レース
第8話:いざ決戦! 男のプライドをかけた学園帰宅レース
下駄箱の前に漂う微妙な空気。
桜井萌を誘った男子──西村は、断られたとはいえ、まだ諦めていない様子だった。
クラスでは目立つ存在で、スポーツ万能のイケメン。
女子人気も高く、いわゆるスクールカースト上位の男である。
そんな西村が、明らかに再挑戦のタイミングを伺っている。
「クソッ……! これじゃ俺のクエスト進行が……!」
だが、脳内には再び例の通知音が響いた。
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《クエスト特別目標:意中の異性を他の異性から守るための行動を起こす》
•進捗:0%
•報酬:ステータスポイント +1
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太一の拳が震えた。
「俺に何ができる……?」
体力は平均以下、筋力は3、俊敏性に至っては2。
魅力が1になったところで、西村のようなイケメンに敵うはずもない。
だが、逃げるわけにはいかない。
「ここで負けたら、クエストも桜井さんも失うことになる……!」
その瞬間、太一の脳内に閃きが走った。
「そうだ、俺にもまだ“体力6”がある……!」
決して多くはないが、昨日のクエストで上げた体力は確かに活かせるはずだ。
「勝負するなら……帰り道しかない!」
「なあ、西村……」
勇気を振り絞り、太一は彼に声をかけた。
「……ん? 何だよ、佐藤?」
不思議そうに振り向く西村。
「桜井さんを一緒に送っていくの、俺も立候補させてもらう。」
教室内に微妙なざわめきが広がった。
「えっ、佐藤が?」
「無謀すぎだろ……」
そんな周囲の反応を無視し、太一は堂々と続ける。
「どうせなら、公平に勝負しようぜ。俺とお前、どっちが桜井さんを送るのにふさわしいか。」
「……面白いじゃねえか。」
西村の口元が不敵に歪む。
「いいぜ、佐藤。条件は?」
「シンプルだ。校門を出てから桜井さんの家まで、どっちが早く辿り着けるか。帰宅レースだ。」
校門前に並び立つ太一と西村。
桜井は困惑した表情を浮かべているが、やがて諦めたように小さく頷いた。
「……わかった。勝った方に送ってもらうね。」
それを聞き、太一と西村は気を引き締める。
「位置について……」
桜井の声が合図となる。
「よーい、スタート!」
次の瞬間、二人は一斉に走り出した。
「ぜぇ……はぁ……!」
走り始めてわずか数百メートル。
太一の呼吸はすでに荒く、足取りは重い。
「くそっ、やっぱり西村は速い……!」
隣を走る西村は、涼しい顔で駆けていく。
スポーツ万能な彼には、俊敏性の差があまりにも大きかった。
「でも……!」
太一は気力を振り絞って足を動かし続ける。
「俺の体力は6……体力バカの意地を見せてやる!」
長距離では体力の差が徐々に響いてくる。
西村の足が、少しずつ鈍り始めた。
「はぁ、はぁ……お前、なかなかやるじゃねえか……!」
「……まだ、終わってねえよ……!」
ここまできたら気力の勝負だ。
そのときだった。
「――あっ!」
西村の足がもつれ、バランスを崩して転倒した。
「くそっ……!」
地面に手をつき、慌てて立ち上がろうとする西村。
だが、太一は振り返らない。
「今だ!」
全力で地面を蹴り、桜井の家を目指して走る。
足が悲鳴を上げている。
肺が焼けるように苦しい。
それでも、止まらない。
そして――
「ゴール……!」
桜井の家の前に辿り着いた太一は、その場にへたり込んだ。
数分後。
遅れて到着した西村が、悔しそうに肩で息をしている。
「……俺の負けだ。」
西村は潔く敗北を認め、手を差し出した。
「お前、やるじゃねえか。」
その言葉に、太一は力なく笑った。
そして――
――ピロン!
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《クエスト達成!》
•ステータスポイント +1 獲得!
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さらに、もう一つの通知が続く。
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《特別目標達成!》
•ステータスポイント +1 獲得!
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「やった……!」
合計で2ポイントの獲得。
「佐藤くん、本当にありがとう。」
桜井が微笑みながら声をかける。
「ううん、俺の方こそ……楽しかったよ。」
その瞬間、太一の胸に温かいものが広がった。
「これからも、俺は挑戦し続ける。」
新たなステータスポイントを胸に、太一の物語はまだまだ続いていく。