開眼
ユーリース共和国方面のゾンビはというと、進軍衰えずに、着々とその数を肥大化しつつあった。
共和国は小さな国だ。
国土は、大国の中では一番小さいと言われる商国の3分の1程度にしか満たない。人口は、小国の中で最も少ない。国を背負って戦う勇敢な戦士も、またいない。王を守るのは、ごく一般的な兵士。原始的な攻撃では、ゾンビたちを怯ませる程度にしかならず、倒すには至らない。一応能力者は居るが、Cランクの者が数人で、単体でゾンビに太刀打ちできる形ではない。
他国と何かしらの条約を結んでいれば、援軍を期待できるのだが、ルクツレムハ征服国とはまだ何も進展はしていなかった。
よってジュンも、この地に守護者を配置してない。
これは、小国ならではの問題。
このままでは全域がゾンビに呑まれておかしくない状況ではあったが、共和国内のとある場所では、その進軍が止まっていた。
国王ですらあまり把握していない、国の僻地。温泉地で数百のゾンビと対峙しているのは、元【聖なる九将】所属の3人、屋敷の女将スズたちである。
「ほんまに、面倒どすわぁ」
ゾンビの歩くだけで地を腐らせる力は脅威。温泉屋敷を守り抜くためには、何人たりとて敷地内に侵入させてはならない。
しかし、触れることもできないとなると、選択肢は限られる。
「ムギは下がりぃや」
「わかた」
「あたしぃもかい?」
「せや……ねぇ」
ムギの能力は補助系、前線は張れない。
但し、既に強化は完了しており問題ない。事前に不穏な空気を察知していたことで、今日の朝餉は能力が使用された強化した料理だった。
元【聖なる九将】の勘は流石と言うべきだろう。但し、前線を張れるのはスズのみ。カンネも戦えるのだが、一対一の戦いで本領発揮できる能力者であるために、今回のような複数体との戦闘は分が悪い。
それに、能力は一度使ってしまっていた。
「武器を奪いとったのにぃ、分身には適用されないってどういうことよぉ!」
ゾンビと一緒に流れ込んできたのは、ゾンビ化した能力者であり賞金首、元【凶手】のリーダー、ライラックだ。
更に、彼の瞳は赤眼。劇薬の効果も受け、より凶暴化している。
「ゾンビに対抗しようとして飲んだのかなぁ?」
「そうかもしれなぃわ。それにしても、哀れよねぇん」
ライラックは、商国のレース大会で守護者の式に、フルボッコにされた敗者。
女王シンディの追求から逃れるため、この辺りを彷徨っていたのだ。
商国がライラックに賞金を掛けたのは、村落を襲っていたから。その情報は、有力者や能力者なら誰もが知っていた。
「ここに辿り着いたのは運命かもねん」
カンネは、ライラックの命運が尽きたと言っている。
触れることのできないゾンビであり、劇薬効果で凶暴化したライラックは、今やSランク強の能力者と言っても過言ではないのにだ。カンネが余裕の笑みを見せるのは、それだけスズを信用しているから。
「“開眼”」
スズの眼がカッと見開く。失明で閉じていた瞳は、白く光る。力を解き放つ、スズの奥の手。
全身を白い気配が覆い、厚さ数mmの障壁を作り出す。
「“二分咲き”」
飛び掛かってきたゾンビが数人、綺麗に折れる。胴体が真っ二つになる者も居れば、首が反転する者も居る。
転生前、合気道を習っていた彼女に、隙は無い。1人また1人と折れていく。バキッ、バキッと骨ごと持って行く。障壁のおかげで、腐蝕ダメージは一切ない。
「“五分咲き”」
数百居たゾンビは、いつの間にかライラックだけになっていた。
「おっきなお人どすなぁ」
能力で自分と同じ存在を4人作り出すライラック。
だが───
「“鳳仙花”」
四方からの攻撃も無意味。SSランクの力は伊達ではない。身体能力を飛躍的に向上したライラックの体でも、スズの掌打攻撃には耐えられなかった。四肢は四散し、内臓はぶち撒ける。ライラックという能力者は、ここで絶命した。
「ほんま、かんにんやわぁ」
「スズ姐が謝ることないと思うけどぉ?」
凄惨な死を遂げたとしても、ゾンビとなった以上は最早手遅れ。
カンネの言い分は、何も間違いではない。供養するように、スズが手を合わせる必要もない。
ただ、スズは思うのだ。
別の未来があったのではと。勝利には終わったが、相手を倒すことしかできない能力を、この時代を、己の無力さを、悔やむスズだった。
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