続々・ペータン教
ペータン教、創設者の一人マーブルは悩みに悩んでいた。
(まさか、あの方が……)
今日は定例会であり、神の使者決め当日。凹凸の無い、清らかな娘、幼女を神と崇めんとする宗教団体をペータン教とし、今日まで信者を募り、規模を大きくしていった。
信者は勿論全員男であり、幼女好き。多少の性癖違いはあれど、同じ趣向で組織されるというのが絶対条件だった。信者は男、神の使者も男、これだけは譲れない───
(──筈なのに……)
目の前の人物は、信者たちにキャッキャッされている。
「幼女最高!貧乳最高!!」
「私を辛辣な瞳で視てくれると嬉しいです!」
「俺にも御姿見させろ!そこどけ!」
驚くほどの盛り上がりようである。最早誰も、この人物が以前男であったとは覚えていない───いや、記憶を操作されたに違いないと思いたい。
(最初から女だったとか……?)
それはあり得ない。
男であるかどうかの身体検査はする。脱衣までの確認する入念さは、自分でも呆れるほどの徹底振りだが、だからこそここまでの信者を増やせた理由でもある。
それに───
(イチモツは確かにあった)
検査したのは、丁度マーブルだった。自分の記憶を疑うなど馬鹿らしい。あれは正真正銘、本物の局部、男性器の感触。
(くっ──ならば、あの話を信じるしかないな……)
当日になって聞かされた話を真実とするしかない。声や容姿、漂う雰囲気は丸っ切り違うが、存在感は同じ気がする。
自分が、神の使者候補と推薦するぐらいだ。見間違う方が可怪しいというもの。
(はぁはぁ)
ダダ漏れる欲求。神と同じ体付きなのだから仕方ない。
しかし、創設者は我慢しなければならない。職務を全うしなければならない。男から女に変わったことを理解しなければならない。
(抑えろ!ビンビンするのは後だ!今は、この方を使者に──いやもしくは第3の神として奉るかどうかを、皆に伝え議論してもらおう!!)
ジューーンがジュンだったこと───
征服王だったこと───
最初から支配され、監視されていたかどうかは最早どうでもいい。
偉いのは国ではない、王でもない。
偉いのは───神!
「ジューーン殿おぉ~」
◇◆◇◆◇◆
心は誰しも壊れる。それが当たり前だ。男が女になれば、誰しも急には整理できない。拒絶しても可怪しくない。マーブルが変になったのは当然だ。気持ち悪さが倍増されてしまったのは痛手だが、反応としては好ましいというべき、一定の行動理解ができるというもの。
(幼女好きが集まってるんだから、あるべき姿よね)
解せないのは、それ以外の者達。
あの日、ジュンはクロウと契約して、男から女へと変貌を遂げた。
夢見るような女体化や、以前のような陰キャ姿でもない、幼女化という屈辱じみたものだったが、女性には変わりない。
邪魔だった男性器は無くなり、もじゃもじゃした毛は消失、身体は縮み、ゴツゴツした筋肉がツルツルスベスベ肌に成った。
それ自体には感謝している。契約を果たせば、真に望む姿へと変わる可能性だってある。時は前に進んだ。
これに関しては良い、のだが───
(何で誰も変わらないのかしら?)
変人は別。あれは数には入っていない。ジュンが言うのは、あの場にいた守護者やカンネたちのことだ。
目を疑うような変化の筈だ。
幻術ではない、夢ではない。本当に起きている事実。驚き、奇声が飛び交うと覚悟していた。クロウに手を上げる者がいるとも予想していた。
しかし、誰一人として表情すら変わらなかったのだ。
これには絶句したし、唖然した。驚く人間が本人というのはまた珍しい。
創造主と守護者という特性な関係上、物申せなかったと言うならば理解はできるが、そうでもない。クロウと変人が退室しても対応に変化は無い。その後カンネたちが退室してもそう。普段通りの会話をして、残り2国の管理者を決めた。
自分だけ、???状態だったのだ。
その空気の所為で、切り出せなかった。
『この姿どう思う?』とか、『今日も可愛いじゃない』とか、疑問もおべっかも伝えられない。
『こちらの書類にサイン願います』
『あっ、はい……』
てな感じの、業務的なやり取りだけして終わったのだ。
無論、ペータン教定例会が即日開催された訳でもない。
契約式からは、実に10日程の期間が空いている。その間は、各国への挨拶回りと暫しの休暇。
商国の代表者ルドルフを相手した時は、『愛娘のような表情をしないで気持ち悪い』と、本人に直接伝え───
村落の長ズイには、『エロ爺、次変な目線向けたら殺す』と伝え───
帝王ドラゴには、『気の合う同族探したら?』と伝え───
ジルタフとレジデントの王とも、それぞれ言葉を交わした。
小国レジデント王のモウリは、何故か安堵感のような笑みを浮かべていた。 近くで警護する兵士も同じような眼差しで気持ち悪くて、直ぐに“新界”を使用したのは鮮明に覚えている。
多少の誤差はあれど、驚きという仕草はあった。当たり前に当たり前の反応をしてくれた。性別の変化に、一喜一憂してくれたのだ。
その感情が、守護者とカンネたちには無かったのだ。
存在の変化に気づけてもらえていない。存在しない。
次第にはそう思えてしまい、中々今迄行動に移せなかった逢引にも誘ってしまった。
陰牢と歓楽街を飲み歩き、紅蓮とジルタフの露店を回り、零とお茶をし、式と紫燕と月華とで古城周辺を散策した。
男口調の寡黙さを辞め、心に閉まっていた女口調で喋った。
だが誰も、女体化には触れなかった。
『男のままが良かった』と吐露しなければ、『何で変えたかったんですか?』と聞きもしない。
逢引中は確かに望む光景だったのだが、モヤモヤが強過ぎて集中できなかった。
(そもそもの話、恋愛感情が抜け落ちてた……とか?)
それも有りはしない。創造時の制限は能力に関係するものばかりであり、感情の制御はしていない。
豊かにこそすれ、縛りは無い。
(心は視たくないのよね)
創った時点、同じ魂魄という概念を注入している以上は、位置の把握だけでなく感情も少しは読み取れる。
ただそれは、ジュンの───早乙女順の流儀には反する。
個人の感情は覗き見ない。面白みに欠けるから、という理由でもある。
この信条は呪い。
だがしかし、破ることはない。それが、ジュンであり早乙女順。幼女化しても、尚貫く信条の1つ。
(ふぅ、一旦置いときましょう。まだモヤモヤは有るけど、皆が変わらないのなら私も貫くだけ。完全な女体化を目指しつつ、イチャイチャしまくるわ。デートを誘えた実績はプラスになってるの、この先は良いことしかない、絶対!今日のこの定例会も乗り越えるわ──神にはならないけどね!)
議論の余地なく、第3の神に持ち上げられそうな雰囲気の中、ジューーンの運命や如何に───
◇◆◇◆◇◆
定例会場が熱気を帯びる中、神の一人がソワソワとしている。
成人女性、偽物幼女の唯壊だ。
「何でジュン様が……」
創造主が居るとは聞いていない。
ましてや、今迄信者の一人として潜伏していたとは驚きだった。
溶け込み術には感嘆するほかないが、近くにいたのに気が付かなかったのは自分の落ち度でしかないし、悔しいの一言に尽きる。
だが、『言ってくれれば良かった』とは言わない。
創造主の考えは全て理解るものではない。
それに───
(唯壊だけを見に来てくれてた?)
想像以上に気にしてくれていた。身分を隠してまでの行為は、独り占めという欲を満たすためでもある。
少なくとも、唯壊はそう思っている。
「それって、私も…だよね?」
ただその意を否定する輩がいる。
もう一人の神、夢有だ。
「唯壊だけを見に来てくれてるのよ」
「ええぇ〜、違うと思うけどなぁ」
「ち・が・わ・な・い!!」
(どう考えても、お子様より唯壊の方が魅力あるもん)
他人からして見れば大して変わらないのだが、本人は違うのだろう。細かな差異を見つけられるのが、偽物幼女の証でもある。
(ふふん、だから唯壊が最高なの。そう、決まってるもの)
「でも何で皆、ビックリするのかな?」
「何が?」
「ジュンさまはジュンさまなのに……」
「そうね」
信者たちはジューーンの存在を知っている。重点を除いてはいるものの、変貌についての大まかな経緯は聞かされたばかり。驚愕し、呆然し、質問攻めをした後、今の状態に落ち着いている───いや落ち着いているというのは、比喩的な表現方法だ。定例会場は、熱という熱に毒されている。
「下等生物だからじゃない?」
「かとおせいぶつ?」
「あーもう!弱いってこと!唯壊たちと違って、ジュン様に創られてないっていう意味」
「ああ!!そうだね」
(これだからお子様は……───それにしても、本当理解不能なのよね。普通の人間ってこんなのばっかりなの?)
守護者にとって創造主とは最強であり最高、そして───
不変。
顔や姿形は意味を表さない。年齢が老いる老いないも、身長が低い高いも、顔が格好いい可愛いも、容姿が人外であってもだ。外見は重要視されない、
重要視されるのは存在であり魂。
つまり、〈性別〉は関係ない。
魂を司る能力者には不要、男も女も概念として相応しくないのだ。
守護者たちは、全員そう思っている。
だから誰も、反応を示さなかったのだ。守護者は一人として男のジュンを好きなのではない。ジュンという存在に好意を寄せ、尊敬しているのだ。新鮮な反応が無いのはそのため。
結果、自分の容姿や外見を重要視する者では一生気付けない。
創造主も、征服王も、組織【S】のボスも、ジュンも、ジューーンも、早乙女順としても、気付くことは無い。
齟齬の解消、擦れ違いの緩和はまだ先……の可能性が高い。
無論、その擦れ違いが起きている事実は守護者の誰も知らない。
心情を察していない。
第3の神に成らず、2人をエロい気分で観察したいという願望は理解していない。
「ユエちゃんは、同じ神と使者どっちがいいの?」
「そんなの決まってるじゃない」
「??」
「ジュン様はNo.1よ」
◇◆◇◆◇◆
「これより、神の使者を決めようと思う!その前に私はジューーン殿……いや、ジューーン様を第3の神に拵えようと思うのだが、反対意見の者はいるか!」
「賛成!!」
「反対する者は死刑だ!!」
「賛成以外有り得ん!!」
「よし、ならば──」
「ちょっと!?待ちなさいよ!!」
順調な会議に物申したのは、ジューーンことジュン。
唯壊と夢有が同意以上の頷きを見せているのにだ。
「いやいや私の意見も聞きなさいよ」
「ジューーン様の意見?」
「そう!」
「それは成りません。神以外考えられません」
「なんでよ!マーブルあなた身勝手過ぎるわよ!」
「大丈夫です、ジューーン様。先ほど、ユエ様たちと密談しましたが、ジューーン様を第3の神として、地位は一番上に、神の使者はこの私マーブルが微力ながら受け持つことになりました」
「はぁ??会議の意味は??」
「ありますよ。一応、皆にも私で問題ないか決を取る予定でした──が、不要の様です」
マーブルが神の使者……もとい使いになることに異を唱える者はいない。会場内は賛成の連呼。
これには怒り狂っても可怪しくない───のだが、守護者の2人がいる手前、発狂はできない。
「面倒が過ぎる。私は暇じゃないのよ」
「ええ、存じております。ですから毎月の参加でなくとも大丈夫です。年2回我らに愛を下さい」
「気持ち悪るっ!」
「その団体にジューーン様も居られたのですよ」
「そ、そうね……でも、あれ?そういえば、ノートンはどうしたの?」
「ノートンは退団しました、クルシュアもです。他にも何人か……」
「えっ……」
創設者と言えど、根暗っぷりなノートンならば仕方ないが、クルシュアもとなると不思議に思う。仲は良くても一緒に退団するのは可怪しい。
「きな臭いわね」
「はっ、私でしょうか?」
「違うわよ、あなたじゃないわよ!というか、私男嫌いだから、年2回じゃなくて不定期ね」
「ええぇ〜、そんなぁ、ジューーン殿おぉぉ」
「うるさい!キモい!どこか行きなさい!よくもまぁ、こんな奴等に愛想向けれたわね」
「唯壊は冷めた瞳で見てましたよ」
「私は……何考えてたんだろう?分かる?」
「唯壊が知るわけないじゃない!どうせ何も考えてないでしょ」
「分かったぁ、おふせだぁ」
「「……あぁね」」
何故かマーブルも納得する。仲睦まじい雰囲気。
だが何も終わっていない。第3の神としての生活───は関係ない。それもたぶん、始まることはない。
終わってないのは今浮上した問題。退団者たち。彼らはどこに行ったのか。誘われた先は?
そして始まる。
繋がる闇。
定例会後の古城に差出人不明の文が届いたのだった。
作品を読んでいただきありがとうございます。
作者と癖が一緒でしたら、是非とも評価やブクマお願いします。




