焦げぬ花
西部軍の開戦情報により南部軍も慌て出すかと思いきや、そうではない。後方支援組が忙しくなるのは、まだ先。地理的な移動距離も含め、どのような能力者であっても南部軍と衝突するには丸一日かかる。
ましてや西部軍を倒してからとなると、体力回復時間も見込むため数日は必要となる。これは普通の見解、誰もが考えうる予想。しかし、その予想を簡単に覆す者がやって来る。
それが守護者、ジュンが創造した者達である。
「な、に……?」
呆気にとられているのは、イリスやボウカスだけではない。ユウセイもまた、呆然としている。
それは千を超える兵士が武術のみで吹っ飛ばされているからではない。
西部劇のように銃声が聴こえるからではない。
今しがた現れた赤髪の女性が、空から降りてきたからだ。
能力者であることは3人とも理解はしていたが、何の能力かまでは分からない。但し、その強さ、ヒシヒシと感じる恐怖感は肌に痛みを与えていた。
「私は陰牢のように前戯が好きではないし、零のようにカウンター狙いなのも性に合わない」
赤髪の美女は淡々と話す。
「そういう意味で言えば、式や唯壊に近い感性なのだが、あの2人とは相容れない。要するに私が言いたいのは貴様らへかける言葉だ。『ごきげんよう』でも『はじめまして』も私には合わない。だから私なりの言葉で手向けよう、『さようなら』だ──“真なる光球”──」
先手必勝、終わりを告げる詞。
天に掲げた人差し指に、超弩級の炎の玉が形成される。太陽のように熱く、近づいただけでも焼かれ、触れれば即死レベルで一瞬に蒸発、欠片も残らない。
「小火山弾」
巨大炎球からは分裂させた炎弾が四方八方へと降り注ぐ。激しい爆発音が響き渡り、辺り一面が焦土と化した。仮設小屋は灰となり、兵士は塵となるも、美女は一切表情を変えない。
仕事の一環のように振る舞う様は形容しがたい。
圧倒的な暴力に抗う事は死を意味するも、3人が体を動かせたのは、初撃が自分達へ向けた攻撃ではなかったからだ。
3人の中で最初に動いたのはボウカス。
彼の能力は、“愛する貴方”。
これは、相手が好きな性別だった場合、普段よりもステータスが上昇するという能力だったが、敵は女性、不発に終わる。
能力が意味をなさないのは本人も分かりきっている。それでも尚、果敢に挑むのは一端の正義があったから。
だがしかし、彼の拳は美女に触れることすら叶わず、炎弾により燃え尽きた。
ボウカスに着弾した一瞬の隙を突き、イリスは敵前逃亡した。
彼女の能力は“泡姫”。
体にある水分を気泡として指から捻出し、それを水爆のように敵にぶつけるという能力。これもボウカス同様に不発動。
何故なら、水分が余りにも枯渇していたからだ。
空に浮かぶ炎球により蒸発するうえ、恐怖により体から分泌できる水分は出し尽くしていた。
ゆえに彼女は逃げるしかなかった。
無能力者に加え、筋力もボウカスより劣るのだ。
為す術はない。
だがこれを見逃すほど甘くはなく、ボウカス同様、炎弾により絶命させられた。
「あとは貴様だけか」
「は…んぐ………っ、はぁ」
唾を出すだけの水分はない。声を吐き出すための労力も勿体ない。それほどまでに万事休すだが、ここで死ぬわけにはいかない。
ユウセイには野望があるのだ。
国を裏側から牛耳り、酒池肉林のような生活をするという自分本位な野望実現のために、何としてでも生きなければならない。幸いに知恵と能力が彼にはある。時間を稼ぐことができれば、まだチャンスはあると踏んだユウセイは作戦を実行する。
「投降……するから、助けてくれ」
「承諾する必要があると思うか?」
「俺は中央の情報を持っている」
ユウセイの言葉は嘘でしかない。
彼は投降もしなければ、情報も持っていない。
これは単なる時間稼ぎ。
(偽情報だが、こういう強さに自信のある奴に看破する術はないはず。時間さえもらえれば、あとは俺の能力で逃げればいい。この辺りの周辺知識は俺に分があるんだ。あの火の玉の範囲外へ逃げ切れば勝機はある!)
ユウセイの能力は、“錯誤する実体”。
偽物の自分を作り出し、それが壊されるまでは、本体はジャミングされているかのように敵の追跡や探知を妨害する、撤退時だけでなく攻撃にも有効な能力といえる。
熟練の能力者ならば確実に逃げ切れていただろう。
そう、熟練の能力者なら──
「情報?必要ない。私はとうに貴様が偽物だということを理解している」
「は!?なんだと、ありえない!」
「私は炎熱領域を形成できる。守護者では唯一だそうだ。本来なら、それに囚われた戦場は灼熱地獄の閉鎖空間になるが、これはまだ未完成。貴様程度に本気を出す必要はないし、中途半端な状態でも熱源程度は探知できる。この戦場に小汚い氣が増えたのだ、貴様の分身もしくは本体でしかありえない」
「ならばなぜ直ぐに殺さなかった!?遊んでたのか!?」
この期に及んで、時間稼ぎは不要かもしれない。
だがユウセイには打つ手がなかった。
出来ることは最早、領域とやらから外れるしかない。
「訓練だ」
「訓練??」
「あれを見ろ」
美女は炎球の維持には使用していない方の手で指を差す。
その方向には、最初に衝撃音を発生させた者達。千を超える兵士を2人で圧倒している。
「あの者達には誰一人として殺すなということを課している。元々身分に差のない私達ではあるが南部攻めは私が司令塔なのだ。戦力差は圧倒的と知っていても得るものがなければ意味がないだろう」
ユウセイには美女の言っている意味がよく分からなかった。
「貴様達もだ。危機的状況下の中で人間は成長するという本を以前読んだのでな、試してみたわけだ。結果は、まぁ貴様もすでに知っている通りだ」
頭の整理が追いつかないのだ。
いつの間にか、自分の偽物は壊され、距離を離したであろう美女との距離は縮まってもいない。
寧ろ、先程よりも接近している。
そして、ユウセイは思い出した。
美女が空から降ってきた方法は解明できていなかったことを──
「あああああぁぁぁ!!!!」
苦し紛れの攻撃に見せかけた能力による逃亡は意味を成さず、ユウセイは灰となる。
そこには細胞1つ残らない。
焼けた大地の上で、美女はポツリと呟く。
「それにしても下賤な輩だった。死を前にしても私の体を舐め回すように見るとはな、気持ち悪い。私をそのような眼で見て良いのはあの方だけ……っと、まずは報告が先か」
炎を纏う一輪の花は、主の元へと凱旋する。
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