お菓子作り大会
半分の世界を巻き込むほどのゾンビ襲来は、世理の事象改変により事無きを得た。各地の状況も襲来以前の状態へと戻り、皆が無事であると報告を受ける。事象の改変なのだから当然と言えばその通りだが、悪い報告があるよりは良い。
これでまた、ジュンの株も上がるというもの。
女体化の可能性を持つ【聖なる九将】のクロウに好印象を与えているならばそれに越したことはない。
しかし、問題が全て綺麗に解決した訳では無い。
その1つは、ニシミヤライト。
結局、変人の処置には事象改変を使用しなかった。他者への干渉が残り1回しか使えないのだから無理はない。女体化を1年待つのは、ジュンが我慢すればいいだけの話。
ジュンをもってしても、対応できない事態が起きた場合や純粋な戦闘能力で物事を解決できない場合の保険として残した方がいいと考えたのだ。
使い所は、今ではない。
よって、治療方法は3択。アリサの治癒能力か、モウリの医療か、ジュンの改造手術……もとい、半守護者化という名の創り変え。
悩みに悩んだ挙句、選択したのは3番目。
黒の捕食者による魂魄注入。勿論、大嫌いな男を守護者として傍に置きたくはないために、処置は秘密裏に行った。
黒の捕食者は世理と唯壊の2人には見られていない。
場所も変えている。
変人が気絶しているのも好都合だった。創り変え中に意識が戻っていいように、記憶消去も行っている。
普通の守護者に使うのは億劫だが、変人であれば問題ない。
多少の過失があったとしても何も思わない。完治させたことに感謝してほしいとは思わないが、文句も言われないようにと創り変えたことは本人には言わない。
変人との関わりは最低限にするのが一番。
労力は掛かったが、これで1つは解決した。
あとは、赤眼になる劇薬についてだけ。
この件の進捗は一応ある。劇薬の成分を調べたりはまだ出来ていないが、出所は判明した。
その場所は妖国グリムアステル。
【聖なる九将】の一人が統治している筈の国だ。
情報を入手したのは紅蓮も、またもやジュンは独断専行を許してしまった形になった。
戦闘に発展しなかったのは意外だが、多少なりと恫喝や脅しはしているのは容易に考えられるため、それを成長と呼ぶかは微妙な所。
(死人が出てないから、褒めて正解だったわよね?)
しかし、無茶は良くない。
紅蓮だからこそ可能にした状況であるし、戦闘になって負けはしないだろうが、それは【聖九】が居ない場合のみ。
現状、ジュンの中では総合的な戦力は同程度と踏んでいるからだ。
油断は決して、あってはならない。他の守護者だった場合、痛い目を見る可能性だってある。
一人の独断専行を許してしまえば、今後同じように行動する者が出てきてもおかしくない。そうなると、また別の問題が発生する。
紅蓮の行動結果は最高だが注意はした、厳禁と伝えたのだ。
3度目は、それなりの罰を与えるとも。
甘いかもしれないが、一応の灸を据えた形。
これ以上は、紅蓮を信じる他ない。
(罰は、何がいいかしらね。ふふっ、と──)
エロい妄想が掻き消えたのは、唐突に思い出したから。
今日の主目的は問題に悩むことでも、エロい罰を考えることでもない。
「始まるか……」
今日は、アリサ提案の菓子作り大会開催日。
戦続きの休息にはもってこいの非日常。
◇◆◇◆◇◆
大広間に集まるのは、世理と翠を除く守護者計10名。半守護者のヤンとミズキも強制参加。他には言い出しっぺのアリサに、審査員長のジュン、審査員のユージーンと、グラウスの代わりにミナミが着席している。
菓子の内容は定まっていないため、各々が作りたい物をその場で決めなければならない。味・見た目・難易度などによって評価され、優勝者にはジュンより褒美が賜われる。
料理上手な者にとっては腕の見せ所。料理下手な者も諦めてはいない。守護者は全員負けず嫌い。
月華も、その一人。
(よし!頑張るよ!)
ぱっと見、その技量があってよい容姿をしているが、月華の技量は普通。
超下手でもないのは時折、零の料理仕事を手伝っているからだ。
心得程度はある。
(何がいいかな?)
食材・調味料は山程ある。時間制限は無いが、それも審査基準に加味している可能性は十分。
見極めは重要。
選んだのは───
(これだ!)
弾力ある口当たりと卵の良さを味わえる菓子に決定した。
そうと決まれば早速行動開始。公平を期すために、基本的な手順が記載されているのは万々歳。
この手順を用意したのは零だ。
料理上手な者が作成したのだから間違いはないが、そこに不公平が生まれるという意見は御尤も。
だが、真剣勝負に水を差すような、嘘つきな性格ではないのは誰もが知っている。
ゆえに、反対意見はなかった。
安全性確認は、お菓子を作る時だけで十分。
月華もそのつもりで始めており、丁寧に1つずつ確認しながら工程を進めている。
途中の火加減には戸惑いつつも半分の工程が終了。但し、周りも早い。出来上がって、既に審査に入っている者もいる。
隣の紅蓮もふんわり菓子を完成させていた。
こういう時は、火に心得のある能力者を羨ましく思えてしまう。
(──けど、ボクも負けてない!)
勝負の途中で負けを認めるなど言語道断。問題なく進めているなら尚更そう思うもの。
(よし!完成だ!)
順番的には式の次。
運が向いたのか、審査員全員安心した表情で食べ始める。
しかし───
「む?これ、甘味が……」
「あっ──!!」
思い出し、入れ忘れたのは肝心の砂糖。卵のみでは美味しさに欠ける。
見た目だけは高評価だっただけに、落差は大きい。
結果、月華の点数は50点、当然優勝には届かない。
◇◆◇◆◇◆
審査員席でぐったりしているのは、ユージーンのみ。
征服王を挟んで反対側に座るミナミも同じ状況であるにも拘らず、その変わりない表情には専門家としての意識を感じる。
(うえっ……)
気持ち悪いのは、式の混ぜ混ぜ菓子を飲んだからだ。
用意された食材を混ぜるくらいならまだよかったが、あろうことか持ち込みで蠍やら蛇やらが混入していた。
これで吐かない者はいない。ミナミも吐いたが、直ぐにいつもの物腰柔らかな雰囲気へと戻っている。
砂糖なし菓子で、舌が中和されなかったのにだ。
尊敬に値する。
その意味で言えば征服王ジュンも該当するのだが、ユージーンは以前ほど征服王を敬ってはいない。
寧ろ、対抗心を燃やしてさえいる。
何故なら、初恋相手のアリサの好きな人であるのを、少し前に知ってしまったからだ。
(うっ……ふぅ、負けられない!)
吐いている時点で負けているような気もするのだが、それはそれ、これはこれ。アリサの心を、最終的に掴んだ者こそ勝者と思っているユージーンにとっては、まだ敗北ではない。それに、能力者や統治者としては圧倒的な差があったとしても、容姿は自分に軍配が上がると思っている。
自国では爽やか青年として人気は高い。アリサという女性に限定しなければ、選り取り見取りなのは間違いなかった。
(でも、僕はあの……純粋無垢な笑顔がいいんだ)
振り向いてもらうためには、男を磨き自分を磨き、好意を伝え続けるしかない。
時間はまだまだ掛かる。悠長にはしてられないが、焦るのは禁物。
剣術と一緒。
それは父との稽古で染み付いているつもり。それにもう時期、本命の菓子を食べれるという、今の自分には身に余ると言っていいほどの期待の瞬間が訪れる。
興奮は、そう抑えられるものではない。
(まだかな…?)
だが、まだその時ではなかった。
順番はまだ先。ユージーンの皿に置かれたのは、黒い爆弾。
持ってきたのは夢有。
「召し上がれ♪」
勿論、他の2人の皿にも爆弾は乗っかっている。作り手は全員3人分用意することになっているのだから当たり前も、未だ誰も手をつけようとしない。
式の時同じく、異臭がするのだ。菓子とは思えないほどに危険性を感じてしまう。
「うっ……」
思い出して吐きそうになるのを必至に止める。しかし、それは無駄で、無防備の口元には強引に異物が押し込まれていく。
「もがっ……ッ」
勢い良すぎて噛まずに飲み込むも───
「むり──」
そのまま意識を失うユージーン。アリサの手製菓子を食べれるかどうかは運次第となった。
◇◆◇◆◇◆
菓子作り大会は最終盤を迎えていた。
残るは料理上手な零と発起人のアリサ。
先に出来上がったのは零、運ぶのは上品さが売りの菓子だ。
勿論、美味しさは一級品。他の追随は許さない。味や見た目だけでなく、口直しに紅茶を煎れるのも高得点。
スーパーメイドにしか出来ない所業と言える。
ドヤ顔の先制攻撃を受けたアリサだったが、怯んではいない。
アリサが作ったのは、しっとり濃厚な菓子。
色合い含め、全く違う系統を選べば良かったなどとは少しも思っていない。
アリサは敢えて勝負したのだ。
現状、一番の敵と見据えているのは零だということ。
(勝って、ジュン様に抱かれるのは私です!)
その思いは僅かでも届いたようで、両方の点数決めには難色を示すほどに時間が掛かっていた。
「レイ様、後で文句は無しですよ。仕事も急には増やさないで下さいね」
「そのような仕返しはありません。私が負ける未来などあり得ませんから」
互いに、自分の勝利が揺るがないと思うのは当然。負けを微塵も想定していないのは、それだけ経験しているからだ。料理を、菓子作りを、自身の思い描く未来のためにも、敗北のニ文字はあり得ない。
そして遂に結果が出る。
審査員及び審査員長のジュンが下した、2人の結果は引き分け。
「えっ?」
「ええぇ!?」
それもその筈、これは2人だけの勝負ではない。計11人が、それぞれの色を出し尽くしたのだ。最終盤こそ、この2人だったが、一番の出来は他の者。
料理上手な零を押さえ、恋する乙女の気持ちを凌駕したのは、まさかの半人前守護者のミズキ。
「お褒めに預かり光栄です」
「ミズキを舐めてもらっちゃ困るよ」
ミズキはヤンの影武者にはならなかったが、いつでも代われるよう準備はしていた。それこそ王女の代役から自警団をまとめる存在へと多種多様にだ。小さい頃から様々な事柄に触れ、習得に励んだことで雑学に於いてはヤンより上。
能力者の価値は能力では決まらない。
これまで培った技能を存分に活かした結果が勝利へと繋がったのだ。
だがこうなると、褒美をどうするかという問題が出てくる。
ジュンも零が圧倒的な大差で勝つと思っていたゆえに、満場一致の結果には驚いた。
そのため、他の優勝者を考えていなかった。
保留対応は前代未聞だが、ミズキはそれに了承。ヤン含め、母国の事を考えてから褒美を何にするか決めたいとのことだった。いつの間にか、褒美内容を優勝者が決める形にもなってしまっていたのは、ミズキがやり手な証拠。才覚あるものを守護者にできていたのは僥倖も、この先、同じような催しがあるとも限らない。一国の王としても、褒美の形式を決めるのはジュンにとって必須課題となったのだった。
作品を読んでいただきありがとうございます。
作者と癖が一緒でしたら、是非とも評価やブクマお願いします。




