幼女崇拝
バルブメント王国の北に位置する都市ユージュでは、隣接する国との境界線の狭間で定期的に紛争が起こっていた。
土地をめぐる問題は長年と続き、一向に解決の兆しは見えない。それどころか、この紛争そのものに意味が無いのではという意見も出始めている。
王国中央部は、戦わなければ土地を奪われると豪語するが、実際に他国が侵攻するまでの状況には至ってない。領土決めの問題を外交で解決せず殻に閉じこもり、形式的な紛争をすることで、民に行動はしていると訴えているにすぎない、と思う者は多い。
そんな反中央軍と言うべきか、王国が腐敗していると考え、機を見ていつかは行動に移すと決意している集団がいる。
彼らの名はペータン教、成人した男のみで構成された、幼女を崇拝する組織である。
敢えてもう一度言おう、彼らは幼女を崇拝している。一見、何故と疑問を生じさせてしまうかもしれないが、幼女の裸体を想像すれば一目瞭然。
凹凸の無い、汚れ無き存在。
それは神聖な存在と言っても過言ではなく、彼らには神のように崇められている。ペータン教の第一人者であるハモンドは、妻子を持った普通の暮らしをしていたが、ひょんなことから妻に性癖がバレて家を追い出されてしまった。
しかし何を隠そう、彼はCランクの能力者でもあったため、仕事に困ることはなく、これまで生きてこれたのだ。そして今回、レムハという西部地方にある街が国家に対して発起した事実を知り、北部軍の要としてハモンドは要請された。軍の中にはペータン教信者も多数忍び込ませることに成功。兵力4千の内、半分をハモンドが指揮していることもあり、この機を利用して、中央に攻め入る算段は整っていた。あとは発起した敵と遭遇しなければ良く、どう計算しても中央まで問題なく辿り着く手筈だった。
だが運命は絡まり、ハモンドは彼らの崇める神、幼女と接敵してしまう。ここでの誤算は、西部軍が壊滅されたという情報が、まだ北部に届いていなかったことにあった。
「な、な……」
(なんと神々しい!アレこそ正に我らの神、幼女様に他ならない。しかも、二人もいらっしゃるではないか。こんな奇跡があっていいのだろうか、ああ、私は今、絶頂の最中にいる!)
ハモンド含めペータン教信者は胸打たれていた。
どんなに蔑まれ嫌われようとも、今日この日まで信仰を絶やすことなく生きてきてよかったと、心から感じていた。
(ああ、神よ。願わくば、この身に、貴方様の愛を刻んで……ん?)
どこかの誰かに負けず劣らずの変態性を持つハモンドの目の前で、突如として神の一人が消える。
残ったのは、青色髪の神だけ。
ただその神も一瞬のうちに視界から居なくなる。
いや、山へ変わり果てたという方が、彼らにとっては正しいのかもしれない。
小さき無垢の幼女は、その影で軍を覆うほどの巨人へと成り果てた。
「ギャー!」
「神よ、鎮まりたまへ!」
「何か供物を捧げよ!」
ペータン教の誰かが叫ぶ。
信者でない者の悲鳴も響き渡る。
「ドワッフ!」
「ガへッ……ッ!!」
大岩が宙を舞い、大地は割れる。
巨体からなる一撃は、数十人単位で兵士達を吹き飛ばし、その多くは大地に挟まるなどして拉げる。
身を守ろうと応戦しても、ダメージは通らない。軍隊としての編成も無意味なほど、ヒッチャカメッチャカになっており、撤退の指示も届かず、ただ死を待つだけの状況に陥っていた。
とそこへ、最初に消えた桃色髪の神が、戦場へと舞い戻ってくる。
ハモンドらには救世主にも思えたが、それは一時的、桃色髪の神からは血の匂いと、背筋が凍るような悪魔的な笑みを感じたからだ。乱心しているのが1人ならまだ良かったが、両方となると神頼みすらできない。
神の怒りを鎮められるのは同じ神だけというのが、ハモンドらの現状の見解だったため、何としても目の前の神だけは最初の状態に戻さなくてはと思ったのだったが、ここでペータン教第一人者のハモンドは長年の勘により、あることに気づく。
桃色髪の神からは、幼女特有の幼さを感じないのだ。最初の遭遇時点でも違和感を感じてはいたが、場の熱気もあり、その確認を怠っていた。
だが今は違う。
切迫した事態ではあるが、事実を確かめる余裕はある。
ゆえに、ハモンドは能力を発動する。
「“肌感測定”、起動!!」
ハモンドの能力、“肌感測定”は、皮膚年齢から実年齢を導き出すというもの。
戦闘には役に立たない能力と思われがちだが、そんなことはない。皮膚の状態はいつでも目視可能で、年齢以外で言えば敵の体力や気力を知ることもできる。顔の表情以上に肌や皮膚は嘘をつかない。
そのため、嘘を看破することも場合によってはできる優れもの。能力自体は、Eランク程度ではあるが、ハモンドが能力を極めていること、それと剣士としてそれなりに腕が立つほどの実績を収めていることで、Cランク判定になっているのである。
「俺の能力は本物、嘘をつかない、お…おまっ!」
結果、正真正銘の幼女ではなく、幼女体型の成人女性であることを知る。
「よくも弄んだな、売女め!」
神でないのならば、容赦をする必要はない。
磨いた剣技により、一刀に処すのみと踏んだハモンドは斬りかかる。
「アぺッ!?」
声の主はハモンド。
歯抜けのような奇声を発したのには理由がある。
桃色髪の偽幼女に振りかざした剣は、直撃した時点で粉砕された。剣を握っていた右手も肩にかけて一瞬で脆く壊れた。
更には、気づくのが遅れたために頬と右耳が欠けてしまったのだ。欠けた頬からは歯が剥き出しになってしまっている。
「あ、あ…ああああぁぁぁぁ!!!」
痛みと恐怖が一斉に押し寄せる。
それは後ろにいる部下にも伝染し、1人ずつ崩壊。
そして、ハモンド自身も足先から崩れていく。
「あああぁぁぁいやあぁぁ△□〇✕▼!!!」
桃色髪の偽幼女が立つその足場から、触れる大地全てが破壊されていく。
いつの間にか、巨大化した方の幼女は元の大きさへと戻り、高い木へと登り、壊れゆく世界を眺めている。
「イヤアアァ……」
「五月蝿い」
ハモンドの耳元で幼女が囁く。
だが、時既に遅し。彼の耳には聴こえないし、何も残らない。
戦場に存在するのは、2種類の幼女のみ。
一方的な暴力により、北部軍は壊滅した。
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