装甲黒竜術師
先に動いたのは乱入者、陰牢。
瞬時に闇の商人に接近、大鎌で狙うは首、刈り取れる寸前も細剣によって阻まれる。
「あら?」
対して、闇の商人は連れてきていた部下2人と交代、大振り後の隙を狙うも───
「ぎゃっ……ッ!」
空振りした大鎌では、防御も回避も迎撃も、不可と判断しての連携技も命中はせず、部下一人が足先だけ拷問器具に囚われる。
玩具箱により出現させた数多の拷問器具に限らず、陰牢が召喚した全ての器具は、召喚者が消そうと思わない限り、永遠にその場に潜む罠となる。
万が一、脱出できたとて終わりではない。首には跡が遺るのだ。これは、召喚者本人しか視えない罰則対象。
執行猶予が付いただけ、本当の意味で逃れるには召喚者である陰牢を屠るしかない。
「ははっ」
美女の笑い声が響き渡る。
「あーごめんなさいね。貴方達を笑ったわけではないのよ、気分悪くしないでね」
声と共に、黒い闘気が湧き出、絡みついていく。
「だって嬉しいの、暫く振りよ。今日は雑魚じゃない、大物を狩れる。同僚の世話も終わったし、後は羽目を外して遊ぶだけ!ここからは私だけの時間、ねぇ一緒に楽しみましょう♪」
ダンスの誘いのように手を差し伸べるが、手に取る者は誰もいない。
「ふふ、残念──」
足下の影が伸びていき、巨大な召喚円が形成していく。
「小物はコクドが相手なさい」
名を呼ばれた黒い陸竜は、その背後から姿を現す。体長4メートルは超える二足歩行の大蜥蜴にも似た召喚獣は、獲物を見つけ咆哮した。
◇◆◇◆◇◆
闇の商人と陰牢が剣戟で争う中、召喚獣コクドと対峙するのはシズクとユグル。
シズクは転生者、能力は“水銀毒”。
城の水道水に異物を混ぜたのは、彼女の能力。致死性のある水銀を判別できないレベルにまで薄め、組織が使う麻痺毒も混ぜ、城の人間に飲ませた。
ユグルはこの世界の住人で、能力は“写倒”。その名の通り、相手の能力を使用できるという優れものだが、いくつかの使用条件がある。
彼女が現在使用しているのは、霧隠れ。
シンディの護衛ユフォンの能力をコピーしたもの。コピーの度合いは7割程度に留まるも、召喚獣を相手する程度なら有効で、闇の商人であるカイ同様に細剣で応戦する。
【聖なる九将】は正義の味方、且つ能力者で構成された組織とよく言われるが、それは認識間違い。
組織というよりは俗称に近く、【聖九】で位階付けされているのは全部で9人。その殆どが部下を持たないでいるのに対し、第四位ギルテは部下を千人以上持つほどの、【聖九】としてのバランスを崩す存在で、好き勝手しては勢力を広めつつある。
部下は非能力者を含めた人数であるが、その数は圧倒的で、1つの組織と言って過言ではないほどに成り上がっている。
能力者は戦闘任務に割り当てられ、外任務となると最低でもBランクが派遣される。能力者の平均レベルは非常に高く、千を超える部下の統率は4名の隊長格が行っている。
カイも、その一人。
ユグルの上位互換能力を所持する叔父はカイの同僚にあたり、隊長格3名はSランク、1名はSSランクとなる。
更には、ギルテの部下全員が細剣を携行するという極めっぷりで、軍隊のように統率がなされている。
彼女達が召喚獣と対するのも、初めてではない。始めこそ、拷問器具に翻弄されたものの、それを召喚しない、ただの物理攻撃のみであれば対応は簡単。
注意するのは、黒い大爪と太い尾による薙ぎ払いに、口から放出されるエネルギー砲。攻略は難しくないと思われていたが、2対1の有利状況を活かしきれず、倒すのに時間をかけてしまっているのは、召喚獣コクドが単体で動けるほどの知能を有していたからである。拮抗状態は続く。
◇◆◇◆◇◆
二人の剣戟も続いている。
Sランク同士のぶつかり合いは終わらない。
武器の強度で測れば大鎌の方が有利になるが、陰牢には式のような筋力は無い。それで考えれば、男のカイの方がやや有利になるも、技術面は然程変わらず、勝負を決するとすれば能力の差。
カイは、“付加師”。
火・水・雷・風などの効果をもたらす札を自身と武器に付加する能力。付加重複もできるため、あらゆる応用が可能。
但し、陰牢のような特殊攻撃には対応しづらい。
普段有効打となる属性耐性もあまり意味を成さないため、圧倒的な火力で押しきるのが手っ取り早い。カイの火力が勝つか、陰牢の特殊が勝つか、二つに一つ。
「火札風札付加」
熱風が細剣を包む、カイ自身の闘気変化する。
「弐葬撃」
時間差のある火と風の斬撃が陰牢を狙う。初手の火の斬撃のみ直撃し、風の刃はいなされる。
「何!?」
斬撃による出血はあっても、火傷は負っていない、火を吸収しているまである。
「耐性を有していると?」
「ご名答、熱いの好みなの」
「面倒ですね、一つ一つ調べていくのは…」
「良いじゃない、時間はたっぷりあるわ。朝まで踊り狂いましょう?」
誘い口上を拒否するカイは、火の代わりに水を付加する。
「これは効果ありですか……」
「効果は、ね。ふふ、殿方からの誘いは受けましょう──天縛の蔦──」
カイの頭上には召喚円。
触手のような無数の白い紐が、自由意思を持って縛ろうと掴みに来る。斬るか避けるか、咄嗟の判断により、後者を選んだカイは正解を引く。
前者を選んでいた場合、細剣もしくはカイ自身が囚われていた。
天縛の蔦は物理攻撃ではなく精神攻撃、紐に触れたら最後、術中に嵌っていた。
「っ惜しい!もう少しで面白いものが見れたのに!」
「ちっ、本当に面倒ですよ。貴方のような性格と殺し合うのはね」
「そう?私は楽しいわよ」
カイ達側に、継戦の余裕はない。想定よりも長い時間、城内で戦ってしまっている。目撃者が増える確率は上がり、問題も生じやすくなる。
そうなっては不本意、長期戦は不可、遊びに付き合うのも不可、一刻も早く決着をつける必要がある。
ゆえに、カイは水・風に加えて雷を付加する。
「参葬撃!」
「月夜の踊り子」
水風雷の斬撃を上下左右の4層と計12本の刃を放つも、舞踏会のような踊りと満月のような弧を描く回転斬りにより、全てが弾かれ、抉られたのは壁や飾りなどの無機物の類。渾身の連撃は掠りもしない。
「っ……」
「ねぇ、こんなもの?まだあるわよね?」
「ふぅ、大変申し訳ありませんが、奥の手を使わせていただきます──」
カイは黒白の札を出す。
「生死札付加」
そして───
「えっ───」
ドスッという鈍い音が室内に響く。カイの細剣が貫いたのは、ユグルの背中、心臓部。
「あっ──っ……さ、ま…」
倒れ込むユグルに、シズクは慌てる。
「カイ様!恐れながら、お止めください!」
「心配しないでいいですよ、これは日に一度しか使えませんから」
細剣を伝うのはユグルの血───だけではない。そのエネルギーと一定時間は能力も得る、カイの必殺技。
ユフォンの霧隠れも使用可能。
カイの基本値は増々上昇していく。
「へぇ、意外とこっち側なのね」
「それはどういう意味でしょうか。そもそも貴方に評価される謂れはありません」
強化したカイは疲労も回復し、掠り傷も治癒。
その一方、陰牢は初撃の斬撃で服に血が滲んでいる。これで、カイの勝利は揺るぎないものと思われたがしかし───
「なら私も少しは…、そう少しは本気を出しましょう──装甲黒竜術師──」
召喚獣コクドが黒い光に包まれたと同時に、陰牢もまた黒い光に包まれる。
嵐のような渦巻きのあと、やがて生まれ出でたのは、漆黒の鎧に身を包んだ竜人。
顔と爪はコクドに似た|竜人化、陰牢の必殺技である。
◇◆◇◆◇◆
戦況は一方的。
防戦一方なのはカイとシズク、押されるがままになっている。
「──ぇ!」
重量は増し───
「ねぇ!」
爪撃は硬く───
「ねぇねぇ!!」
砲撃を放ち───
「ねぇねぇねぇ!!!」
器具も変わらず召喚し───
「聞いてる聴いてる効いてる???」
更には飛行も可能とし───
「ははははハハハハ破破破破!!!」
縦横無尽に連撃をくり返す───
「痛い?悲しい?楽しい?好き?嫌い?生きたい?どうしたい?ねぇ!ねぇ!ねぇ!!」
狂喜乱舞の貴婦人。
「この姿になると醜いのよ、でもやめられないのよ、楽しいのよ、世界が!今!私の!手の!中に!あるの!」
カイの霧隠れは全く効果なし。
理由は単純明快。
初手の玩具箱を受けたユグルの罰則対象を、カイが引き継いだからだ。
隠れても離れても居場所は特定される。狂人からは決して逃れられない。
「あれれ??お嬢さんは、もう終わり??」
シズクは虫の息。カイも、立っているのがやっとなくらいに疲弊している。
「本国には……はぁ、連絡しているんですよ」
「だから?」
「それを取り止めてもいいんですよ。こちらの、条件さえのむなら──」
「それってあの、黒毛で片目の男のこと??」
「なっ──んで……?」
祭事が終わってから、カイは本国へ情報伝達員を走らせていた。その者は能力者であり、失敗に終わる可能性は無いに等しかった。
(ならばいつから……)
気づかれ監視されていたのはどの段階からか、場合によっては、組織【S】の脅威度を大幅に引き上げる必要もあると思うカイだったが、もうここから逃げ延びる方法も思い付かなかった。
「そんなのどうだっていいじゃない。今は私と貴方、あの男はもう……死んでると思うわよ」
「……っ、のようですね」
望みは絶たれた。生きて本国へ帰還することは不可能。ただ、カイは絶望はしない、命乞いもしない。
それが、ギルテに仕える隊長格としての器。加えて、まだ良心もある。
「貴方には負けましたよ。ですが、1つお願いが──彼女……シズクは助けてもらえませんか?」
ユグルを手にかけたにも拘らず、シズクは見逃してほしいと懇願する。傲慢不遜と捉えてしまうが、あの時は勝利するには必要な行為と判断した。
結果は惨敗も、カイにとっては考えうる最良の手立てだったのだ。部下を刺して愉悦するような、狂気染みた趣味は彼には無い。
それに部下を助けることができれば、自分の敬愛する御方のために働いてもらえるというもの、カイの選択は、理に適っているが、しかし───
「いいわよ──有実の誓約──」
直後、シズクの首筋に紋様が浮かび上がる。まるでそれは、黒蝶の入れ墨の様。
「な、何を!」
「別に大したことじゃないのよ、ただ向こう10年真面目に働いたら還してあげるって条件を付けただけよ」
「それでは──」
「貴方の願いは聞き入れたでしょう?たかが10年、私達のために働いてくれればいいだけじゃない」
「──っ、この悪魔、いや魔人め!!」
陰牢は、嘘を言っていない。
有実の誓約を受けた者は、術者の陰牢が死なない限り、死ぬことは無い。10年間シズクが受けたダメージは陰牢に入る。
無論、自殺もできない。黒蝶の入れ墨により、働く間は命を保証され、衣食住も与えられる。
今回、事が上手く運ばなかったのは、紛れも無くカイ自身の所為、陰牢の本質を未だ見抜けていなかったのだ。
「さぁーて、縁も酣!今宵は締め括りましょう!」
“鉄の騎士”
”終わりの歌”
カイは鉄格子に囚われ、竜人化した陰牢の咆哮は、超巨大なエネルギー砲と化す。
吊るされたカイもろとも包み込み、天井を破壊、空にまで届く砲撃は雲を晴らした。半壊した城に差し込むは、月光。
「きれぃ……」
ポツリと呟くのは、少女。
「貴方も風情が分かるのね──そうだわ、生き残り同士、これからは切磋琢磨しなさい。貴方達にも、ジュン様に貢献できるチャンスを与えましょう」
轟音響く中、運良く生を掴んだ彼女もまた、数奇な運命に巻き込まれる。
大会のブチ壊し、【聖九】との接敵、城の半壊、商国シンディ征服における事の顛末をジュンが知ったのは、それから数日経ってのことだった。
作品を読んでいただきありがとうございます。
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