女王シンディ
徒歩での移動は山越えよりもそれなりの日数を要すも、都市部へは難無く入都。ジュン達は観光気分で、都市内を練り歩く。
これは、征服者としての顔バレをしていないことが大きな要因。各国の首脳部は、【S】という組織名と1つの国が征服された事実しか知らない。その国民ともなれば、情報量は同じ、もしくは下がる一方。
ましてや、この国は戦争よりも己の商売を優先する、商業国家。バルブメント王国が征服された話題は一瞬。他国で内紛が起こり、王が糾弾された程度にしか思っていない国民がいたとしても頷ける話。
実際、ジュン達に商品を売りつけようとする輩は後を絶たず、その度に陰牢が丁寧に断り続けている。
「都市内を歩く必要はあるのかな?」
「あるわよ、有力者を見つけたりするのに便利でしょ」
「チンタラせずに攻め込もうぜ」
「ジュン様は対話を望まれてるの、戦闘はまだ先ね」
「ちっ、おもんな」
守護者達の会話に、ジュンは口を挟まない。
事前に陰牢には、最初の手段を伝えているからだ。知恵者一人がチーム内にいることは、ジュンにとってはかなりの楽ちんであり、報連相の手間も省けるというもの。
(まずは交渉よね。この前は事故って出来なかったし、今回こそ最初は対話で良い流れ作りましょ。それに、一応の建前は必要よね)
そのためには、この国の王と面会する段取りを誰かに取ってもらう必要があり、有力者探しもこの理由。
いつもの楽観視で臨んだにも拘らず、今回は事が上手く運び、紫燕の情報収集もあって、都市の有力者を見つけることに成功。その者には驚かれ命だけはと懇願されたが、王との対話が目的と伝えると安心したのか快く承諾、日程も直ぐに決まる。
そして都市滞在3日目、ジュンと陰牢は商国の女王シンディに会うべく、王城へと向かったのだった。
◇◆◇◆◇◆
城内は朝から騒がしかった。涼しげのある中庭も、今日はバタバタと忙しなく、メイド達が走っている。
そこには気品の欠片もない。
ベテランメイドが会場設営をテキパキとしていく中、室内の隅で一人ポツンと立っている者がいる。
新米メイドのフィである。
彼女は今日、3回もミスを犯した。
最初は大寝坊、一番の若手なのに起床は一番遅いと、メイド長に迷惑をかけた。
次は会場に準備する花を間違えた。仕入れた花を綺麗に切除して飾るだけなのに、あろうことか中庭の花を無断でむしり取った。女王シンディの愛でる花をである。これに関しては叱責を大いにくらった。
掃除中は、バケツの水もぶち撒けた。綺麗にしたあとの床にである。学校の廊下のように、バケツを両手に持ったまま立たされているのはそういうこと。
「あ、あの……」
返答はない、誰も相手しない。居心地の悪さに加え、自分は必要ないのではと思う毎日、犯したミスも今日は少ない方。
「はぁ…」
溜め息は日常茶飯事。いっそ辞めればいいと自分に何度も言い聞かせるのだが、それは不可能。彼女にお金はないし、地方から出稼ぎでやって来ているのだ。
家族からも盛大に見送られた。路頭に迷うことは決して出来ない。嫌でも不向きでも仕事を続けるしかない。
「あっ…」
次いでに影も薄い。誰もフィには気づかず退室していく。扉は閉まり、また開く。入室するのは、なんとこの国の女王。更に数分後、女王と対話する相手も入室するというまさかの事態。
この失敗はフィにあるのか、メイド長にあるのか、それとも女王シンディにあるのか。
部屋の隅且つ大きな家具の後ろに立たされているフィに気づく者はいない。
いや、そんな事はない。入室する際に目と目があった。存在に気づいたのは、ジュンと名乗る男とその脇にいる美女の2人。普段のミスを超える恥ずかしさだったのは言うまでもない。
◇◆◇◆◇◆
ジュンと陰牢が案内された部屋には、この国の女王と側近の者数人と奥に何かがいた。
それを女王側が気にしている素振りを見せなかったので、ジュンも敢えては言わなかったが、内心ではかなり吃驚していた。
(え……?え??マネキンじゃないわよね?魂あるから本物、これは体罰中?まさか、このお婆さんの趣味とか??ウチの陰牢と趣味が近い人がいるなんてね。でも公共の場で見せつけるのはどうかと思うけど…)
気づいている陰牢はというと、主同じく何も言わない。寧ろ、あの程度では生温いとさえ、思っている可能性もある。
「では、定刻になりましたので始めさせていただきます」
(うわー、始めちゃうのかー。拷問ね、これ。この国の人達とは相容れなさそう)
ジュンが対話したいと交渉の場を設けたのは、前回の雪辱を果たすためだけではない。この国は商国というだけあって、商業施設のほか、娯楽施設が整っている。
つまりは、“デートスポット”が存分にあるということで、陰牢も遊び場は必要と認識しており、商業ノウハウある者を雇用できれば、国(旧バルブメント王国内)を発展させることにも繋がる。
国が潤えば財源確保に無駄な時間を割くこともなく、守護者の仕事量を増やす必要もない。間違っても、自分本位の身勝手な理由だけではないのだ。
「こちらにおわしますのは我が国の女王シンディ様であります。そちらは、じゅん…殿と、かげろう…殿とお呼びすればよろしいですか?」
ジュンは頷き、陰牢もそれに習う。
ここに式を連れてこなかったのは正解だと改めてジュンは思う。
(二人ともちゃんとお留守番してるといいけど、紫燕は大丈夫として、式は無理よねぇ。また外に出ちゃってる気がする。紫燕もわざわざ伝えなくていいのに、地下闘技場なんて、式が好きそうなイベントにぴったりでしょ)
「──では私からは以上で、あとは女王様、お願いします」
「あんた達の提案書見たよ、酷い内容だねあれは」
女王シンディは唾を吐くように言う。提案書は交渉前日に女王のもとへと送られている。
中身については、ジュンも目を通している。守護者達の意見も聞いた上で作成した提案書だ。にも拘らず、女王が拒否するということは、誰かが内容を差し替えたか、女王の頭が頑固なだけか。
「あたしゃぁねぇ、嫌いなんだよ。こういう束縛染みたもの。そんなのはさぁ、帝国だけで十分なわけ。つまり却下なのさ。悪いが帰っておくれ、長旅ご苦労さん」
今回は後者。頑固な上に、上から目線の高圧的な態度で見下している。
(はぁ、本当に式がいなくてよかった。絶対暴れてるわよ。……さて、どうしよう。まさかここまで否定されるとは思ってなかったわ。こうなった以上は戦争するしかないのかもね)
「戦争を望むのか?」
「はぁん?何だって?良く聞こえないねぇ!」
ブチッという音を聞き逃さなかったのは、この場の全員。意味まで理解できたのは陰牢とフィ。ただその陰牢は事を荒げたりはしない。
(あんの糞婆、いつか絶対痛い目見せてやるわ!交渉決裂よ!!)
同じ言葉は二度も言わない。
ジュンは陰牢を連れ城外へと出ることにする。その無言の主に耳打ちするのは付き従う陰牢。
「宿の近くで、良い穴場を見つけております。今日はそちらで気の済むまで飲み明かしましょう」
気の利く一言。これが大人の余裕。他の守護者では即日戦闘も、陰牢ならそうはならない。
(はい喜んで!!ムカムカは美女で中和しましょう!お酒は飲め──る身体だけど、女子高生だから無理…いやこの世界にその概念はないから、大丈夫でしょ!!朝までコースよ、今日は寝かせないんだからね!!)
この日、朝まで潰れずに飲んでいたのは1名。
意識を失うのは店主に客、ジュンは爆睡、陰牢のみが血のような真っ赤なワインに舌鼓していた。
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