襲来
一番最初に火の手が上がったのはドラゴニアス帝国。中心部からは遠く離れた国境付近から広がっていき、続いて商国とユーリース共和国、そしてルクツレムハ征服国の各地にまで至る。王都に殆どの国民を有する砂漠地帯ジルタフと、戦争国家ネルフェールでは、まだそういった報告は上がっていない。
悲鳴は火事が原因で起こっているのではない。そこに住む人々が次々と襲われていくのだ。女子供とて容赦ない。見境無しの殺戮に近い。
逃げ惑う人々を襲うのは、腐ったような異臭を放ち、朽ちた身体で徘徊する者達、普通の人間と然程変わらない見た目の彼らは、通称〈ゾンビ〉。
ゾンビの彼らに意志は無い。
瞳虚ろのまま、操られているかのように、肉を欲する。噛みつかれた者、傷を負った者はゾンビとなり、次なる生者を襲う。彼らがこうも人を襲うのは、渇きが止まらないからだ。飢えは絶えず、常に満たしたいという感情に駆られる。
その者達の中には、身体能力を急激に向上させる者もいる。
対処に時間がかかるのは、この所為。弱いと侮って殺られる。
相手が知己だと、そういう場合が良くある。
また、彼らが歩いた大地は必ず腐蝕が起こる。
草木は枯れ、地面はひび割れ、水分は枯渇する。ある種の災害であり、歯止めは利かない。更に残念なことに、ゾンビとなった者達は救済されない。
治療系・解呪系の能力者では治せず、過去の同様の事件では、如何なる能力をもってしても、元に戻すことはできなかった。
これは、【聖なる九将】の実録書に記載されているほど。
彼らの末路は、死以外あり得ない。だが彼らに痛みという感情は無い。操られているとも思っていない彼らは、自分の飢えを満たすため、前へ前へと行進していく。
1つの蒔いた種で、死を恐怖しない軍団は出来上がるのだ。
これほど、恐ろしいものはない。
これが、一人の能力者の力というのもまた悍ましい。
上手く利用すれば、世界を手にしてもおかしくないこの力の持ち主は、悪役ではなく、まさかの【聖なる九将】、序列第八位のゾビィー。
痩せ細った身体に貧相な服装の少年、彼の能力は“腐蝕死群”。
正義の味方と言われた【聖なる九将】には、およそ似つかわしくない能力だが、ゾビィーが【聖なる九将】入りを果たしているのは、その能力が強すぎる所以だ。
時間をかけさえすれば、世界を崩壊する。そこに生者は居ない。能力者も関係ない。強者だったとしても噛まれるだけで、有無を言わずにゾンビ化する。
野放しにすれば、必ず終わりが来てしまう。
だから、位階付けしてまで管理していた。
しかし、ゾビィーは能力を発動した。過去に能力を封印すると決意したのにだ。突き動かしたのは紛れも無く、征服王という存在。ジュンの征服行動が、ゾビィー少年の逆鱗に触れてしまった。
彼の人生観は、根本的に異なっているのだ。生活様式も、まるで違う。
人それぞれ価値観が違うのは当たり前だが、ゾビィーはどうしても許せなかったのだ。
【聖なる九将】としての正義感、責任感を抱いていたのも大きい。
抜いた刃は鞘に戻らない。前に、進むだけ。止まることはない。
「全部壊す……征服王に与する者全て──」
行き過ぎた正義が、世界を襲う。
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