株式会社

従業員代表 近藤裕太 印


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フレックスタイム制に関する労使協定書


比野文具株式会社(以下「会社」という。)と、従業員代表 近藤裕太(以下「従業員代表」という。)は、労働基準法第32条の3に基づき、フレックスタイム制について次のとおり協定する。


第1条(目的)

本協定は、業務の効率化および従業員の生活事情に配慮した柔軟な勤務を可能とするため、フレックスタイム制を導入することを目的とする。


第2条(対象者)

フレックスタイム制の対象者は、受注管理部に所属する従業員とする。


第3条(清算期間)

フレックスタイム制における清算期間は、毎月1日から末日までの1か月間とする。


第4条(標準となる1日の労働時間)

標準となる1日の労働時間は8時間とする。


第5条(総労働時間)

清算期間における総労働時間を、法定労働時間の総枠以内とする。


第6条(勤務時間帯)

1. 対象者は、清算期間内において、総労働時間を満たすよう勤務する。

2. 始業および終業時刻は、対象者が業務状況に応じて決定することができる。

3. ただし、次の時間帯をコアタイムとし、対象者は勤務しなければならない。

コアタイム 午後2時から午後4時まで

4. フレキシブルタイムは、次の時間帯とする。

始業側 午前7時から午後2時まで

終業側 午後4時から午後8時まで


第7条(勤務予定の届出)

1. 対象者は、勤務予定を事前に所属長へ届け出る。所属長は業務運営上必要がある場合、勤務予定について調整を求めることができる。

2. 業務上または健康上その他やむを得ない事情により勤務予定を変更する場合は、可能な限り速やかに所属長へ連絡するものとする。

3. 会社は、業務運営に支障がない範囲で、前項による勤務時間の変更を認めることがある。


第8条(時間外労働)

清算期間における法定労働時間の総枠を超えて勤務した時間については時間外労働として取り扱う。


第9条(健康および業務上の配慮)

会社は、対象者の健康状態その他やむを得ない事情について必要な配慮を行い、勤務時間の調整について相談に応じるものとする。


第10条(有効期間)

本協定の有効期間は、平成11年2月1日から1年間とする。

ただし、期間満了の1か月前までに会社または従業員代表から異議がない場合は、さらに1年間更新するものとする。

以上、本協定の成立を証するため、本書2通を作成し、会社および従業員代表が各1通を保有する。


平成11年1月11日


会社

比野文具株式会社

代表取締役 比野真二


従業員代表

近藤裕太


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