間、間、間
バルブメント王国の陥落情報は、瞬く間に周辺諸国へと伝わった。伝達網が整備されている国では一般民にまで知れ渡っている。バルブメント王国南部が遠方からも見えるほどに激しい炎に包まれたのだ。知らないという方が難しい。
【S】という組織の侵略、世界征服宣言に嘘はないことが証明され、各国は組織【S】の存在を改めて認知した。しかし、組織【S】の首魁や兵力数に能力者の有無などについては未だ不明で、情報に乏しい箇所は幾つもある。短期間の出来事で情報の精査が追いつかないという意見もあるが、実際はその情報自体を得られていない。
ジュンの征服内(旧バルブメント王国)に侵入した情報屋の類は軒並み守護者によって撃破されている。新たな情報を持ち帰った者はいない。
このままでは、次はどの国が狙われ、搾取されるか分からない。
明日は我が身状態ではあるが、意外にも各国に怯えている様子はない。曰く、『大国の中では最弱』や『過去の遺産』などと、バルブメント王国を揶揄したりと低評価な者が多いからだ。
その国独自の戦闘機関に自信を持っているというのもある。また、各々が口を揃えて言う組織が世界に君臨していることも安心感を与えている。
彼らの名は【聖なる九将】、世界最高峰の能力者組織と言われている。
ジュン達の組織【S】と同じくらいに情報は少ないが、SSランクほどの能力者で組織されていること、世界を揺るがす危機にのみ現れているとされており、100年ほど前には半数の人物の名が知られていた。
現在は代替わりもあり、誰が【聖九】に所属しているかを知る者は世界の1%ほどに留まる。どこかの国に9人全員が属しているかもしれないし、どこにも属さず有事の際に集合する可能性だってある。
そのような不確かな能力者組織であったとしても各国の首脳が信頼を置き続けるのは、彼らが世界に対して牙を向かないからだ。
彼らの立ち位置は、常に害為す者を処断する立場。要するに正義の味方なのである。
正義の味方なんてものは都合の良い言葉であるが、その存在感は大きく、この世界にそれだけの影響を及ぼしてきた。子供に読み聞かせる絵本になっているほどである。
偉大な組織が後ろに控えている事実もあって、組織【S】は未だ脅威認定されていないのだ。単に各国が自力に自信を持っているという話だけではない。
そしてこの【聖九】についての一般知識は、ジュン達の耳にも入る。
◇◆◇◆◇◆
世界征服の第一歩を予定通り?成し遂げたジュンたちは、次の征服先を決めようと会議をしている最中。
出席者は世理と翠を除く守護者と主のジュン、場所は古城の大広間。
1つの国を征服したからといって、居住地をレムハから旧バルブメント王国中央部へ変更はしない。そのことをレムハの住人も快く思っているし、原点である古城を手放す気は主のジュンには無い。
尤も、王城内に備蓄されていた豊かな物資は余すことなく使うし、国内も何れは整備して潤沢にしていく。
その構想案や計画書の作成は守護者の仕事、主は判を押すだけ、但し並行して国名も考えなければならないため、ネーミングセンスの無い者には任せられない。こればかりは、全員の意見を取りまとめて後日発表という手筈になっている。
「───となりますので、次はこちらを攻めるべきかと思います」
「ここは変わらず東部攻めをしている。国を治める者が変わってもだ。不遜極まりない。攻めるのはネルフェール一択だ」
「オレは暴れりゃどこでもいいぜ」
「分隊行動もありかもね」
「F………E………I………G………ジー………」
「何かの暗号ですか、ジュン様?」
「んはっ!?」
(危ない危ない、ぼーっとしてて、つい皆のおっぱいしか見てなかったわ。眼前の谷間達を見て変な隠語言っちゃってたみたいね。気をつけないと、変態主の異名をつけられてしまうわ)
「何でもない」
「左様でございますか──では、次はどこを攻めるがよろしいと思いますか?」
「………」
答えることはできない。当たり前だ、話を聞いていないのだ。脳内は性欲求のみで満たされており、征服先の選定はおろか、周辺国の情報すら記憶していない。
(えーーっと、もう一度最初から話してもらうのはダメ?もしかして変態主からポンコツ主になる?)
ジュンは無言を貫き通す。理解してもらいたい。誰かに察してもらいたいと願っていると、案の定救いの手は差し伸べられる。
その者はいつも通り零……ではなく紫燕。
「あの……」
「B、ビィ!?……おっとすまない、忘れてくれ」
急な発声に一同は一瞬ビクつくも、直ぐに元の表情へと戻る。主の言葉は絶対なのだ。静寂した雰囲気の中、紫燕は再度質問を試みる。
「あの、ジュン様が決めかねているのは、その……やっぱり【聖九】を懸念しているからですか?」
「ありえない!!」
机をドンッと叩いたのは紅蓮。
『【聖九】程度に怯える主ではない』、とも付け加える。
「それにだ、世理の観測から我々と同等レベルはいても、ジュン様を超える者はいないという結果が出たではないか。ならば恐れる必要はない」
「ですが、全てを観測したデータではありません。それに世理を信じ切るのも如何なものかと存じます」
「貴様は仲間の言を信じないのか!?」
「いいえ、ただ全てを鵜呑みにするのは浅はかではと思うだけです。だって私達は、全員共通の敵でしょう?」
零の言葉の意味を理解したのは、ここにいる守護者全員、対してジュンは全く理解していない。
(え?敵同士!?皆、仲悪いの?そんな設定にはしてないんだけど、裏切ってる…なわけないか。魂に干渉しても変な揺れはないものね。あれって、どういう意味なのかしら?)
ジュンの疑問が解消されぬまま、紅蓮と零の言い争いも終わる。
言い争いを始めてから式が、“喧嘩か?”“オレも参戦するぞ”と息巻いていたが、喧嘩に発展しないことを知ると、振っていた尻尾は萎れていた。
「──で、結局どうするの?」
唯壊の問いに、零は返答せず、広げていた世界地図を指でなぞっていく。
『無視したでしょ、あんた!』という奇声が室内に響いたのは言うまでもない。零は、勿論気にしていない。
「それでは再度、順に説明していきます。覚えられない方はメモのご用意をお願いします」
その言葉を聞いたジュンは、さっと机の下に手を入れ準備する。位置的には誰の眼からも見えない。
強いて言えば、零からは違和感を感じる程度だが、発言者がそれを気にすることもない。失礼極まりない発言が処断に値しない良い例と言えよう。
「私達は3つの国と面しています。南の山の先には商国と言われるシンディ、東には領土拡大を続けようとするネルフェール、それと北東には砂漠地帯もあるジルタフという国です。北と西はそれぞれ海に面していますが、小国レジデントはすでに征服済みで他の国家が侵攻することはほぼないでしょう。他に近い国といえば、シンディとネルフェールに挟まれているユーリース共和国、あとはさらに南にあるドラゴニアス帝国となりますが、征服先としては候補から外れます。一旦はまず隣接する3つの国のどれか、もしくは複数攻めも良いかもしれません」
(ふむふむ、なるほど、分かりやすい説明ありがとね。にしてもドラゴニアスねぇ、竜でもいるのかしら?この世界ってゲームみたいにモンスターや魔物っていないわよね?それらしいの見たことないもの。アイテムを落とすような要素もないみたいだし、ドラゴンっぽい名前が浸透しているだけかもね)
「以上を踏まえて、ジュン様はどこを攻めるべきと思いますか?」
(そう言われてもねぇ、私元高校生よ。一般人なのよ。過去の話だけど…。う〜ん、どこがいいかしら。でも侵攻すると南部地方みたいに戦火が広がってデートスポットが無くなるのは嫌なのよねぇ。だから南は無し…みなみは……)
「みな──っ」
「商国シンディですね」
時既に遅し、時間は巻き戻らない。
いや、ジュンの力もしくは世理の能力を使えば多少なりと戻すことは可能かもしれないが、慌てているジュンにそこまでの発想力はなく、流れに身を任していく。
(まぁ、いっか、なんとかなる……はず。今回の人選は私の方で決めましょう。商売が発展している国なら、賢い守護者が必要だから陰牢と、経験を積ませたいから紫燕と、あとは式でいいわね)
3名とも快く返事したところで、紅蓮が1つ提案を入れる。
「もしよろしければ私に、ネルフェールもしくはジルタフ攻めを許可していただけないでしょうか?」
断る理由はない。どちらかを選ぶならば後者、砂漠地帯の方が適任だとジュンは判断する。
「ジルタフを頼む」
「ありがとうございます。次いでの願いを聞き入れてくださるのであれば、月華か夢有のどちらかを連れていただきたいのですがよろしいですか?」
「ならば月華だな」
「ぼ、ボクぅ!!?」
「何か問題が?」
「いえ、何もないです」
月華の反応は意外にも良くない。
ジルタフに行きたくない特別な理由があるのかもしれないが、夢有を連れて行かせることはできない。何故なら、つい最近征服したばかりのこの国の一部地域、特に北部では需要があると、零から話を聞いているからだ。
(需要っていう言葉がミソよね。何か私に近しいものを感じるわ。夢有だけならともかく、唯壊も必要かもしれないだなんて、どういうことかしらね?)
またもや疑問は解消されず、そのまま会議も終了する。次の征服先はどちらの大国が先か。新たなデートスポットも見つけるべく、ジュンは同行することを決めるのだった。
◇◆◇◆◇◆
旧バルブメント王国南部と商国シンディとの間にある境界線付近には、絶壁ともいえる高い山々が連なり自然の要塞と化していたが、紅蓮の炎が一部を焼き尽くしたことで、今や山肌は露わになっている状態。
景観という概念も無くなり、登れば隣国の領土が目視できるまでになってしまっていた。地形的な問題は解消され、商国シンディが攻め入るのは容易となったわけだが、軍勢が押し寄せるような事実は確認されていない。
それもその筈、商国シンディはネルフェールのような血気盛んな国ではない。軍事力ではなく財政力の増強を優先する国柄で徴兵制度もない。
後ろ盾に、友好国であるドラゴニアス帝国が存在するのも理由の1つ。何かあれば、軍事面での協力を得られる条約が締結されている。その見返りとして、ドラゴニアス帝国へ金銭を上納しているため、他国に攻め入り疲弊して財を失うよりは、国力を強めるべきと考えるのだ。
その方針はしっかりと国民へ浸透しており、他国に比べても商いを生業とする者は多い。但し、この地で商いをするには、基本どこかしらの商業組合に入る必要がある。
商いをする者が土地代や売上の一部を組合へ手数料として払い、その組合もまた全体の一部を国家へ納める。それを怠る、つまりは組合に入らない・上納しないなどがあった場合は裏の者に粛清されると言われている。
その者達の通称は、【闇の商人】。
個人なのか団体か、はたまた男か女なのかも分かっていない。はっきりしているのは粛清対象は必ず死ぬということ。
事実、その対象となった者は見せしめという理由で街に骸が晒されている。
死と隣り合わせと言って過言ではないが、恐怖じみたことはそれだけで、この地で商いが成功する確率は非常に高く、裕福者は多い。一発逆転を狙って移住する者も後を絶たないほどだ。
しかし、その夢が叶うのは中心部だけで、辺境の地では一生かかっても楽な生活が訪れることはない。大国の中では珍しく、貧富の差が激しい国とレッテルを貼られている。
その辺境の地には、旧バルブメント王国との境界線付近の村落も含まれる。
この村落に地名はない。同じ国民でも、この地を知る者は少ないだろう。何故ならここは以前、旧バルブメント王国の領土だったからだ。村の雰囲気もどことなく、旧バルブメント王国の風土に似ている。
商国シンディの国民となって早80年、生活感も何も変わっていないこの村に、とある人物達が訪れる。
これが転機となり運命が変わるとは、村の者は誰一人として夢にも思っていなかったのである。
作品を読んでいただきありがとうございます。
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