解説者と活動家
ネルフェール国南西部を年配の痩せた男が歩いている。解説者として有名な、ミナミである。
ミナミは、商国シンディの祭事か終わったあと、ユーリース共和国に数日滞在して、この国へとやって来ている。ここでもまた祭事がある、ということではない。今は砂漠地帯ジルタフへと向かっている最中。戦争しかしないネルフェール国に、余興といった祭りに割く時間はない。長居する必要はない。
つまりは国の縦断であり通過、歩幅は狭いながらも寄り道はせずに、真っ直ぐ砂漠地帯ジルタフへと向かっている。
(今回は何事もなく通れそうですね)
ネルフェール国には、いくつもの小さな関所と大きな関門所がある。要塞のように頑丈に作られているのは、この国であれば当然のこと、全て同じ作りになっている。誰一人通さない構えにも見えるが、一般人の入国は可とされており、その為には十分な入国料を毎回払う必要がある。
それは国内に入っても同じで、度々通行料を求められる。所持金が少なければ、この国を通らない選択がベストに思えるが、なかなか迂回は難しい。ルクツレムハ征服国(旧バルブメント王国)を通るルートだと山を越えなければいけない。
老体にはきつい話だ。能力は戦闘向きではないため、身体も鍛えてもいない。その反対、つまりはネルフェール国のさらに東を通るルートもあるが、それだと大幅に時間がかかってしまう。砂漠地帯ジルタフに着く頃には、予定していた仕事も終わり、評判はガタ落ちするだろう。費用はかかるが、この国を縦断するのが1番良いのである。
だが残念なことに、ミナミの解説者としての仕事は儲けが多いとは言えない。転生前と比べても、1回の収入は同等かやや少ない程度にまで落ち込み、年収に置き換えてみれば更に減ってしまう。食費や娯楽などに使う費用も少なくなっているものの、こうも交通経費に財を使用しないといけないのは手痛い。
そういう意味で言えば、転生前の便利な暮らしに戻りたくなってしまう。今日も野宿をするし、休まらない日々は続く。転生して良くなったことは何一つとして無い。生活水準が劣化しただけ。でもそれで良いと、ミナミは思っている。
(もう長くは無いですからね)
ミナミの年齢は59歳だ。この数字は、若くはない。しかし、直ぐに寿命が尽きるという年齢でもない。ミナミがそう思ってしまうのは、転生前が早死の家系だったからである。
家族は代々、60代前半で亡くなっている。ミナミ自身は30代の頃に不慮の事故で、この世界へと転生しているが、以前の血は引き継いでいると考えている。それが正しければ、あと数年の命であり、財を残す必要もないため、旅人のような生活をしているのだ。
(もう間もなく西部……ルクツレムハ征服国との境界線も見えてくる頃合いでしょうか。あちらは通りませんが、戦場を遠目から見るくらいはしておきましょうか。おや?あれは……)
ミナミから見て右側、つまりはネルフェール国の中央方面から歩いてきている人物には見覚えがあった。数年前に会話したのは、今でも覚えている。同じ異世界からの転生者であり、名を忘れるはずが無い。彼は超が付くほどの有名人、【ニシミヤライト】その人なのだから。
◇◆◇◆◇◆
「おや、これはこれは、ミナミさんじゃありませんか」
「どうも、お久し振りです。確か…前回お会いしたのは、4年ほど前でしたかな?」
「もうそんなに経ちますか、早いですね」
「ええ、誠に。ニシミヤ様は、ネルフェールには何用で?」
「特に用はありませんよ、変わらず気の向くまま旅しているだけです。良ければ少しご一緒しましょうか?」
「勿論ですとも、こちらとしても願ったり叶ったりです」
ニシミヤライトは深い蒼の髪色に眼鏡をかけた美男子で、出で立ちはホストのようなビシッと決めた服装をしている。
「今回はどちらに?」
「ジルタフですよ。そろそろ、建国記念日ですからね」
「ああ、なるほど」
何気ない会話をしつつ、進んでいく。同じ転生者ということもあって、昔の話題は大盛り上がり──というわけではない。2人の仲は普通で知人関係に近い。
それに同じ転生者というが、2人の年齢には圧倒的に差がある。この世界に転生する者は、事故に遭ったり殺害されたなどの理由で一度死んでから転生するが、赤子として産まれ直すのではない。つらい幼少期を過ごす転生者は誰一人としておらず、基本死亡前後そのままの容姿と年齢と前世の記憶を引き継ぎ、能力者もしくは一般人として生きる。エリカのように、記憶喪失になる者も若干名いるが、それは稀である。
ニシミヤライトも通常通りに、前世の記憶と死んだ直後の容姿と年齢を引き継いでいる。但し彼の前世は、早乙女純やミナミが生きたような世界ではなく、そこも異世界。前々世が、早乙女純たちの世界に該当するため、自ずと年齢もミナミより上になってくる。
つまりは、異世界転生を2回もしているということ。容姿が20代のように若く見えるのは、前世の異世界で魔人として生き、普通という理から外れてしまったからである。よって、この世界でも彼は魔人としての性質を持っているために、容姿が変わっていない。ミナミの方が見た目年老いているが、実際はニシミヤライトの方が歳上。その事実をミナミは知っているし、ニシミヤライトの過去を嫌ってなどいない。寧ろ、尊敬しているまである。
「以前に仰っていた、仕えるべき主は見つかりましたか?」
「いえ、まだですよ」
ニシミヤライトは前世で魔王に仕えていた。大戦で敗れ、自身も死に、この世界へと転生した。以前の主は、目の前で死んだのを覚えており、この先会えないことは覚悟している。代わりに、新しく仕えるべき主を探している最中であり、世界を絶えず周るのも、そういう理由からになる。活動家をしているのも人脈を広げ、次の主を見つけやすくするためだ。
「気ままに探しますよ」
「私も陰ながら応援させていただきます」
「ありがとうございます。その時は、ミナミさんにも紹介しますね」
ミナミの時間は有限。能力者としての生存確率で考えてみても、ミナミの方が先に、この世を去る可能性は十分に高い。敢えてその事に触れない様は、本当にクールなホストと言える。
そして、この日この時代、ニシミヤライト達は、とある人物と遭遇することになる。
作品を読んでいただきありがとうございます。
作者と癖が一緒でしたら、是非とも評価やブクマお願いします。




