初のステータスポイント
「それじゃあ、行きますよ!」
彼女の掛け声とともに、太一は公園の舗道を走り出した。
――いや、違う。これじゃない。
頭の片隅で何かが警鐘を鳴らしている。
「俺のクエストは、『5キロ走る女の子をナンパする』ことだろ!? ただ一緒に走るだけじゃダメなんだよ!!」
太一は、走りながら必死に状況を整理した。
目の前を軽やかに走る彼女。
無理を押して彼女について行く自分。
このままでは、ただの地獄のジョギングコースになる。
「ち、ちょっと待ってください……!」
必死に絞り出した声に、彼女は立ち止まって振り返った。
「どうしました?」
太一の心臓はバクバクと音を立てている。
「今だ! 今、ナンパするしかない!!」
だが、何を言えばいいのか分からない。
『よく走りますね!』
いや、陳腐すぎる。
『今度お茶でもどうですか?』
いやいや、いきなりすぎる。
悩んでいるうちに、彼女は訝しげに太一を見つめていた。
「あの……?」
「えっと、その……」
――言え。何でもいいから言え。
追い詰められた太一の口から飛び出した言葉は――
「す、すごいですね! その……走るの、速いし、脚、長いし……! いや、長いっていうのはその……!」
彼女は一瞬驚いたように目を瞬かせた。
太一は自分の発言の意味を理解した瞬間、全身が熱くなった。
「しまったぁぁぁ!! 何言ってんだ俺ぇぇ!!」
恥ずかしさのあまり、頭を抱えたい衝動に駆られた。
しかし、意外にも彼女はクスッと笑った。
「ふふっ。ありがとうございます。」
「えっ……?」
「速く走れるように、結構頑張ってるんです。」
思いがけない優しい反応に、太一は呆然とした。
「これ、もしかして……成功したのか?」
だが、まだ油断はできない。
彼女は再び走り出した。
太一も慌てて後を追う。
「次だ! 次はもうちょっとまともな会話を!」
しかし、体力はすでに限界だった。
「ぜぇ……はぁ……!」
走るたびに足が鉛のように重くなり、呼吸は荒くなる。
だが、諦めるわけにはいかない。
ステータス画面に浮かぶ**「クエスト進行中」**の文字。
「5キロ走り終わるまでに、ちゃんとナンパ成功させなきゃダメなんだ!」
もはや苦しさと恥ずかしさのダブルパンチだったが、太一は必死で足を前に出した。
2キロ地点に差し掛かった頃、ついに彼女の足が緩んだ。
「少し、休憩しますか?」
「は、はい……!」
噴水のそばにあるベンチに座ると、太一は荒い息を整えながらペットボトルの水を口に含んだ。
「今だ……! この休憩中に何か話しかけるんだ!」
太一は自分を奮い立たせ、口を開いた。
「あのっ……!」
「はい?」
「えっと……さっきも言ったんですけど、その……走るの、本当にすごいなって思って……。普段から走ってるんですか?」
「はい。趣味みたいなものです。」
「へぇ……!」
話が繋がった。それだけで太一は少し自信を持った。
「それに、誰かと一緒に走るのも楽しいですね。」
彼女が微笑みながらそう言った瞬間、太一の脳裏に何かが閃いた。
「今だ! 今なら言える!!」
「あ、あの! よかったら……また一緒に走りませんか!?」
緊張で声が裏返った。
彼女は驚いたように目を見開いたが、すぐにふわりと笑った。
「うん。いいですよ。」
――ピロン!
脳内に電子音が響く。
⸻
《クエスト達成!》
•報酬:ステータスポイント +1
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「や、やった……!」
涙が出そうになるのを必死でこらえた。
太一の目の前に広がるステータス画面には、堂々と**「クエスト完了」**の文字が輝いていた。