数学
1限目開始のチャイムが鳴り響く。
教室にピリッとした空気が流れた。
「あいつが来る……」
そう、今日の1限目は数学。
担当は田中先生──通称「鬼の田中」。
50代半ば、スキンヘッドに鋭い目つき、筋骨隆々の体躯を誇る数学教師だ。
「数学の教師にあるまじき筋肉量……」
田中はまるでボクサーのような風貌で、数学の難問を解けない生徒には容赦なく怒鳴り散らすことで有名だった。
「今日の目標は先生の怒りを鎮めること……でも、どうやって?」
太一は机に突っ伏しながら悩んだ。
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クエスト目標:先生の怒りを鎮めろ!
•方法1:授業中、質問に正確に答えて褒められる。
•方法2:周囲の生徒をフォローし、場を和ませる。
•方法3:先生の好感度を上げる行動を取る。
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「1は無理だ!」
太一の知力は1。
昨日のクエストでステータスポイントを獲得したものの、知力は依然として最低レベル。
数学の問題に正確に答えられる自信は皆無だった。
「2も……周りをフォローできるような頭の回転がない!」
そもそも太一自身が答えられない以上、他人を助けるのは論外だった。
「となると、最後の方法……好感度を上げるしかない!」
「起立!」
教室中が静まり返り、生徒たちは一斉に立ち上がった。
そして、ズシン……と床を揺らしながら入ってきたのは、まさに鬼そのもののような男。
田中は腕を組み、険しい顔で生徒たちを見渡した。
「よし……座れ。」
ドスの効いた声に、生徒たちは一斉に椅子に腰を下ろした。
「今日は二次関数の応用問題だ。昨日までの内容が理解できていない奴は、この場で地獄を見ることになるぞ。」
教室内の誰もが緊張の面持ちだった。
だが太一は、心の中で冷や汗をかきながらも強引に気持ちを奮い立たせた。
「ここで何とか好感度を上げて、怒らせないようにしないと……!」
田中が黒板に難解な数式を書き始めた。
次々と並ぶ数字と文字の羅列に、太一の脳はすでに白旗を上げていた。
「うん、全然わからない!」
だが、ここで立ち止まっている場合ではない。
太一は田中の視線を伺いながら、少しでも印象を良くするために意識的に**「やる気がある生徒」**を演じることにした。
「よし、まずはうなずく!」
田中が解説するたびに、太一は理解しているフリをしながらしきりにうなずいた。
「……なるほど。」
「ほう、そういうことか!」
だが当然ながら、頭の中は空っぽだった。
そんな太一の挙動に気づいたのか、田中が一瞬こちらを見た。
「……!」
鋭い視線が突き刺さる。
「やべぇ……こっち来る!?」
案の定、田中はゆっくりと歩み寄り、太一の隣の机を拳でコツコツと叩いた。
「佐藤……今の解説、理解できたか?」
「は、はいっ! もちろんです!」
全力の虚勢だった。
「知力1の俺に、理解できるわけないだろ……!」
だが、ここで逃げたらクエスト失敗。
太一は必死に次の言葉を考えた。
「えっと……要するに……数字が……アレで……それが……こう!」
田中の眉がピクリと動く。
「……それが?」
「こうなります!」
太一は勢い任せに黒板を指差した。
「……え?」
周囲の生徒も固唾を呑んで見守っている。
次の瞬間──
「……フッ。」
田中が鼻で笑った。
「佐藤、お前……」
太一は絶望した。
「終わった……!」
だが──
「そのハッタリ、嫌いじゃないぞ。」
「えっ……?」
思いがけない言葉に、太一は目を丸くした。
「わからなくても堂々と答える姿勢。まあ、今回は許してやる。」
田中は肩をすくめながら黒板に戻った。
クエスト達成!
《クエスト完了!》
•ステータスポイント +1 獲得!
「マジか……!」
思わぬ形でクエストをクリアした太一は、心の中でガッツポーズを決めた。
田中の機嫌はすっかり良くなっており、その後の授業は滞りなく進行した。
帰り際、田中が太一に声をかけた。
「佐藤。次はちゃんと理解して答えろよ。」
「は、はい!」
先生の厳しいながらもどこか優しい言葉に、太一は思わず笑みを浮かべた。
「俺、少しずつ変わってる……かも?」
新たなステータスポイントを手に入れ、太一の物語は続いていく。