興味尽きない
ジュンは紅蓮の部屋を訪れている。アフターケア、副作用が起きてないかの確認だ。
何度目かの訪問にも拘らず、紅蓮は訝しさ覚えず、入室を許可してくれている。
「守護者は何時如何なる時も、馳せ参じ、頭を垂れ、身を差し出します」
『アポ無し訪問大歓迎ですよ』いう意味も、男のままでは受け入れ難い。
(それってつまり……、お風呂入ってても戸を開けてくれるってことでしょ?それはダメよ。そんなハプニング会作っちゃダメ、ラッキースケベは私が女になってからよ)
それでも紅蓮の意志は変わらない。
それこそが、守護者の務め。
主従関係を非常に重視する彼女の信条。
「……影響は?」
「問題ありません。創られた時同様──いえそれ以上に心地良くございます」
「ふむ」
(これだけ確認すればもう良さそうね。信頼されてないって思われたら癪だもの。嘘偽りない報告で、私の能力に忖度してなければいいんだから。本当はボディチェックしたいところだけど、我慢よ我慢。早乙女純、いまは男なんだから、ぜーったいに触れちゃダメ!)
ジュンが良からぬことを妄想する中、紅蓮は主の次の言葉を静かに待っている。
勿論、本人の発言に嘘は1つもない。誠実に答えてもいる。黒の捕食者に喰われたのは、記憶消去に関する情報だけ。
紅蓮が格好いいと言いかけた、その“黒の捕食者”については何も覚えていない。
「では、帰るとする」
「ジュン様、発言を許していただけますか?」
「……何だ?」
「その、あの…例の件はやはり、拝見させてはもらえないのでしょうか?」
紅蓮にしては歯切りが悪い。
これは、ここ数日何回もしているやり取り。
例の件とは、黒の捕食者。
砂漠地帯ジルタフで、記憶消去を受けたのは紅蓮にヤンとミズキ。
それ以外の守護者はその場に居ないが、念話を通して、当時の状況は覚えている。
何も見ていなくとも、紅蓮が格好いいと言いかけたのは全員が記憶しているということ。つまりは、自分が言いかけた言葉の真実を知りたいのだ。
(はぁ、また?ちょっ、何で皆そうなわけ?グロイし、変態だし、男のままでは見せれないのよ。女体化して初めてムフフな事に使うって決めてるんだから、無理よムリ)
エロに触手は付き物。使いたいけど使えないジレンマ。それが、黒の捕食者。
「……許可できない」
「……畏まりました。その意に従います」
「忘れた……方がいい」
「……善処します」
(うっ……善処かぁ、まだ無理っぽさそうね)
紅蓮らしからぬ言動に、まだ不思議さは残るが、部屋を後にするジュン。
今日の予定はまだあるからだ。このあとは作業場。
定期的に行われる紫燕の蘊蓄会に参加することになっている。
◇◆◇◆◇◆
蘊蓄会と言っても、参加者はジュンと紫燕の2名。
オタクの話をただ聞くだけの会だったのだが、今日はいつもと違う賑わいを見せている。作業場にいるのは、夢有・唯壊・紫燕。
低身長、貧乳の3名がお喋りしている。
(AA、A、B……ユニット名はペッタンズで決まりね───にしても、こうやって見ると、BはやっぱりAよりあるわね。微妙な膨らみがまたそそるわぁ。でもペータン教の神としては君臨できない。ここはやはりA……夢有と唯壊の独壇場ってことね)
変態発言は聞かれてないないし、心内は決して気づかれてはいけない。
ペッタンズの筆頭、夢有と唯壊が飛びついたとしても。
(おっほ♡)
紫燕は唯壊より年下だが、子供っぽいようなことはしない。
単純に飛びつく場所が無いのもある。
「陰キャに場所取りは向いてないのよ」
「んなっ!?」
「ジュンさまぁ、今日もいいにおい♪」
「ちょっと夢有降りなさい!そこは唯壊の特等席なのよ」
「いーやーだー」
「陰キャ……オタク……ガーン……」
三者三様、入り乱れている。託児所かと見間違うほどに。
(全国の保母さん……いや、全世界の保母さん、いつもご苦労さま。この景色、私も堪能できたことを報告するわ。女だったなら尚良かったけどね……ん?)
ジュンの袖を引っ張るのは唯壊。
「今日は唯壊に会いに来てくれたのよね?」
「違いますよ。語り合うんですよ」
「何を?恋?あんたたちには早いんじゃないの?」
「ユエちゃんには遅いかも?」
「……ちょっと夢有、今何て言った?」
「ユエちゃん怖いぃ、助けてジュンさまぁ」
(託児所からの女子会からの修羅場か……アリね)
心の中でGoodポーズしていたジュン、だが───
「あっ、分かりました!例の件話してくれるんじゃないですか?」
「……ッ!?」
「あっそうなんですね」
「遂に教えてくれるの?唯壊にだけってのでもいいのよ」
(ここでもなの?最近多いんだけど……)
「きっと、ゴッツい武器の形してるんだろうなぁ」
「違うわよ、超大きい詠唱陣で創り出しているのよ」
「食べ物とか、かも?」
(3人とも大ハズレよ。夢有に至っては、お腹減ってるのかしらね。食材ではなくて食す側ね。それよりも、このままじゃよくないわ。名残惜しいけど、お暇しないといけない)
長居すればするほど、黒の捕食者について質問攻めにあってしまう。
(今はまだ教えることができないのよ)
急遽予定を変更するしかなかったジュンは、作業場から鍛錬場へと移動した。
◇◆◇◆◇◆
(ここまでくれば……おっと?)
鍛錬場で汗を流すのは3名。
式と月華、それに珍しく翠が一緒にいる。
(そういえば朝、個人専用鍛錬場の解除を言われたのよね、思い出したわ。合同鍛錬なんて珍しい)
ただその時間は終わったようで、今現在、式と月華だけで組手をしており、翠は隅で精神統一している。
(さっきとは対照的ね。翠は普通だけど、式と月華のは、あぁ服から溢れそう!あの間に挟まりたいわぁ)
妄想全開、フルスロットル。
動悸は治まらないが、治めるしかない。
「あのぉ……」
(はっ!まさか!?ここでも??)
ジュンに声掛けたのは月華、恐る恐るジュンの顔を覗く。
「翠って強すぎません?」
「何?」
(あ、ああぁ、そっち?)
「ボクじゃあ全然勝てませんでした」
「オレは負けてねぇかんな!」
「……」
翠は黙り、無口。
返答する場合は頷くだけ。
「ボクは少しですが、式はガッツリとやられたので、何回も“半自動治癒”を使いましたけど、いいですよね?」
“半自動治癒”を発動させるには、魂魄を消費する必要があるが、治療の場合許可は必要としない。
よって問題はない。
月華が心配しているのは、鍛錬なのに使い過ぎたのではと思っているからだ。
「問題ない」
「良かったです」
(さっき、魂魄の乱れを感じたのはこれね)
紅蓮の部屋を訪れる前に感じていた乱れは解決したが、話はそれだけに終わらない。
「主!オレをもっと強くしてくれ!翠に勝ちてぇんだ!」
「何いっ……?」
(努力は!?ってツッコミたいところだけど、よく考えたら式ってあまりそういう事しない性格だったわ。この場に珍しいのは翠じゃなくて式ね)
式を強くすることは出来なくはない。
ただその場合、一から創造し直すしかなく、ジュンの考え上絶対したくはない。もしくはヤンやミズキのような改造手術が考えられるが、あれは魂魄を注入しただけ。
確かに魂魄はエネルギー。
魂魄の総量は翠の方が圧倒的に多い。だからといって、勝敗を決定付けるものにはならない。
能力の相性はあるかもしれないが、自分を磨くチャンスは平等に存在する。
(性格的に難しいかもだけど、月華みたく鍛錬を日常化してほしいものね)
「すまないが、無理だ」
「オレには可能性がないってことか!?」
「違う」
「ボクもですか?」
「ん?ああ」
(ああ〜もう、難しいわね)
埒が明かないと思っていた矢先、念話が繋がる。
繋げたのは、ずっと精神統一をしている翠。
『どうかしたか?』
『改造は嘘、例の物をみたいだけ』
『何!?』
無口な翠は、ジュンと喋る時だけ、少し饒舌になる。
(それが本当なら賢くない2人が、考えた作戦ってこと!?こっちの成長の方が驚きなんだけど……)
『情報提供感謝する』
『はい』
念話を終えたジュンと翠。
無論、式と月華には聴こえていない。
(よし、逃げるが勝ちね)
思い立ったジュンは、『後は自分で考えるように』とだけ伝え、その場を去ることを決意。
追いかけようとする式には、『待て』と言い、留まらせていた。
◇◆◇◆◇◆
鍛錬場のあとは世理の観測部屋を経て、現在は陰牢の拷問部屋に居る。
〈経て〉という言い方なのは、そこでもまた黒の捕食者について尋ねられたからだ。
ゆえにまたもや、そそくさと退出する羽目になり拷問部屋に来ているわけなのだが───
「興味はありますけど、お聞きしませんよ」
「……」
(うっ……興味はあるのね)
「それよりも他に聞きたいことがあります。ジュン様が以前に仰っていた『初めて』の件です」
「……」
(初めて……?あーアレね、一時期悩まされたやつね。結局分からず仕舞いだったけど、それが何?)
ジュンは故女王シンディに会った際、その態度に憤慨し、陰牢案内のもと夜の街に飲みに出かけ、“自動治癒”を解除するほどに飲み明かした日があった。
陰牢に中身は女であることはバレていないが、器としての男の身体は童貞であることを伝えてしまっている。
ジュン本人は何を言ったかも覚えていないので、未だ陰牢とは話が噛み合っていない。
「その件は……」
「御心は決まりましたか?」
「……いや?」
(御心って何?隠語過ぎて分からないんだけど……もう少し直球で言ってもらいたいわね)
「左様ですか。決心した時はいつでも仰ってください」
「……うむ」
「それとですが、ジュン様はどこまでを考えていますか?」
(決心て何よ?どこまでって何よ?陰牢は何を言いたいの?適当に答えたら変な方向に行きそうだわ。ここは慎重に答えないと……)
「想像に、任せる」
「それは難しい言葉ですね。全てと捉えても?」
(全て?んーまぁ、そうよね。私は全てを手に入れる)
「問題ない」
「!?………承知しました。この陰牢、今後も全身全霊を尽くさせていただきます」
「う…む?」
(ん?これで合ってたわよね?話、噛み合ってるわよね?)
話は全く噛み合ってはいないのだが、ジュンがそれを知る由はない、言うまでもなく陰牢もだ。
この駆け引きもまた長く続く。終着点は誰にも分からない。
結局このまま搾りたての葡萄ジュースを飲み終えたジュンは、自分の執務室へと戻るのだった。
◇◆◇◆◇◆
ジュンが執務室へと戻るや否や、零は待ってましたと言わんばかりに、資料にサインを求めてくる。
周辺国家を征服したことで、管理体制や法案など決めるべき事案が山程増えたからだ。国自体にそれぞれ代表者はいるが、全て属国となっているため、政治・経済・軍事に関係することは事実上、支配する国に従属する。
但し、人材欠如により、全てを決定する権限は持ち合わせていないため、国の内務的な部分は特に、各代表者の手腕に任せている状態。
しかし、それさえも目を通す必要があり、内容によっては是正・改定させている。周辺諸国を征服して時間にゆとりを持てると思っていたが、全くそうはなっていない。
寧ろ、時間に追われる毎日。書類にサインする合間、守護者と会話したりしているが、自分の女体化に関しては全くと言っていいほど、模索する時間は確保できていない。
(終わりが見えないわ)
嘆きたくはなるが、大の男が大粒の涙を流すわけにはいかない。
弱みを見せるなど愚の骨頂。
ましてや、零の前では尚更。
「如何しましたか?」
「いや……」
「紅茶と菓子はこちらに」
用意周到。気は利くが、全てサインさせるまでは逃げれない雰囲気。
「い…頂こう」
「そういえば、他の者が騒ぎ立てている件ですが、私にも見せてはいただけないで合ってますでしょうか?」
「だな」
「理解しました──では、別件をいくつか口頭で報告したいのですが、よろしいですか?」
「うむ」
(ヤケに即答ね。何か問題でもあったのかしら?)
「実は、彼の者の件ですが──」
零は別に持っていた報告書を置く。
法案よりも重要な彼の者とは、ニシミヤライトのこと。
「ジュン様が断り続けていた彼は、現在この国、ルクツレムハ征服国内に滞在しています」
「何?」
「加えて言えば、南部のグラウスやアリサ共々仲良くやっているようなのです」
「ふむぅ」
あれからニシミヤライトは、何度もジュンの下で働きたいと言ってくるのだ。配下にして欲しい、もしくは守護者入りさせて欲しいとまで懇願している。
その度に断り続けているのだが───
(まだ諦めてない──いや外堀を固めに行ってるわねアイツ。グラウスだけならまだしも、キープ枠であるアリサちゃんにまで手を出してるなんて最低ね。流石はストーキング男。そういえば、小国レジデントのユージーンて奴もアリサちゃんの近くにいるみたいなのよね。モウリは帰国したのに、何で……まさか狙ってる??)
「──それと、彼の者の素性を調べましたところ、シズクという者が以前擦れ違った様子でして、その言葉を信じるとすれば、彼は【聖なる九将】の一員だそうです」
「ふむ」
「それも序列第六位に君臨するみたいですね」
「……」
(はぁ?え、あの変態、【聖なる九将】なの?あり得ないんだけど、気持ち悪っ……)
「──ですが、この組織一枚岩ではない様子でして、恐らく彼の者は単独行動をしているようなのです。序列で位階付けされている者は、その権限を有しているのかもしれません」
「なるほど」
(なら余計にダメじゃない。男を配下にするなんて基本好きじゃないのに、【聖なる九将】だなんてもっと無理。今のところは特にね。まぁ、彼らの実態を知るには丁度いい機会なのかもしれないけど、ストーキング男はやめた方がいい気がするのよね、女の勘ってやつよ)
「この件、如何しましょうか?」
「下手に手を出すな──が下手にも出るな」
「畏まりました。その言、各守護者に伝えておきます」
「頼む」
これにて書類サインに戻る───かと思いきや、そうではない。
零は別の文書と入れ替えた。
「これは……」
「はい」
「遂にか」
文書は公的な効力を発する。差し出し人は、ドラゴニアス帝国。内容は、友好条約締結を促すものだった。
作品を読んでいただきありがとうございます。
作者と癖が一緒でしたら、是非とも評価やブクマお願いします。




