聖九上位
港の空には黒い鳥。黒鳥が無数に飛び交い、普段見かける鳥たちはどこかへと消えている。いつもとは真逆な光景に、不吉な事が起こる前触れなのではと住民の多くは家から出てこない。しかしここは港、隣には海、荒れるのは日常茶飯事であり、漁師のヒックには関係ないこと。
「なんでぇ皆、怖がって……何もねーぞ」
荒れ狂う波の中で巨獣と闘ったことのあるヒックにとって、このくらいの不気味さは平気、寧ろワクワク方が勝つ。
1人での船出しもへっちゃら。
と、そこにやって来たのは青年。虚ろもしくは半目の魚と言うべきか、精気のない顔立ちをしている。黒髪黒服に黒い武器は死神を彷彿とさせる。
しかし、ヒックに恐怖心はない。能力者でなかったのが幸いしたのかもしれない。能力者であったなら、戦いに身を投じた人生を歩んでいたことだろう。
目の前の人物にも喧嘩を吹っかけたに違いない。武力は無価値。生産性は無い。死人が出るだけ。
そういう意味で言えば、一般人で良かったと思っている。
だから今日も同じ毎日となる予定だった。この男が異質さを放っていなければの話だが───
(ここの住民じゃねーなら旅人か?)
何かしらの能力者であるのは一目瞭然。武器を携行している時点で、一般人のヒックでもそれくらい分かる。
「おい兄ちゃん、何しに来た?」
「………釣り」
悪さをするなら放って置くわけにはいかないという意味での質問だったのだが、返って来たのは予期せぬ答え。
「は?」
(釣り竿持ってねーのにか?巫山戯てんのか?)
「ここは、釣りの名所と聞いた」
「あぁ、まぁ、そうだな」
「竿を貸してくれ」
(はぁ?何だこいつ……)
断れば他の住民に借りに行こうとするだろう。本当にそれだけならばまだいいが、ヒックにはどうにも胡散臭く感じたのだ。
(ちっ──なら、俺ので一番型式の古いやつを貸すか)
徐に取り出したのは、子供の頃に使っていた竿。
「ほらよっ」
「……」
「文句は無しだぞ。それと、住民に悪さしたら許さないからな」
「……」
竿を貸した男は礼も言わずに糸を垂らした。釣れる可能性は、万に1つも無い。素人目でも分かりきっている筈なのにだ。何も言わないのは余計に、怪しく感じてしまう。その所為で、ヒックも船を沖合へと出すのを諦め、監視に努めた。
長い時間が経過した。竿に獲物は当然のように掛かっていない。男は微動だにしない。眠りこけてもいない。虚ろな眼をしたまま、明日を見るように、ぼんやりと水面を眺めている。
(こっちは精神疲れで飯食ってるのによぅ、あいつは何なんだ?断食でもしてんのか?)
これなら漁に出て支障はなかったが、後の祭り。時期夕刻であり、男には竿を返してもらわねばならない。
(──たく、心配損だなこりゃ……っと、あれは!?)
瞳に映ったのは海賊船。ヒックの船の15倍以上はある巨大船。
この辺りを縄張りにしている輩で、港の住民なら誰もが知っている悪人たちでもあった。能力者も数人乗っており厄介。海賊を成敗してくれる者は、この地にはいない。
かなり辺境の土地だからだ。だからいつも波風立たないように、ヒックが交渉をしてきた。
だが今日は間の悪いことに、持ち合わせはない。住民から徴収した分は先日渡したばかりで、これは予定にない。詰め寄られても無いものはない。
「おいヒック、分かってんだろうなぁ?金貨も銀貨もないなら、次に売るのは──」
「勘弁してくれ、それだけは……」
「ごちゃごちゃ五月蝿えな────って誰だ!」
ヒックの傍には、釣りをしていた男。
「返す」
「お、おう」
「おいっ!無視すん────」
キンッ!という表現が正しいかもしれない。
次の瞬間、海賊の体は綺麗に真っ二つとなった。わけもわからず、斬り掛かった者達もそう、男に触れることなく胴体は分かれた。
「おぃ、あんた……」
「またいつか──」
言葉と共に、巨大船は切り刻まれたかのように崩れ落ち、海の藻屑となる。無論、太刀筋は視えない。抜いたようにも見えない。
しかし確かに、斬られた音は聴こえた。雰囲気は何も変わっていない。これが、本物の能力者なのだとヒックは悟った。
「名前だけでも!」
「……レイヴン」
男は去り、雲は晴れた。
いつの間にか、黒い鳥も消えていた。
◇◆◇◆◇◆
星の色は様々だ。赤く光るものもあれば、青くも光り、同じ物は一つとしてない。そして殆どの場合、そこに住む生物は自分の星が何色かは知らない。知る必要も有りはしないのだが、高位存在から見れば知らぬ者達は低位存在でしかなく、劣等種と決めつけている節もある。
だがこれは当たり前だ。
宇宙という、理の外には通常行けやしない。
空気無き世界で、人は生きられない。ゆえに、今日もまた彼女は思う。
「不憫」
「そうですね、ユキ様」
美酒片手に、風情を肴に、星を眺めたりはしない。嫌いな酒。酔わない体質のためか、口にしたのはもう何十年も前の話だ。それに、食事という行為自体に意味を見出だせなくなってきた。
(私の身体は間もなく、あの御方と同じ領域になる)
これは由々しき事態ではない。実に良いこと───のはずだ。
神と称された存在に近づけるのは認められた証でもある。
言い換えれば、これまでの努力が実を結んだのだ。
誰の力も借りずに、異世界の反逆者を倒したことは、あの御方に伝わっている。
封印されていたとしても関係ない。功績は、その耳に入っている。したがって、手を止めるのは不可。
この星でも着手しなければならない。
否、半分は成った。もう半分は、時期始まる。
「哀れな者達の救済を」
「仰せのままに」
(彼の復活のために──)
【聖なる九将】序列第二位、ユキ・レーベルは下界へと降りるのだった。
◇◆◇◆◇◆
「兵力は集まっているの?」
「ぼちぼちかぁ?」
「無責任過ぎじゃない?あなたの仕事でしょ!」
「おー怖いねぇ。正義の味方風情はどこにいったのやら」
「私はあの御方の味方でしかないわ」
「へぇ───で、そっちはどうなんだ?」
「昨日……第二位が降りてくるのを見たわ」
「戦争か!?」
「いいえ、まだよ。それは二位も分かってる。手始めは四位の仕事……もう始めてるかもしれない」
「着々と進んでいるのな」
「そうよ、だからあなたも──あなた達も動きなさいな」
「それは俺に言ってるのか?それとも究極機械様に申してる??」
「元とはいえ第三位に進言するほど愚かではないわ」
「そうかい」
現、【聖九】第三位のクリスが会話しているのは、元第三位に仕える部下。
別世界の者と連絡を交わせるのはクリスの強みでもある。
「まぁ、こっちは増えてるよ。ゼロ様を崇拝する輩はどこの星にもいる。既に、万は超えている」
「強者は?」
「けっこういると思うぞ。俺達、五連星とは別に同等以上なら戦姫、核人などが該当するし、その下もわんさかだ。そっちの基準で言えば、SS〜SSSランクが10人以上、Sランクが100人以上、Aランク1000人、Bランク以下は数万てとこだな」
「多いに越したことはないわ」
「こっちの心配は無用だ、クリス。お前は、自分の心配をしろ」
「私が負けるわけないでしょ」
「どうだか……まぁ健闘は祈る」
通信が途切れる。会話は誰にも聞かれていない、聞くことはできない。そういう能力効果も持っている。
ゆえに、強いのだ。クリスは防御型だが、人の極められる領域はとっくに超えている。負けるというのもあり得ない。
(警戒するのは征服王ぐらい、それに──)
「戦いは、最初から勝っているのよ」
◇◆◇◆◇◆
【聖九】第四位ギルテは、優雅に事の成り行きを見守っている。
ジュンのような観測部屋は無いが、ギルテもまた同じように情勢は手に取るように観察できる。部屋を出ることなくだ。 無論それは能力によるもの。部屋には他にも四隊長の1人がいる。ゾビィーがこの場にいないのは、心労を癒しているためだ。体の傷は癒えても心の傷には時間がかかる。
だが追い込むことで真価を発揮するのは十分に理解できた。この戦いには参戦しないが、次はまた表舞台に出す予定、本人も了承しており問題ない。
「それでも、まだだがな」
(少なくともあと5回か?今回を入れるなら6回かもしれんな。いや、この星なら……)
ギルテの一人言の意味を、四隊長の一人シンは知っている。幹部ならば全員が既知だ。またギルテだけに部下が多く集まっているのは、本人の性格もあるが、他にも理由がある。
それは、〈ゼロの復活〉。
封印された元第一位の復活を為すために動いている。
無論それを知らされていない者も中にはいるが、戦力増強が叶うなら説明は不要。
「駒が多くいるのは安泰だな」
「左様ですね」
加えて、復活の儀が半分ほど進んだことも知っている。
特にシンは、四隊長の筆頭でもあるために、丁寧にギルテから知らされていた。
「──ですが、重要なのは数ではなく規模ですよね?」
「そうだ、どれだけ死人が出たかだ」
「事象改変は意味無しでしたよね」
「ああ、人々の心に残っている時点で該当している」
封印された壺は外的要因では壊れない───というのは、物理攻撃という意味合いを多く含み、絶対に壊せない訳では無い。
とある要因によって簡単に壊すことができる。これをギルテが知っているのは、神具と言われた壺の取扱説明書を入手しているからだ。同時に、ギルテ含む復活推進派は壺の在り処も知っている。
仲間からは壺に亀裂が入ったという情報を得た。これは順調に、とある要因という名の儀式が進んでいるからである。
「ゼロ様は、この世界だけでなく他の世界も危機に陥れる可能性があるとして封印された。その所為で、世界は安定・平和になった。だが、戦争を続け、死人を増やし、安寧を崩して行くほどに場は温まり、復活の儀は成る。矛盾で復活を遂げるのだ。これほど滑稽なことは無い」
「別世界の戦いもそうですが、征服王はゼロ様に呼ばれたのかもしれませんね」
「ああ、かもしれんな──だが、※※※※※※※※※※※※※※」
「ええ、そうですね。それでこそ、有罪人様だと思います。私も最後までついていきましょう」
「頼むぞ、シン」
復活の工程は進む、誰に阻まれることもなく。
ギルテの野望もしかり。
闇は蠢く。
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