エピソード 夢有
城の中をテトテトと走る女の子が一人。
目的の場所に着くまで走るのを止めず、仲間に声を掛けられても手を振るだけに留めている。
足を止め、部屋の大扉を開けて、そのまま椅子に座る人物へと飛び乗る。
「ジュンさま、おはよう!」
「ああ」
大部屋に居たのは、この古城の主『ジュン』、寡黙な男であり、彼女達の創造主でもある。今胸に飛び込んだのは、ジュンの創造した守護者の1人。
名を夢有。
夢有の容姿は10人の守護者の中で一番幼く、外見は小学生。
知能も齢とさほど変わらず、青髪ツイン三つ編みで服装はスク水が基本。
彼女の能力は“巨大化”。
自身の体を山ほどの大きさまで巨大にすることができる。
それならば“クラッシャー”でなく“ジャイアント”が適しているかもしれないが、前者が選ばれているのは彼女の戦い方に由来している。
巨大化により動作が遅くなるなどのデメリットは無いが、知能は小学生レベルのため、技術面は弱い。繰り出す打撃は質量の倍増により増加、大抵の場合、相手はぺしゃんこになるが、傍から見れば戦い方はプロレスごっこに近い。攻撃手段は一定で、技に名前があるわけでもなく、攻撃モーション時に周りの建物を無意識に破壊することもある。
古城周辺の雑木林や大岩の整理では無駄な破壊行動もあったが、役立ったことには変わりない。勿論、他の守護者でも可能なのだが、役割を与えるのは成長のため、創造された守護者と言えども、経験により成長はできるのだ。
「どうかした?」
首を傾げる夢有。
主の反応が、いつも通り無に近いことは承知の上だが、構ってほしいお年頃。他の守護者と比べて、自分には魅力が薄いと思っている。
だから無意識にも自身の身体を触ってしまうのだ。
「何を……しているのだ?」
「え!?」
主からの急な問いかけに吃驚する夢有。
「ななな、なんでもないでしゅ…」
「そ、そうか」
寡黙なジュンも、もう少し分かりやすいようにすべきなのだが、ところがどっこい、ジュンの本体[中身の早乙女純]は変態的な事しか考えていない。
(あ〜〜!!可愛い!!かわゆすぎりゅぅ〜!!なんで夢有ちゃんはこんなに可愛いのおぉぉ!!ペロペロしたい、ナメナメしたい、ナデナデしたい、スリスリしたい!!このモチモチ肌触りたいぃぃ!!あぁん気絶しそう!!)
早乙女純の女好きは炸裂していく。
(本当は抱きしめたいのに出来ないって最悪ね。ホントにもう何で私ったら男なのよ!何で私は容姿変えれないわけ!?神様ってホント不公平!!くぅ~度し難いわ!!)
この気持ち悪いのが彼女達の主、ジュン(♂)[早乙女純(♀)]である。
異性との恋愛を不純と考え、同性との恋愛を至高と考える人物。早乙女純の願望通り、転生前の女性の姿だったならば、この場は乱れていたことだろう。
男性同士もイケる口なのだが、それは基本視聴のみ。
守護者を男にすれば、早乙女純の願いに可能性は見出せるのだが、どちらかといえば女性同士の方が好みであるために現状維持。自身のスキルアップにより、いつかは自分の容姿も変えられると思っているのである。
それを為す日までは、寡黙なジュン(♂)を演じる早乙女純(♀)ということ。
暫く早乙女純が妄想を膨らませていると、不思議に思った夢有が顔を覗き込んでいた。
「ジュンさま、考え事?」
「──ん?そうだな、すまない」
「お邪魔だった?」
ジュンは彼女達を創造した際に、一応の名目として世界征服を掲げている。
一人一人をそれなりの強者として創造したのだ。
世界征服程度はしてみたいが、メインはハーレムライフ。
ジュンの脳内の9割は性欲、変態的な性癖で埋め尽くされており、征服に関する大部分は他の守護者に任せている。
夢有は、世界征服計画を思案している最中に訪問してしまったと思い込んでいるわけだが、それは大きな間違い。
悲しそうな表情をする必要はない。
ジュンも、慌てて首を振る。
「よかったぁ」
「──で、今日は何用だ?」
「あっ!えっと、これ……」
夢有がスク水のポケットスペースから取り出したのは、黒く焦げた物だった。焦げの匂いとは別に、微かに香りもある。
「まさか………料理?」
「うん!ハンバーグ!」
「はんばーぐ?」
ジュンは転生前の現代知識を各守護者に教えている。全員に教授しているというよりは、それぞれの専門分野ごとにだ。
口頭で伝えることは基本しない。
寡黙なジュン(♂)には行えない。ゆえに創造する際に、彼女達の脳内知識として植え付けさせている。
そのおかげで、美味な料理や快適な暮らしなど衣食住に困らない生活を送っているのだが、今ここにある食べ物は決して『ハンバーグ』ではない、『ハンバーグ』に似せた何かだ。
「レイに教えてもらったの!」
「零……か」
古城の家事全般を担う守護者が零。
彼女なら他人に教えることは動作もない───がしかし、これは明らかに失敗作。口に入れたら最後、嘔吐物を飛散させる結末を迎えかねない。
子供に悲しい現実を突きつけるのはよくない。
中身の早乙女純(♀)も葛藤に藻掻く。
(食べてあげたい!あ~んしてもらいたい!そのまま指もペロリンチョしたい!でもでもそんな事したら吐くわ、間違いない。私、苦手なのよねー。あ、想像しただけで吐き気が……)
スク水のポケットスペースに入れていた所為もあるが、匂いはきつい。それは変態がこよなく愛す、人の分泌した汗と衣類の化学反応なのかもしれないが、今回ばかりは遠慮すると決める。
「食べてくれないの?」
「あ……とで食べるぞ」
『ハンバーグ』に似せた何かを掌から器へと移す。
夢有もジュンの膝から降り、これで用件はおしまいかと思われたが、まだ何かある様子。
「いま、カレー煮込んでるからちょっと待ってて!」
「か、カレー!?」
新しいことに挑戦する彼女の足取りは軽い。
◇◇◇
それほど時間が経たないうちに、夢有はカレー鍋を持ってくる。コック帽子とエプロンもスク水の上から着用し、さながら学校給食の風景。
「おまたせしましたぁ」
盛り付けが終わり、ジュンの目の前に皿が置かれる。ホカホカのご飯にカレー、焦げ付いた匂いはなく、一見美味しそうに見える。
それもその筈、これは殆ど零が作っており、夢有は終始見ていただけとのこと。
「なら、いただくか……!?」
バタッと倒れる、古城の主。
あまりの美味しさに倒れたのだと思った幼女は介抱しない。
「うっ………」
暫く白目をむくジュンだったが、自動治癒により事なきを得る。
「何か……入れたか?」
料理上手の零が失敗する筈がない。
であれば、第三者が何か変な物を入れたとしか考えられない。
「んーと、隠し味に砂糖と林檎と…」
「うむ……」
「──蛇と蛙!!」
「ひぇ!?」
寡黙な男に似合わない剽軽な声が出る。
(ちょっと待ってよ、蛇と蛙食べたってこと!?リバースしないと!それともリユース!?リリース!?もう、訳解んない!!これはもうチューくらいしないと駄目だわ。夢有ちゃん、チューしましょう。チューして中和しましょう!!)
熱い抱擁の姿勢は既で止まる。
理性は戻り、両手を仕舞い、表情を素に戻すも、夢有は“?マーク”。
「誰の入れ知恵かな?」
「シキ」
「あいつか」
酒好きの式ならば、自身のツマミ用として所持していたとしても不思議ではない。
この世界は転生前のゲームにあるような、モンスターを倒したらアイテムを落として消滅するなんてことはない。
そもそも、モンスターはいない。
そのような文献は見当たらない。
転生前の世界に似た植物や動物は存在を確認しているので、先程の蛇や蛙も近しい種類で間違いはない。
とすれば、食用としても可能ではあるのだが、身体が受け付けない。早乙女純は動物は好きだが、昆虫や蛇などの類は嫌いなのだ。
(ワイルド過ぎるのも良くないわねぇ。毒味役が私じゃなければ死んでいたわよ)
ここは一人の大人として───早乙女純(♀)は元女子高生だが───きちんと言う必要がある。
「蛇・蛙は少々特殊すぎる、今後は控えるように」
「わかりました!」
生物混入問題は解決。
ひとまずは安心と言いたいところだが、料理意欲が収まるまで毒味役は必須。
暫くは、心労の絶えない日々が続きそうだとジュン(♂)[早乙女純(♀)]は思ったのだった。
作品を読んでいただきありがとうございます。
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