南部軍
バルブメント王国の南方に位置する都市カイーシャには数日前、国王より『軍を派遣せよ』との通達が届いていた。
派遣先は西部都市シークスが管轄する街レムハ。
国の端に位置し、主だった名産物もない、長閑な街並み。
そこをいつの間にか勝手支配する古城の主が、王へ供物を献上するなどの礼儀も働かず、ましてや反旗を翻し、隣国を無条件降伏させ、世界征服を企んでいるということらしい。
最初は信憑性こそなかったものの、少し遅れてカイーシャにも宣戦布告状の文が届いた。整合性の確認がとれた今、軍を派遣しない場合は自分達が反逆者としてなりかねない。西部軍は即日行動したにも拘らず、南部は数日遅れ。
この事実も中央部は知っている。
だが仕方はない。今から挽回すればいいだけのこと。そこで、カイーシャの都市長グラウスは急ぎ伝令を飛ばしたのだった。
◇◆◇◆◇◆
グラウスの招集伝令により一通りの兵は集まった。
各領主から派遣され、掻き集めた合計数は2千を超える。しかし、能力を持たない一般兵に加え、低ランク帯が殆どの烏合の衆。急な編成により訓練もままならない為、一発本番の状態。
負け戦の可能性もあるが前線を張るわけではない。
あくまでも後方支援に徹するよう、王国中央部より伝達されているのである。これは、南部が他と比べて比較的穏やかな地方であることが理由となる。
バルブメント王国の北部と東部は他国との境界で紛争が起こることがしばしばあるが、対して別の他国との境界線がある南部では紛争がない。
境界線付近が険しい山々に覆われていることが要因の1つであり、警戒心の薄い生活感が浸透している。これらの中間にあたる西部では定期的な訓練がされており、今回のような柔軟な対応が出来ているということだ。
だが、そんな西部でも兵力は3千、能力者はEランク1人とDランクが2人。
小国レジデントを征した相手の兵力は未知数。場合によっては、後方支援の南部が介入する余地は十分にある。
その場合は戦わざるを得ないが、逆に考えれば、一級戦功や二級戦功は南部軍の誰かとなる可能性が高い。出世欲に満ちた野心家はどの世界にもいるもので、ここ南部軍でそれに該当するのは、能力者ユウセイ。
彼は意外にも、ジュンと同じ異世界からの転生者なのである。
「一級戦功で金貨10枚かよ──ちっ、シケてんなぁ!」
この世界の通貨は銅貨・銀貨・金貨・白金貨の4種類とあるが一般に出回っているのは金貨までで、白金貨は国家間で扱う代物となっている。
とはいっても、金貨1枚を手に入れるのは難しく、普通の家庭では日の目を拝むことはほぼ無い。金貨10枚あれば、それなりに楽して生活ができるレベルではあるが、彼は満足しない。
転生前のユウセイは遊び人だったからである。
この世界でもその生活は崩していない。娯楽は極端に少なくなったが、性は変えられない。
人間とはそういう生き物である。
毎晩のように酒を飲んでは女性を取っ替え引っ替えしている。Dランクの能力者でなければ、私財は底をついていただろう。ヒモ男としての素質があったのも、不幸中の幸いと言える。
そのだらしない生活は見た目にも表れており、髪はクシャクシャ、髭は整っておらず、服もいつ洗ったか分からないくらいの汚さで異臭もする。軍内においては話し掛ける者はおろか、近づく者さえいない状況。
これがただの一般兵なら処罰もので、連れてきた領主に対しては軍法会議が開かれてもおかしくはないが、彼は能力者、南部軍の主戦力に他ならない。
それゆえ、誰も反抗することはない。
この世界において、強さとは地位そのもの。
Dランクのユウセイに物申せるのは、同じ能力者帯だけなのだ。
「ちょっと離れてよ、臭いんだけどオジサン」
「ぁ゙?」
ユウセイの機嫌なんてお構い無しの強気な発言をするのは、同じくDランク能力者のイリス。
「まぁまぁイリっちゃん、そんなに荒立てないで。ユウセイも対抗心燃やさない」
「ぁ゙ぁん?」
2人より少し大柄な男はボウカス。
彼もまたDランク能力者であり、軍が編成されてからは毎度のように、2人の諍いを止めている。
イリスとボウカスはこの世界の人間で、3人とも招集がかかるまで面識はなく、名前を知る程度だった。
「俺が小娘相手に対抗心燃やすかっつーの!」
「キモいキモい、どっかいってよ」
仲裁するも、ボウカスの善意虚しく諍いは続く。
彼らがチームとして戦うことはないが、これでは足並みは揃わない。
最終的に折れたと言うべきか、疲れたのはユウセイで、椅子にドカリと腰掛ける。
「はぁ……で、今はどの辺りだ?」
「西部地方に入る手前」
「あっそ」
「そっちが聞いてきたんでしょう!」
「まぁまぁ」
ユウセイは地面に唾を吐く。
その形相は獲物を狙うかのよう。
(この女いつか絶対犯す。絶対にだ!襲われ泣きじゃくる顔をカメラに撮ってやる!!……あーそうか、この世界にそんな機器ねーわな。ちっ、なら思う存分ヤルしかねえ。この戦いが終わってからの楽しみが増えたなこりゃ)
「──ねぇ!ちょっと聞いてる!?」
「んあ?なんだよ」
考え事に夢中だったユウセイが驚き、これには流石のボウカスも怒る。
「自分から質問したのに上の空ってどうかと思うわよ。もしかして変な事考えてた?」
「いや……」
(この男女は殺す。戦いが終わったら殺す。ゲイはお呼びじゃねーんだ、糞がよ)
「──んで、何だっけか?」
「南部軍の能力者についてでしょ」
「あー…だったな」
唾を吐く前後で質問したことをなんとなく思い出すユウセイは、一応は聞く体勢に入る。但し、その瞳は、イリスの体を舐め回すように上から下へと見ている。
「うちの軍は弓兵に1人、歩兵に2人と私達3人の計6人能力者がいて、西部は合計3人って情報」
「詳しく言えば、Fランク1人、Eランク2人、Dランク3人。西部の総数兵力は南部より多いけど、全体の強さで考えれば私達の方が上ね」
「ふーん」
「質問に答えたのに興味なさそうね」
「自分以下のランク帯に興味持たねぇよ」
「……まぁ、一理あるわね」
(俺の興味は出世話に金と女だ。他の能力者なんて1ミリも興味ねぇよ。ましてや俺は、南部では最強なんだ。お前らじゃ一生かかっても俺には勝てねぇ。現代人と転生者じゃ頭脳が違うってわけよ。元々のデキが違うんだよ。はは、あーあ未来が待ち遠しいぜ!)
ユウセイは気持ち高ぶり踏ん反り返る。
その笑みが消え失せる可能性は万に一つも思っていない。
そして翌朝、西部軍の前線が切り開かれたとの報告が入った。
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