雨雲
空はどんよりと曇っている。昼間の空には似つかわしくない暗闇、今にも雨が降りそうである。
その雲をぼんやりと見つめているのは、アリサ。
「あーー……」
ボケーっと開ける口に、水滴が入ってしまうのではと思えるくらいに呆然としている。見守る兵士たちも気が気でない。兵士に紛れて、ユージーンも見ているのだが、視線には気づいてない。
アリサは失恋した───のではない。
ジュンは健在だ。しかし、胸の内にポッカリと穴は開くというもの。恋焦がれた相手は女となってしまった。守護者のような存在認知で、ジュンを慕っていた訳では無い。
純粋に異性として視ていた彼女にとっては致命傷だ。
それこそ変人と同じ心境と言えるだろう。
慰め合いが出来ないのは、この場にその変人が居ないからだが、アリサは別に慰めてほしくはない。
(どうしようかな、これから……)
ジュンを嫌いになったのではない。当たり前だ、命を救ってくれたのだから、恩義も感謝もある。
ただ、迷っているのだ。別の恋をすべきか、女のジュンを愛すべきか。
(私より小さいんだもん)
せめて、大人な女性であって欲しかった。だがこれは、今後変化する可能性も秘めていると聞いており、信じて待つという選択肢はある。
(うぅ……、こんな時に同じ年頃の女の子がいたら相談できるんだけどなぁ)
◇◆◇◆◇◆
同じく曇り空を窓から眺めるのは、絶賛留守番中の唯壊。
ジャン負けで残っているわけだが、別に一人ではない。
部屋の主は、人形遊びの真っ最中。
「ホント、陰気臭いわね」
「そう?」
籠畏はジャンケンには負けていない。
寧ろ、勝利している───が、人混みを嫌う理由で茶会を断っている。
「用無い?なら、出てって」
「うっさいわね、あんたが一人ぼっちだと思ったから見に来てあげたのよ」
「大丈夫、この人形たちいるから」
「あーはいはい、陰気臭い。なんでこんな奴と一緒なのよ」
「ジャンケン弱いから」
「ムキー!!腹立つ、今の言い方!!私に喧嘩売ってんじゃないでしょうね?」
「無理、負ける」
「理解してるならいいの、次からは言葉気を付けてよね」
「ハイハイ」
口を動かしているのは人形だ。
籠畏は返事してない。
腹話術は能力とは無縁の単なる特技。
「ムキー!イラつく!絶対、思ってないでしょ!」
「ハハハ、ドウカナ」
「そのパペット止めなさい、キモい!」
本体の言葉を確認して、漸く会話も終わる。しかし、時間は過ぎない。ジュンが戻るのは当分先だ。
「何か起きても対処は任せるから」
「分かってる」
唯壊の攻撃範囲は広い。それこそ古城周辺は壊れゆくだろう。
守り手が、破壊尽くすのは言語道断だ。
それに、一対一ならば籠畏が相手した方が良い。
「ツヨソウダッタラ、ユズリマス」
「だから止めなさいってば──」
「そう、残念」
人形遊びは、一旦お終い。次の時間潰しを考えていたところで、雨音も聴こえ出す。
◇◆◇◆◇◆
空の雲行きが怪しいのは、何もルクツレムハ征服国だけではない。
他国も同様、暗さは全域に広がっている。ちょうど、共和国も雨が降り出したところで、カンネとの話を終えた月華は温泉屋敷へと足を運んでいた。
「ぬあぁ、気持ちいぃ」
小雨のおかげで、湯船に浸かることができている。源泉掛け流しの秘湯は通常営業、客は月華だけではない。
(んー、それにしても、どうしようかな?)
管理者の仕事は多岐にわたる───というのはまやかしだ。基本的な意味合いとしては、属国の代表者もしくは王族の統治を監視管理するものであり、難しい内容ではない。
配置したジュンも、念話以外での連絡手段構築や守護者の成長促進を目的としている───がしかし、本意をしっかりとは伝えていない。
その言を発したのが当初、寡黙な男設定だったからもある。
『管理者を配置する』、程度の言葉のみ。
余りにも漠然としているが為に、守護者は自分たちの良いように解釈をしている。管理者とは、すなわち知恵ある者の役割であり、その国の財(材)や富を征服国にどれだけ還元できるか、創造主に尽くせるかという評価指標になっているのだ。
勝手な解釈であり、そのような評価指標は無いのだが、やる気の1つになっているのは事実。
月華は、その被害を正面から受けているのだ。
(ボクなんかに務まる仕事じゃなかったのかなぁ)
挙手したのは自分。単純な興味というよりは、戦闘面以外の成果が欲しかったからだ。しかし、共和国には他国に勝る秀でたものが少ない。
ここ温泉屋敷ぐらいしか、他とは違う強みが無いのだ。
人口や面積が少ないのは不利。
「もうっっッ!!」
美肌効果の効能も、こうも苛立っていては半減する。
跳ねる飛沫も次第に強くなった。
◇◆◇◆◇◆
雨が本降りとなった頃、帝国のとある館にはドラゴとルドルフ、近くには付き添いに呼ばれた陰牢と紫燕。
「私たちを呼ぶほどの意味を教えて頂戴」
「大した理由じゃなかったら風穴空きますよ」
ビクッと身体を震わせる商国の代表者。今日は失禁しないと信じておきたい。
「いや、あの、それがですねぇ…」
歯切りが悪い。無論いつものことだが、原因はドラゴにある。
「我を警戒したのだろう?」
「うっ……はい、恐れながら、その通りです」
「どういう意味かしら?」
「言葉通りだ」
そもそも、世間話ならどちらかの城で良かった。でなくて館が選ばれたのには理由がある。
今日は、護衛にリカクとガンキを連れていない。これは、ドラゴの完全なる個人判断。
「密書から、ただならぬ気配を感じました……それこそ、喰われるんじゃないかと思いましたよ」
ならばシズクを護衛にと普通なら考えるが、対ドラゴでは分が悪すぎる。
陰牢たちが呼ばれたのはそのため。
「──で、相性の観点からシズクは外したと……」
「はい、仰る通りです」
「嫌われてますね」
「仕方ないわ。シズクだって私とは顔を合わせたくないでしょう。それで?密会の内容は?ジュン様とのお楽しみがなくなったのだから、それなりよね?」
圧を感じるのは、この場の一般人のみ。
「ひっ…」
「此奴は別に悪くない。呼びつけたのは我だ。知り合いが行方不明でな。少し探しに……国外へ出る予定だ」
「わざわざ私たちに、ルドルフに言う必要があるの?」
「大有りだ。帝国は征服王と友好を結んだ国に過ぎん。敵対はしておらぬが、我の居ぬ間に問題が起きて、他国に害も及ぼすなら一番近いルドルフの国だ」
「私の国というのは語弊があるような……」
「リカクには暫く留守にする旨伝えてはいるが、〈何も無い〉ということは無いだろう。現に、事は起き始めている気がするのだ」
「ふぅん、なるほどね。てっきり、その知人を探す手伝いをさせるのかと思ったわ」
「不要だ。我の知り合いが弱いはずないだろう。それに、居所の目星は大体ついておる」
「そっ、なら健闘を祈るわ」
「ああ」
「───あっ……かみなり」
ゴロゴロと音が鳴り出す。
感覚の鋭い紫燕は、いち早く感知した。
雨雲は連なる。
水波紋は広がる。
空気は伝染する。
不穏───
帝国から遥かに遠い、ネルの豪邸にも雷鳴は轟いたのだった。
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