エピソード 紫燕
古城内の施設の1つ作業場に、忍び装束に紫髪の女性が一人。
彼女の名は紫燕。
守護者の一人で暗殺術も得意とする。
その言い方からも汲み取れるように、暗殺術が能力ではない。
彼女の能力は、“万能操銃士”。
近距離の二丁拳銃から、時には長距離のスナイパー攻撃も可能とする。忍び装束を着ているため忍術を使える能力者と思われがちだが、それは勘違い。近距離戦でクナイを使うことはあっても、口から火を吹くなんてことはできない。闇夜に紛れ潜み、情報収集に適した服とされ、着用するよう創造されているのである。他の守護者と比べて強くはないがバランス型、サポートメインといえる。
そんな彼女も今日は仕事休み。
作業場では、武器の手入れの真っ最中。弾を1つずつ抜き取り、分解しては組み立て、丁寧に磨き、潤滑油を塗る。小型銃も扱うため、作業は繊細にだ。
時間にして数時間が経過、休みを無駄に使っていると傍から見れば思うかもしれない。武器よりも、自身の強さを磨くことに費やす方が妥当なのかもしれない。
だが、彼女はそれをしない。
己の領分を弁え、役割もしっかりと把握しているからだ。
そして彼女は、所謂武器マニア。
戦闘時は真面目に戦うも、休みの日は武器を愛でる。
武器を武器とは言わず、相棒達と考えるほどだ。他の守護者の武器を目で追ったりもしている。彼女の自室には、観賞用だけの刀や銃だってある。
ある意味、武器庫となっている彼女の部屋に招かれてしまうと、小一時間外には出れない。
武器マニアによる蘊蓄が始まるからだ。
勿論それは誰に対しても同じ、古城の主ジュンの前でも趣味嗜好を隠さず話す。そうあれと創造されていることもあり、一度話し始めると中々終わらない。彼女の精神安定剤は、まさしく蘊蓄を語ることなのである。
そしてこの日、作業場には彼女の主、ジュンが訪れている。黙々と武器の手入れをしている作業台、その隣にいるのが創造主ジュンだ。
作業中は蘊蓄を垂れない。あくまでも終了してから。語らいはいつでもできるが、手入れはそうはいかないからだ。
紫燕も多少なりと鍛錬は行う。その度に銃を使うため、手入れを疎かにはできない。相棒達を常に最高の調子に整えることこそ、暗殺者の務めと武器マニアは語る。
そしてやっと、作業工程が一段落しそうなところで、声を掛けたのはジュンの方。
「調子は?」
「はい!ピーちゃんもキューちゃんも万全の状態です」
紫燕は愛用の武器に名前を付ける。
ピーちゃん・キューちゃんは、至近距離戦で使う二丁拳銃のこと。
「普段の手入れに加えて今日は少し改造も施しました。装填速度を上げたりと……あとは実戦で弾も貫通用と着弾爆発用とで使い分けたりしたいので、もう少し作業に時間がかかりそうなのですが、大丈夫ですか?」
遠回しに、お喋りは先になるということだ。
「問題ない」
ジュンも作業が終わるまでは眺めておくと伝える───というのは表向きであり、中身の早乙女純は、ずっとこのままでも良いと思っている。
(美少女を横から眺めるっていいわぁ。眼福よねぇ。最初は大人の女性を創造しようと考えてたけど、こっちで正解だったわ。武器マニアに陰キャ属性ならこれくらいの年齢や容姿が合ってるし、何より身長も高すぎない設定にすることで、日本の旧き良き和を演出した、くのいち風美少女が完成しているわ。筋肉質でないその華奢な身体、ん~~後ろから抱き締めたい!!)
舐め回すような変態眼で見られているとは知らずに、紫燕は無防備な身体を晒す。
(これだけ集中してたら後ろ髪触ってもバレないわよね?匂い嗅いじゃっても気付かれないわよね?イケる……よね?)
背後を取ろうと立ち上がろうとしたが、流石は忍び風守護者、気配に気付いたのか、振り向く紫燕。
そんな攻防が何度かあり、全ての作業が完了したのは夕刻。ジュンにとっては、半日に及ぶ拘束時間。
「──申し訳ありません」
長時間付き合わせてしまったことに詫びている主な理由は、今日が元々、武器の手入れ後に紫燕の自室で相談に乗ってもらう予定になっていたからだ。片付けしてから向かうほどの時間でもない。相談は別日に回すべきかもと紫燕は思っているのだ。
更に言えば、作業場にジュン本人が来るのも想定外だった。作業が捗らなかったのは緊張の所為もある。熱が入ったあとは直ぐに終わったが、時間が経ちすぎているのもすっかりと忘れていた。
「構わない」
「あっ……りがとうございます!」
その懐の大きさに感嘆するも、反対に早乙女純は心穏やかではない。創造した守護者からの相談事は滅多にない。反抗心なんてものはないとは言い切れない。身体はともかくとして、心は成長できるように創っているからだ。
相談内容によっては、記憶消去も検討しないといけなくなる。
(ルックスを変えたいとかかな…?私は今のままでいいと思うんだけどね〜。それとも作業場を増築したいとか??)
「実は悩んでて……」
「うむ」
「私、弱いですよね?」
「う……む?」
(ん??どゆこと??見た目とかじゃなくて、守護者としての強さってこと?)
「パワー系ではないし、一番に素早いわけでもない、特殊な能力者でもない平凡な守護者。一番弱いと自覚しているのですが、私は必要ですか?」
確かに、守護者の中では戦闘能力は低い。
長中近の全距離での戦いを可能とするが、武器による所が大きく、紫燕としてのオリジナリティはない。
情報収集もできる万能タイプで、組織に於いて必要不可欠な存在ではあるが、戦闘面では他と劣る部分があるために自信が持てず、自分の存在価値に疑問を抱いているのだ。
「強い守護者に創り変えてはくれませんか?」
様々な武器を使用できるのも、全距離で戦闘できるのも、情報収集できるのも、ある種優れた能力であると言えるが、満足していないのだ。傲慢とも捉えられる発言であり、主の言葉1つで罰を与えることも容易ではあるが、ジュンはそれをしない。
そもそも、早乙女純は創り変える必要はないと思っている。
(そっちの相談かぁ。まぁ、その必要性はないわね。確かに強者ではないけれど、紫燕には紫燕の良い所がたくさんあるし、創り変えるなんて所業、私は絶対しないわ。殺す感じがして後味悪いのよね。私の想いを分かりやすいように伝えないといけないわね!)
「単刀直入に言おう……紫燕、お前は必要だ」
「本当ですか?」
「ああ、俺は嘘をつかない」
(あああぁぁぁ!!やっぱりダメ!!寡黙設定だと細かく伝えられない!!あと、手を握りたい!両手で紫燕の細い手をギュってしたい!でも男じゃ無理!ダメゼッタイ!!)
「俺を……しんじりょ」
(しかも大事な所で噛むし、やらかしたわ!!もう、ダメかも!終わりだわ!!)
「分かりました、私……もう少し頑張ってみます!」
「……あ、ああ、見守っておく」
噛み噛み赤面の主の想像とは裏腹に、紫燕は言葉を受け入れ信じた。
無事にとは言わないが、守護者からの相談を解決したジュンは、心落ち着いた彼女の蘊蓄話を朝まで聞いたのだった。
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