ペータン教
ルクツレムハ征服国(旧バルブメント王国)の北部にある都市ユージュの更に先にある地域では、とある勢力が拡大しつつある。
その名はペータン教。
幼女を神として崇拝する組織で、信者は成人男性に限定された、由緒正しき宗教である。幼女の凹凸の無い身体は神聖さと清らかさを意味し、その穢れ無き純粋無垢な魂に命を捧げることで、信仰する者達へ安寧をもたらすとされている。
このペータン教、一時期はかなりの信者を有していた。その勢いは中央部を飲み込もうとするほどだったが、戦争により大多数が戦死するという無残な事態になった。
しかし、残った信者たちの熱き信仰心と根強い布教により、復活を成し遂げるに至ったのである。頭が無くなっても尾があれば再生できるということ、宗教とはかくも恐ろしい団体なのである。
この地域で、同じような装いに気持ち悪い集団を見つければ、それはペータン教信者であると思ってまず間違いない。彼らが地下へと消える道を辿れば、そこはもう本拠地、後戻りはできない。あの熱気に当てられてしまったら最後、誰もが同じ言葉を口ずさむだろう。
逃れる術はない。
「うおー!!ペータン教バンザーイ!!」
「ユエさま!何卒、お言葉を頂戴したく存じます!」
「ムウさまぁ!手を振ってくだされぇ!」
「この眼で拝むことができ至福、悔いはなぃ……」
「嬉しさのあまり呼吸困難を起こしたようだ、医療班、医療班はおらぬか!?」
熱狂は止まらない。あちこちで信者が吐血し、運ばれていく。定例会を開くと毎度のように発生してしまう現象だ。
『静まりなさい』
「はい静まりまする、ユエさま!!」
『貴方達のすべきことは?』
「ユエさま、ムウさまに命を捧げることです!!」
『つまり?』
「ジュンさまを支えます!」
『そう、それでいい。嘘をつかない以上は貴方達を幸せにしてあげる』
「有難き幸せ!!」
信者は誰も、甘い言葉だとは思っていない。彼女たちは、彼らにとっての神だからだ。そして、神のお告げ・お言葉は絶対。最強にはほど遠いが、恐れを知らない宗教団体は確実に出来つつあった。
◇◆◇◆◇◆
定例会が終わり各自解散していく中、数人が固まってヒソヒソと話をしている。彼らはペータン教創設者で最初の3人と呼ばれる人物達である。
残念な事に、同メンバーだった第一人者ハモンドは戦死してしまった。ただ、ハモンドの勇姿は、今も尚称えられている。
それは彼らの神から認知されているほどで、誉れ高い人生を歩んだと、信者たちからは羨ましがられており、恐れを知らない宗教団体が出来るには、こういう仕組みがある。
しかし、人数が増えるのは良いことだが、肥大化しすぎるのは困るというもの。現状は、残る創設者2人を仮代表として組織しているが、ゆくゆくはハモンドのようなリーダーを立てる方針で、今日はその会議であり、リーダー候補を交えての話をしているのだ。
「今日の定例会も感無量でしたな」
「いかにも」
「満たされていく感覚、多くの者にも伝えたいが一人占めもしたい気分だ」
「全くその通りだ」
「これからも同胞は増えていくばかりぞ、なぁそう思うだろう、ジューーン殿?」
「まさしく、おっしゃる通りだな!」
「はっはっは、こうやって理解ある者達と語らえるのも良きですなぁ」
「いや早全く──あぁ!私はユエさま派ですぞ」
「俺様はムウさま派だな。あの可愛らしさなんとも言えん、ジューーンはどう思う?」
「俺か?そうだな、ペッタン派、つまり両方だ」
「はは、なるほどな」
好みが同じ者同士が集まると、当初の話は頓挫、ただ趣味嗜好を語り合うだけの場となるのは毎度のことで、今日もまたリーダー決めには至らず、次回持ち越し案件となる。
毎回この繰り返しとなるも、それで良いと思っている者達さえいる。ハモンドのような者が先導した場合、過激派が生まれる可能性も考慮しなければならないからだ。命尽きたとて評価されるのは確かに本望だが、可能ならば永遠に、幼女養分を摂取したいというのが信者達の共通認識。
彼らの殆どはそう、ただの変態なのである。
◇◆◇◆◇◆
定例会終了後、信者たちの目の届かない場所で、身に付けていた衣服や首飾りを剥ぎ取りながら溜め息をつくのは、守護者の唯壊。
「はぁ、面倒くさ」
「でも食べ物やお金いっぱい貰えるよ」
「それはそう!てかそれが目的なんだからもっと搾り取らないと!有象無象が集まっても大した戦力にならないし……あーもう面倒!」
『なんで唯壊がこんなこと!』と言いながらイライラしている唯壊は、夢有の頭をグリグリとする。
「痛いってばぁ」
「唯壊はムシャクシャしてるの!言葉遣いも気をつけなきゃだし、ストレス溜まるの!」
「でも、それ……」
「分かってる!分かってるからもうこの話は終わり!ザコキモオタク達に愛想向けるのもうヤダ!唯壊はジュン様だけの物なの!」
「最近、ジュンさまに会えてないよね…」
「うっ……」
任務が始まってからは、まだ2週間余り。長期間顔を合わせてないとは言えないが、彼女達にとってはやる気は下がる一方で死活問題。
主のジュンはというと、たまに商国からは戻っていたそうで、その情報は時折連絡を入れに来る、零から聞いていた。
「嫌われちゃったのかな……」
「そんなわけないでしょ!何言ってるのよもう!それに、零から連絡来たでしょ!」
「だね、準備しなきゃ」
「あんたは心配しすぎ」
全くもってその通りで、これに関しては唯壊が正しい。何故なら、彼女達は間接的にジュンと会っているからだ。
次代のペータン教リーダー候補、ジューーンとは正に、彼女達が慕う創造主のジュンなのだから。
◇◆◇◆◇◆
ジュンが何故ジューーンとして潜入しているかと言うと、理由は単純普通、単に推し活しているだけである。
身分を隠し、顔を隠し、衣服を変え、匂いにも気をつけ、男としてのジュンではなく、女としての早乙女純でもない、そこには本能のままに活動する【オタク】が存在していたのだ。
寡黙になる必要もない。好きを好きと言える、ある種、同好会のような居場所を見つけられたことは、ジュンにとっては幸運だった。
(《幼女最高!処女最高!貧乳最高!幼女とは即ち神である!!》───いやぁ~、ペータン教典って良く分かってるわぁ。変な宗教だったら潰そうと思ってたけど、この宗派は大事。いずれ世界を取れるわ!)
傍から見れば十分に変である。当の本人が、いかがわしい宗教であると気づかないのは、単なる変態だからであり、それが征服王の裏の裏の顔なのだ。
(信者の人達も皆いい人だし、同じ趣味を語れるって最高ね。ただ、リーダーになったら気づかれるかもしれないから、上手く回避しないとよねぇ。参謀くらいが丁度いいのよ)
果たしてそう事が上手く運ぶかどうか、次回の定例会までにリーダー候補から外れる策を練る必要があるとは思ったが、今日はそれよりも大事な案件に対処しなければならないことを思い出す。世界征服よりも大事なハーレムライフを、いつの日か実現するためにと創造した守護者たちとの再会である。
唯壊と夢有。
レムハから遠く離れた北部で任務にあたっている彼女達を労う必要もある。シャワーを浴びて匂いを消しては、いつも通りの服装へと戻し、準備完了。
定例会終了後、人目を盗んでまで“新界”を使用して往復したのはそういうこと。
集合場所に他の信者が現れることもない。ここは波打ち際の絶壁。
ドラマのような、美女に会う逢引場面。
今回は美女でなく美少女であるが問題はない。間違っても殺人事件は起きないし、恋物語も始まらない。早乙女は女同士を好む変態。男女の恋愛に発展しないよう、絶妙な対応が求められるのは理解している。
あくまでも主従の関係。
そう、あくまでも───
「ジュンさまぁ!!」
「おぐっ」
勢い良く抱きついたのは、夢有。巨人化していたら、命はなかったと感じるほどの衝撃力。まともに受け止めたこともあり、地面は軋み、大地は次の一撃に耐えられそうにない。
「唯壊は待ちくたびれたの」
夢有とは違い、唯壊は優しく抱きつく。幼女体型な二人を両腕で抱っこするような形。
右に夢有、左に唯壊、定位置で安心しきった二人の距離は近い。密着し、吐息は敏感な耳を伝う。顔は正面に向けたまま動かせない。どちらかに振り向けば、肌が触れ合うほどだ。
(あわわわわ、このままだと事故チューしちゃいそう。唇──は高さ的に無理かもだけど頬とおデコは当たりそうね。今は男だからしないけど、寝ていたら事故チュー装ってたかも。至近距離の美少女の寝顔なんて見たら失神する自信あるわ。睡眠剤でも導入しようかしら?)
それは変態を通り越して犯罪。欲求を優先しすぎると分別はつかなくなる。
(でも購入できる情報筋がいないのよ。調合はできないし、守護者には頼めないし、可能性が見込めるとすれば、あの人よねぇ?医学発展してるなら薬があってもおかしくないし、先日挨拶したばかりだけど、内密の訪問を検討するのは一考の価値ありね)
簡単にも輸入先が見つかりそうになる。
抱っこされている2人は、主がそんな変態的──いや犯罪行為を考えているとは全く思っていない。
「ジュン様」
「ん?」
「分かる?」
唯壊は短い髪をなびかせる。僅かな変化だが、いつもとは違う香り。
(これは俗に言う、察して欲しい女子ね。面倒くさいって思われがちのやつ、でも大丈夫。私も女子だからちゃんと気づいてるわよ)
「香水、変えたか?」
「さすがジュン様!」
|唯壊は嬉しさのあまり、更に近づき、首元に腕を回す。
「ユエちゃんだけズルい!」
夢有も一緒になって短い腕で首を掴む。
「うぐっ!」
これは密着状態以上の首絞め状態。殺人事件は今、起きようとしている。
(し…至福。でも、このままだと私が昇天しちゃいそう)
意識を保つことに集中している所為で、彼女達の柔らかい太ももや、お尻を触ってしまっているとは気づいていない。
同様に、足元が軋んだ音も聴こえていない。
「あっ……」
バキッという音と共に、3人は海へと飲み込まれる。
水飛沫が高く舞い上がったのは言うまでもない。
作品を読んでいただきありがとうございます。
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