6ー6 エヴァンジェリンの悪行(1)
エヴァンジェリン視点になります。
リコッタ嬢が探索に出てから二日後。
王都ナラシカの中央に位置する、マックイーン劇場。
エヴァンジェリンはいつものように、歌のレッスンをしていた。
近日に公演を控えているとあり、関係者一同が彼女の出来栄えを遠まきにチェックしている。
エルカザードの経済は【第二局面】の影響で上がり調子。
探索でたんまりと稼いだ冒険者たちがさまざまな娯楽に金を落としている。
歌姫としての人気を盤石の物とするなら、次の公演が絶好のチャンス。
だからこそ今まで以上に、熱のこもった視線が注がれているのだった。
しかし当のエヴァンジェリンは、内心で不満を抱えていた。
公演の規模が大きくなっていくにつれ、主催者側の意向に尊重しなければならない場面が増え、結果として表現の自由度が狭くなっている。
曲目の選定から歌詞の一フレーズにいたるまで。
あれやこれやと横槍を入れられて、自分がいったいなにをしようとしていたのか、わからなくなってしまう。
そもそも、届いているのだろうか。
人気があるといっても、民衆が望んでいるのは『華やかなお姫様』だ。
歌手としての、エヴァンジェリン・エヴァンスではない。
求められる偶像を演じ、相手が欲している言葉を囀るだけなのだとしたら、王宮にいたころとまったく変わらない。
自由を求めて飛びだしたはずなのに、結局また、籠の鳥に戻ってしまっている。
「心ここにあらずという感じですね」
リュートの奏者が演奏を止め、エヴァンジェリンに笑いかける。
思わず眉間に皺を寄せるが、そういう表情を表に出してしまうところも余裕がない証拠だった。
「ごめんなさい。朝から調子が悪いみたいで」
「今日はいったんお開きといたしましょう。公演が近いといっても、無闇に焦る必要はありません」
相手は自分より芸歴の長いプロだ。ここは素直に従っておくとしよう。
焦れば焦るだけ、迷えば迷うだけ。
声は出なくなり、旋律は伸びなくなる。
確かに今のままでは、ろくなレッスンにならない。
◇
古くから迷宮探索によって栄えてきたエルカザードにおいて、民にもっとも愛されているのは王族でも歌手でもなく、冒険者や騎士たちである。
しかし公僕として雇われている騎士と違い、冒険者はほとんどが日雇いの根無草か、貴族の出資のもとで活動する職業人のパーティーだ。
探索には相応の経費がかかるため、成果が出なければあっという間に立ち行かなくなってしまう。
ゆえに、路頭に迷いかけた冒険者にお布施や寄付をする文化がある。
施しを受けた者は再起したのち、返礼として記念品を送るのが通例となっていた。
建国黎明期は書状やメダルが多かった。
しかしやがて、冒険者は思い思いの品々で感謝の気持ちを示すようになった。
こうして記念品は返礼のみにとどまらず、活動費を捻出するためのビジネスとして発展していく。
いわゆる『グッズ販売』のはじまりである。
最近ではこの手のグッズを収集することを〝推し活〟と呼び、エルカザードの経済を支える産業のひとつとなっている。
とくに人気が高いのは『冒険者ウエハース』――チョコレートを挟んだ焼き菓子に、冒険者の姿が描かれたカードが同封されている商品だ。
菓子のおまけと侮るなかれ、これがなかなかよく出来ている。
魔法道具の護符などに用いられる高度な印刷技術が活用され、表面に描かれた冒険者の姿はさながら肖像画のごとく美麗で勇ましい。
最新のパックが出るたびに絵柄や裏面のプロフィール欄が更新されるため、コレクション要素も高い。
王都の貴族には、このカードのみを集めているマニアまでいるのだ。
よって、レアカードは高値がつく。
冒険者ウエハースそのものは古くから細々と展開していたものの、投資目的で収集されるようになると売れ行きが増し、ついには供給が追いつかなくなってしまった。
雑貨店によっては『おひとり様一点まで』だとか『十二歳以下のお子様のみ販売』だとかの条件をつけることさえある。
目当てのカードを引き当てるどころか、購入すること自体が難しい。
「ぐぬぬぬ……」
お忍びで王都の雑貨屋をめぐっていたエヴァンジェリンは、歌姫とは思えない苦悶の声を漏らす。
目深にターバンをかぶり、白い布の隙間から睨みつけるのは『次回入荷未定』の張り紙。
売っていないぞ。新作ウエハース。
本来は昼のランチ休憩のときに探すつもりだった。
しかし予定より早く終わったので、それならいっそ猛ダッシュで行って、発売日にゲットするかと息巻いた次第である。
時計を見ると午前十時二十分。
開店から二十分しか経っていないのに在庫なしとは、売る気あんのかこの野郎。
王宮から飛びだしてきたとはいえ、財力もあるし裏社会のコネもある。
エヴァンジェリンならこんな店、簡単に潰せてしまえるのだ。
しかしそんなことをするくらいなら、目当てのカードをオークションで落札したほうがいいに決まっている。わざわざ店舗買いする理由なんて、自分の手で『当たり』を引きたいというこだわりだけなのだから。
結局、棚を見ながら舌打ちしたのち店を出る。
念願の復刻パック。
待ちに待った、若かりし頃のジーク様カード再販だというのに。




