凶手
歓楽街にはいくつかの娼館がある。
その中でも随一と言われるのが、【蝶の舞】という名の店だ。
意外にも、この店は営業してから10年も経たない新進であるにも拘らず、そこらの老舗よりも繁盛している。経営者は都市部出身ではないのにだ。
地方出身の出稼ぎで成り上がった人物の名はリサ、何を隠そう、シスターアリサの実母である。
リサは当初、娼館を経営するつもりはなかった。普通に事業を展開する予定だった。教会勤めの男と出会い、結婚して子を産んだが、田舎の暮らしは性に合わず、聖職者の仕事も魅力を感じなかった。出稼ぎという名目で村落を離れたが、帰るつもりはなかった。
しかし、夢は夢のまま現実では思うようにいかず、事業は失敗。挙句の果てに行き着いたのは娼婦という仕事。最初は客を取るのに苦労したが、アリサの姉、アリカが後を追って来てくれたことで挽回し、ただの娼婦から経営者にまで登り詰めた。
これらは純粋に才能と言っていいだろう。
だが娼婦に身を窶したことで、心はさらに黒くなった。貧乏人不要の考えを示し、小汚いものは毛嫌いした。
社会的弱者を軽視し、差別するようにもなった。客を取るためならば、嘘を軽々と吐き、手段を選ばなくなった。ここまで落ちてしまったのは、生活が見違えるほどに裕福となってしまったのも要因の1つ。田舎の暮らしに戻る気持ちは、万に一つも彼女達にはない。
「ねぇ、今月の取り分はいくら?」
丸机には無造作に置かれた大量の金貨に銀貨が山積みされている。
「好きなだけ取っちゃいなさい」
「はは、大金持ちだね私達」
「そうね。そう言えばさっき無名の送り主から文が届いたのだけど、見る?」
「ふ〜ん、何々…」
アリカは一通り目を通した文書をクシャクシャにして捨てる。
「母さんはどうするの?」
「仕事場にいるときは母と呼ぶなと何度いえ……ふぅ、まぁいいわ、貴方と同意見よ」
「だよね、戻る必要はないし、私達とは最初から身分が違ってたんだよきっと!」
「ふふ、そうね」
アリカとリサが談笑していた時、扉が数回ノックされた。
時刻は昼過ぎ、丁度そろそろ来る頃合いだと思っていたリサは、入室を許可する。挨拶も無しに入ってきたのは、全身をローブで包んだ気味の悪い男と、大柄で髭を生やした派手な男の2人。
「ちっ、少々遅れたか?」
「貴方達が時間を厳守したことなんてある?」
「げんしゅくらいすらあぁ、だってあっしらはなぁ、おかしら?」
ローブの男は手に持つ高価な金属杖を床に突き、コンコンと音を立てている。ここは元々居抜き物件だったのを、大層な金を費やして改装している。現在は全館リサの所有物件となっているが、床一つでも高値がつく貴重な物であり、リサが許すはずもなく、髭男に文句を言っている。
「別にいいだろう、何かあれば俺達が守ってやってるんだ、もっと感謝してもらいたいくらいだぞ」
「あーはいはい、後で請求書送るから」
「ちっ、金にしか目の無い女だぜ」
「それはお互い様でしょう──で、例の祭事はするのよね?早く情報寄越しなさいよ」
「まぁ待て、こっちも忙しいんだ。知ってるか?最近、いくつかの地下闘技場が破壊されてるって話をよ」
「あの噂、やっぱり本当だったの?」
「ああ、真相を確かめに仲間の1人を送り出したんだが連絡が途絶えた。勿論、闘技場は跡形も無いくらいグチャグチャだ。名も無き怪物とやらはいるってことだ」
「確かめに行かせた仲間ってのは?」
「ヌーボだ」
「ああ!あのハゲのおっさんね」
「あいつは探知が得意な能力者だったんだ。後ろの、モズも出来ないことは無いが自分の場所もバラしちまうからな。ヌーボは弱かったが、仲間として歴は長かった。同じような能力者を探す俺の身にもなってくれ」
リサと話す男の名前はライラック。
【凶手】という暴力団組織のリーダーで、構成員は5人の能力者のみで形成されていた。一番弱いDランクのヌーボは何者かの手によって殺された。
地下闘技場は惨劇状態に近く、ヌーボの四肢一つとして見つかってないが、ライラックは死亡したと考えている。
そのライラックはAランク、つまり商国シンディにおけるAランク能力者2人の内の1人。意外にも強者で、この国で名を知らない者はいない。
ローブ男モズはBランク、能力は“音の刃”。
その名の通り、音を刃状にして飛ばすという能力で強力ではあるが、ライラックが言ったように、音で敵の位置を把握したとしても自分の位置も教えてしまう可能性があるため、探知には向いてない。残りの構成員は、少し顔立ちの整ったCランクのフレッド、そして唯一の女性でBランクのミーチアがいる。
ライラック達は、歓楽街の店を警備したり、問題が生じた際の対処で、商人達から金銭を貰っていた。多数の同業者はいたが、今回の事件でその数を大幅に減らしてくれた。
しかし、今後の優位性を獲得した反面、重要な仲間を失い、新たな雇用先を探すのも困難になったという現状。
とはいえ、策が無い事はない。それが彼らの言う祭事。各地から資産家などを呼び込み、大金が動くお祭りで、今年はレース大会が催される。地下闘技場を破壊した者が出場するなら、懸賞金を付けたっていい。
盛り上がらないわけはなく、今抱えている問題も一挙に片付ける算段は整っている。
「幸いなことに、地の利は俺達にある。強者も幾分か減った。レースでは俺に賭けるが無難だろうよ」
「他に候補はいないのかい?」
「俺はこの国では最強格なんだぞ!文句言わず、俺にオールベッドしとけ」
「そうは言うけど、私達も生活があるんだ。負けられないからね。ダークホースになりそうな、【名も無き怪物】にはどう対処するのさ?」
「ふん!地下の破壊程度なら俺でもできる。地上めがけて攻撃すれば天井が崩れるだろ。惨劇なんて簡単に作れる。あれは奴の自作自演さ」
「そ、ならいーけど」
ライラックの予想が当たったいるなら、今回の賭けはリサの勝利となり、ぼろ儲け間違いなしだろう。出場するかも分からない能力者に、財を賭ける無能な者などいる筈がないのだから。
加えて言って、ライラックは嘘をつかない。リサやアリカは息を吸うように嘘を言うのに対してである。
ライラックは、【凶手】のメンバー内では意外にも根が真面目な方だと言っていい。単なる自信家ではない。様々な予測を考えた上での結論。
体躯が良いのに頭も悪くない、これがAランクたる所以、商国シンディにおける最高峰の能力者なのだ。
ゆえに、リサはライラックに全賭けすることを決意する。慢心はない。
そう、慢心なんてものは、1ミリもなかったのだ。
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