廃街レース前日
レース前日の夜、気配を消しながら廃街を歩く者がいる。
【凶手】メンバーの一人、フレッドである。
祭事のレースコースとなるこの場所は、当日まで立入禁止となっているにも拘らず、こそこそと準備をするのは明日の妨害のため、リーダーのライラックの命令で妨害工作をしにやって来ているのだ。
勿論、1人でではない。後で残りのメンバー、モズとミーチアとは合流する手筈になっている。
【凶手】は暴力団組織とは言うものの、フレッドは顔立ちの良い男で、それなりに人気がある。
“美射手”とは彼の異名であり能力。
その名の通り武器には弓を使うが、彼の矢は直線には飛ばない。放物線のように弧を描き、時には曲線に進む。予測不能であり、もう少し能力者としての評価が高くても良いかもしれないが、威力は高くない。的中して爆ぜたり貫通したりというような特殊効果は付いていない。普通の矢、誰でも購入できる、一般的な兵士が持つような矢だ。
それもその筈、彼の前職は兵士。
国家のために訓練をした経験もあるが、通常通りに矢が飛ばないために軍隊に編成するのが困難と言われ、解雇通知を受けた堕落者でもある。流石の彼も当初は怒り狂った。
だが不平不満は女王シンディの耳にも届くため、己の身を案じて撤退、以降は何となく歓楽街にいたところをライラックに拾われたという経緯になる。汗をかき、泥を被ってまでも妨害工作を続けるのは、一応の恩義を感じているからこそではあるのだが、この組織にずっと従事して人生を終えようとは考えていない。
つい最近、仲間の一人だったヌーボが死亡したのもそう、次は誰か想像は難しくない。組織で次に弱いのはフレッド。新たな仲間を探すという名目で、弱者を切り捨てる行為は業界的によくあることだ。裏の世界の人間なら、それくらいは覚悟すべきだろう。
ただそうはいっても、フレッドはまだ若い。未来を失うには早すぎるし、かといって恩義のある相手を疑うのも失礼にあたる。不安は重なっていき、潮時なのではと、ついつい思ってもしまう。
「いっそのこと、ニシミヤライトみたいに、女を相手する仕事をするのもありか──いや…」
【ニシミヤライト】とは超絶美男子と言われる、全年齢層から人気な天才活動家のことである。出身・年齢不明であらゆる国を旅しているらしく、時に女性を接待しては金を荒稼ぎするという噂の持ち主。
俗に言う、ホストみたいな仕事をしているということである。ニシミヤライトには遠く及ばないが、フレッドの容姿も悪くはない。能力者としては微妙でも、容姿を武器にして生きる可能性は見出だせる。明日の祭事の報酬を元手に、転職すればいいのだから。
それをライラックが許すかは別の話だが、言わないというのもまた手段の1つではある。フレッドがそんな事を考えていると、前から一人、女性が近づいてくる。
フレッドの仲間、ミーチアである。
「終わった?」
「いや──てかあんたは、今来ただろ」
「そうね、でも重要な仕事をしている身なんだから遅刻くらい許してもらわないと……糞婆のご機嫌取り変わってくれる?」
「……」
「ほら無理じゃない」
糞婆とは誰もが知る女王シンディのこと。ミーチアの仕事とは、そのお世話、彼女の役職はメイド長なのである。つまりはフィの上司にあたる。暴力団組織が女王の近くに潜伏しているとは、側近はおろか、シンディ本人も気づいていない。
次いでに言えば【凶手】の最終目的が、国の乗っ取りだということも知られていない。仲間のフレッドも知らない。ライラックがフレッドを拾ったのは、王城の設備や図面の入手を目的にしていたからである。要するに、フレッドが恩義を感じる必要はなかったということだ。
その図面はというと、すでに入手済みなうえ、宝物庫の場所まで把握済み。フレッドの存在は彼らにとって用無しではあるが、当初予定していた罪のなすり付け及び的役のヌーボは死んでしまった。その代役に適しているとされ、まだ生かされているに過ぎないのだ。決行は明日の夜、シンディが勝利に浮かれ宴を催すその隙に盗み出す。
財の2割を譲るということで、闇の商人とも話を付けているため心配ない。警備はあってないようなもの。後は、ミーチアがライラックと合流して、フレッドを気絶させ宝物庫へと監禁、激昂しているシンディと鉢合わせ、餌食になるのはフレッドのみという作戦。
失敗は無いに等しい。等しいのだが、ただ1つ疑問を感じることが、ミーチアにはある。
(何故、時間を変更したの?ライラックはまだ来ないの?)
今朝になり急遽、時間と場所の変更通知が届いた。
それには予定していない、モズとの合流も書いてあった。フレッド一人気絶させるのに、3人の能力者は必要ない。突然の通知に戸惑いはあっても、リーダーの命令は絶対。
意図が不明でも実行するのが組織。長年そうやってミーチアは生きてきたのだ。
誰しも急にはやり方を変更できない。
ただ、ミーチアはBランクの能力者。念には念を入れ、フレッドと話をしながら、感覚は研ぎ澄ませておく。
その読みは正しかった。地面を伝う微かな音が聞こえたのだ。微弱な振動は繰り返し、遅れてフレッドも気がついた。
これは、モズの知らせ、モールス信号。
「《に げ ろ》」
刹那、ミーチアの頬を何かが掠り、背後の生物に直撃。
ベチャッという音と共に膝から崩れるのは、頭部のない身体──フレッドだったもの。
頬は、熱く、痒く、そして痛い。
掠める程度でこの威力ならば当たった場合どうなるか──それはいま、仲間が身を以て体験したばかり。
「《は な れ る ん だ》」
モズの信号は続く。だが、反応は僅かに遅く、ミーチアは手に被弾してしまう。
「ぎゃっ……っ!」
貫通したモノは動かぬ死体に、もう一当たりし、臓物は更に飛び散っていく。死を感じるミーチア。
同じ目に遭う未来が過る。
(早く建物へ……でないと)
屋内へ、障害物のある方へと方向転換。身を隠せる場所を見つけなければ、劣勢は覆らない。
(よし、ここならまだ…)
四方は壁に囲まれている。入り組んでいるなら、尚更奇襲もできまい──とそう思った矢先、カチッと何かを踏み抜く。
「いっ……ッ!!」
そう、ここは死へと誘う一方通行。至る所に罠という罠が張り巡らせている。
ゆえに──
『目標確認、狙撃開始』
「うぎっ……ッ!!」
『着弾確認、追撃開始』
「あっ……ッ!」
『装填完了、連撃開始』
「いや……」
『10連跳躍弾』
「痛い痛いイタイイタイいたいたいたいたぃ!」
罠を踏み、足は痺れ、悲鳴で位置は特定される。
オマケに、外したと思ったそれは、設置されていた金属板から跳ね返る。
その回数10……とは言わない。
ミーチアにとっては、無数の弾丸が身体を貫通していく。張り巡らされていたのは罠だけではない。まるで、最初からこの場所に来ることを想定されていたかのような周到性。
ミーチアが建物を選んだのではない。相手がミーチアを誘い込んだのだ。ここは単なる処刑場。
「あ、あしゃ……かぉも……」
ミーチアが外へと這い出た時には既にズタボロ、全身血だらけで、身体の至る所に親指ほどの穴が空いている。
顔ではミーチアと判断するのは難しい。
マネキンのように倒れ付す。最早、息をするのも困難。
落ちゆく瞼に微かに見える少女の名を聞くのも恐ろしい。
怖い。
暗い。
「あぁ……くま」
ミーチアは、ただ一言だけ添えて、息を引き取った。
◇◆◇◆◇◆
「ぐっ…ふぐっ……ッ」
廃街を抜け出そうとしている者が一人。今日ここに来てしまった愚かな能力者、モズ。彼は肩に被弾しつつ、痛みを堪えながら、出口へ、人の多い場所へと急いでいる。
(何で俺が──だからクソっ…)
【蝶の舞】で会話した時と口調が違うのは当たり前、仕事中は身分など個人の特定を防ぐために敢えて喋り方を変えていたのだ。
「はぁ…、はぁ…」
(もうすぐだ。まずはライラックに連絡を取って、計画を変更して、高飛びだ。おそらくバレてるんだ、俺たちの計画は……もしくは告げ口か……それがもし、もし闇の商人なら俺だけでも逃げ──っ!)
モズの足は止まる。道を塞ぐのは少女。黒っぽい服に身を包み、口と鼻は隠れている。
「誰だお前は!」
至極当然の質問に、少女は答える。
「私は紫燕」
「しぇん?」
「違います!し・え・ん!」
(何だこいつは?俺はこんな小娘に傷を負わされたってことか?いやいやあり得ないぃ…っつう!!……あ、あってなるものか!俺はBランクだぞ!)
モズは金属杖を構える。
「音の刃!!」
振動が湧き、2種類の斬撃が少女の急所目掛けて飛来する。
「よっ、ほっと」
たが、いとも簡単に避ける少女、紫燕。
「何だと!?視えているのか??」
「じょあ次は私の番、この距離はピーちゃんとキューちゃんの十八番だよ!」
「ピーちゃんとキューちゃん!?」
紫燕の二丁拳銃は火を吹く。
「アギャッ!」
モズ自慢の音の刃よりも疾い。それが銃、この世界には存在しない武器。至近距離の2発攻撃は、モズにとって致命傷となった。
「あぐっ、はぁ、おまっ──なにもの、だ?」
「私は紫燕!」
「ちがっ……」
「──あ!あー!!うん、貴方の聞きたいこと分かりましたよ。私達は【S】です!」
「え、えす?」
「はい!」
モズの思考はグルグルと廻っている。血の出し過ぎで、頭の整理ができない。そして、意味を理解するのと同時に息絶えた。
同じBランク同士の戦いでもこれほどまで顕著に差が出てしまったのは、モズが傷を負っていたことに加え、紫燕を小娘みくびっていたから。
更には銃の火力が圧倒的だったからである。
紫燕は、様々な銃火器を扱える。銃火器だけの火力はA〜S、近距離武器だとD程度、攻撃力がC判定なのは総合的判断。
Bランクなのも、銃の恩恵ありきで考えるわけにはいかないからだ。弾が当たらない、もしくは効果がなかった場合、この戦闘は拮抗していたことだろう。
銃、様々である。
「よし、任務完了。後の処理は陰牢がするんだったよね?」
作戦メモを思い出し、手に取る。死体処理の項目には陰牢の名前。
次に自分の名前が書いてある項目は──
「えーと、応援団長?」
レースに出場する式への応援。
作品を読んでいただきありがとうございます。
作者と癖が一緒でしたら、是非とも評価やブクマお願いします。




