エピソード 月華
古城敷地内には様々な施設がある。鍛錬場もその一つ。地上だけでなく、地下にも複数の鍛錬場が整っており、守護者の面々は日々研鑽を積んでいる。
重力負荷のかかる部屋には一人の守護者。
茶髪ポニーテールがトレードマークの格闘家、月華である。
月華の能力は“組み込み武術”、格闘ゲームにあるようなコマンド技やコンボ技を予め設定し、攻撃時はその組み合わせをなぞることで、必中の効果を得るというもの。
固定した流派は無く、あらゆる武術を覚え使用することを可能にしている。
左キック+右パンチ+左回し蹴りなどの攻撃だけでなく、防御・回避など、あらゆる状況下において、それぞれに対応できる技を何パターンにも用意している。
必中効果では決して相手を倒しきるとは言えないが、彼女ならではの強みであり短期決戦に強い。その代わり長期戦は不得意で、その場合の勝敗は運に左右される。
誰しも、得意不得意はある。
長期戦を苦手とする守護者として創造されたからといって、それに甘んじる必要はない。
守護者は成長できるように設定されているのだ。
苦手を克服しようと色々な武術本を読み漁り、自分の戦闘方法と照らし合わせ組み込もうとするのには、そういう理由がある。
「ふぅ、これは相性がよくないかな?」
比較的ポジティブ思考でもあるのは幸いしており、無理と思われる技の組み合わせも、時と場合によっては上手くハマるのではと考えたりする。ゆえに実践が重要視されるのだが、鍛錬場には誰もいない。
組手相手が必要だと考えていた丁度その時、現れたのはジュン。
創造主ジュンが、鍛錬場に赴くことはあまりない。鍛錬する必要がないほどに強く、自己完結しているからだ。
「おつかれ様です!ジュン様!」
溌剌とした声。
さっきまで激しい動作をしていたにも拘らず、響かせることができるのは修行の成果ではなく、彼女の性格による。
その明るさは心を満たす。
ジュンも一つ大きく頷くことで応えた。
「もしかして、ボクを手伝ってくれるんですか?」
「たまには、身体動かさないとな」
そうは言うものの、本体[中身の早乙女純(♀)]は全く別のことを考えている。
(くおおおぉぉぉぉ!!元気で天真爛漫な美少女、いつ見てもいいぃ!!しかもボクっ娘属性もGood!!夢有ちゃんと一緒で健気な眼差しなのも好き!太ももの肉付きなんかも丁度いいわぁ、美味しそう……ジュルリ──っとイケない!我を忘れるところだったわ!)
相変わらずの変態性。
ジュン(♂)は無表情なので、心内はバレていない。
「──来い」
「お願いします!」
始まる組手。
月華の連続技はクリーンヒットする。重音が響くも、普段のように顔色一つ変えない。
それもその筈、攻撃を受けた箇所は瞬時に自動治癒される。それを理解している月華も、構わず攻撃を続ける。
上段フェイクからの下段足払い、右脇腹への蹴りに加えて左からのアッパー。一見、サンドバッグ状態の一方的ないじめにも見えるが何ら問題はない。
寧ろ、中身の早乙女純は気持ち良く思っている。
(躍動する筋肉!しなやかな脚!揺れる胸!飛び散る汗!吐息と体臭!曇り無き眼!全てが完成されているうぅ!!美少女が至近距離にいるだけで、こんなにもいい匂いがするものなの!?合法的に肌が触れ合うのはありだけど、今の私はジュン(♂)、ほどほどにしないと変態だって思われちゃうかもしれないわね。男の変態ほど気持ち悪い生き物はいないのよ)
「締め付け技もいいですか?」
「……遠慮はいらん」
更なるご褒美に、思考が止まる。
興奮は抑えきれない。
(フゥー、フゥー、フゥー、呼吸を整えて、ここが正念場よ)
密着度が増し、良からぬ事を考える。
(はぁ、はぁ、はぁ、変な事考えちゃダメよ早乙女純、今は男なんだから、我慢よ我慢。勃起も絶対ダメ!)
月華の考案した締め付け技は見事にキマる。
自動治癒で物理も精神もダメージを回復するが、月華と目と鼻が近いことで昇天していた。
そのジュンが目を覚ましたのは数分後、月華の膝の上。
「……見事だ」
“絶景だ”ではなく、“見事だ”と伝えることで、技の凄さを褒め称える。
決して本心は、バレてはいけない。
「ありがとうございます!それで、改善点はあると思いますか?」
「うむ…」
これと言ってはない。
レベル差がありすぎて分からないというのもある。
(う〜ん、技の良し悪しはそこまで詳しくないのよねぇ。私、体育会系じゃないし、嘘を言うのもなんか違う感じよね)
「後ろからでなく、正面からはどうだ?」
だからここは敢えて本心をド直球に、いや変化球を交えて伝える。
(くほおおぉぉぉ!!これなら万が一触ったとしても変じゃないわよね!!美少女と正面から密着して、尚且つ、抱き締めることも可能。私ながら大正解の提案。勿論、男女の恋愛なんてもってのほかだけど、多少は……そう多少は触っても問題ないわよねぇ、ぐふ、ぐふふふ、はははは!)
「正面からですか」
「ああ」
「分かりました!やってみます!」
(よし!よしよしよし!!引っかかった!撒き餌に釣られた!勝ったのは、そう私!早乙女純の性欲求!!)
構えを取る月華に対し、両手を広げるジュン。
完全なる受け止め体勢。
早乙女純の欲求が叶うと思われたその瞬間───
「こちらにいましたか」
一人のメイドが現れる。
「れ、零!」
第三者の介入により、豊満なバストに埋もれる欲は終わりを告げた。やむなく大きく広げた両手を仕舞い、一つ咳払い。
「ど、どうかしたか?」
「そろそろ、ランチのお時間ですので」
「あ、ああ……そう、だったな?」
(もうそんな時間?我を忘れていると時が経つのは早いわね。鍛錬場に時計、設置すべきかも……)
「あ、あの……」
月華は稽古の礼をしようとしているのだ。
組手の機会はそうあることではない。
ましてや二人っきりというのも少ない。
だがまだ昼間、午後からという可能性も無くはない。
「午後は街の統治に関する条例決めの予定でございます」
「あっ……」
(ノオオォォォォ!!!)
欲望は絶たれ、早乙女純は心から泣き叫んだのだった。
作品を読んでいただきありがとうございます。
作者と癖が一緒でしたら、是非とも評価やブクマお願いします。




