決戦
翌日。
太一は朝から落ち着かない様子で教室の席に座っていた。
視線を落とせば、机の上に置かれたノートが目に入るが、そこに書かれている内容はまったく頭に入ってこない。
理由はもちろん、今日こそ翔太が桜井美咲に話しかけるからだ。
クエストの進行度は35%。
次のステップは 「翔太が桜井美咲に話しかける場をセッティングしろ!」 だった。
普通に考えれば、これはかなり難しいミッションだ。
翔太は相変わらず緊張しているし、桜井美咲は特定の友人とばかり行動していて、隙がない。
だが、ここで諦めるわけにはいかない。
「知力2の本気……見せてやるぜ!」
太一は拳を握りしめ、覚悟を決めた。
昼休みになると、太一と翔太は校舎裏のベンチに腰掛けた。
翔太は目に見えて緊張している。
「はぁ、はぁ……やっぱり無理かもしれねぇよ、太一……」
「バカヤロウ! ここまで来て逃げるとか、もったいなさすぎるだろ!」
「で、でもよぉ……どうやって話しかけるんだよ……。桜井さんって、なんか話しかけづらいオーラがあるし……」
確かにその通りだった。
彼女は一見すると物静かで、近寄りがたい雰囲気を纏っている。
だが、昨日のように話してみると案外普通の女の子だった。
そのギャップを翔太にも感じさせることができれば、自然と会話は成立するはずだ。
「大丈夫だって。俺に任せろ!」
太一は胸を叩き、翔太を安心させようとした。
太一はノートを広げ、黒ペンで堂々と書き込んだ。
作戦名:『偶然を装って話しかけろ!』
翔太はノートを覗き込み、怪訝そうに眉をひそめた。
「……え、偶然って?」
「簡単な話だ。桜井さんが一人でいるタイミングを狙って、自然に話しかけるんだよ。」
「そんな都合よく一人になるか?」
「なるさ。俺が仕込むんだからな!」
翔太の表情に、ますます不安が浮かぶ。
だが太一は自信満々だ。
この作戦が失敗する可能性ももちろん考えたが、知力2の直感が「いける」と告げている。
昼休みが半分ほど過ぎた頃、太一は廊下の隅から図書室の入り口をじっと見つめていた。
ほどなくして、桜井美咲が一人で本を抱えて図書室から出てくる。
タイミングは完璧だ。
太一は無線機代わりのスマホを取り出し、翔太にメッセージを送った。
「ターゲットが移動開始。作戦通り、廊下の曲がり角で待機せよ!」
翔太からの返信は、わずか一言だった。
「了解……」
桜井美咲が廊下の角に差し掛かる。
そして、その瞬間──
ドンッ!
翔太が曲がり角で見事に桜井美咲とぶつかった。
「あっ、ごめんなさい!」
桜井美咲が驚いた表情で立ち止まる。
翔太は慌てて頭を下げ、手に持っていたノートを落としてしまった。
そのノートを拾おうとする桜井美咲。
手が触れ合う。
──完璧だ。
「し、翔太! ここからが本番だぞ!」****(心の声)
翔太は震える声を押し殺しながら、必死に言葉を紡ぐ。
「あ、ありがとう……。本、読んでたんだよね?」
「ええ。図書室で借りてきたの。」
「へぇ、どんな本?」
思ったよりも自然に会話が始まっている。
桜井美咲は少し考えるようにしてから、手に持った本を見せた。
表紙には、歴史小説のタイトルが刻まれている。
「歴史小説か。桜井さんって、歴史好きなんだな。」
翔太の表情から緊張が和らぎ、自然な笑みが浮かぶ。
「そうね。過去の人々の生き様を知るのって、すごく興味深いの。」
会話が弾んでいる。
太一は廊下の隅からその様子を見守りながら、心の中でガッツポーズをした。
⸻
クエスト進行度アップ!
《ピロン!》
⸻
《クエスト進行中!》
•現在の進行度:50%
次のステップ:翔太と桜井美咲の会話を続けさせ、次の約束を取り付けろ!
報酬:ステータスポイント +1
⸻
「よっしゃぁぁ! ついに半分到達だ!」
太一はこっそり拳を握りしめた。
翔太はまだ緊張しているものの、確実に前進している。
次のステップをクリアすれば、さらに関係が進展するだろう。
──こうして、恋のキューピッド作戦は順調に進行していくのだった。