第99話:呼び出し
二学期が始まった。放課後、武夫たちはさっそく顧問の三笠先生に事の経緯を説明した。
「そういうことですか。いつかはそうなるかもと思っていましたが、こうも早いとはね」
武夫はレーベルと契約するにあたって自分たちが出した条件、すなわち高校在学中は学業に専念し、レーベルに関わる仕事はレコード販売以外行わないという旨が記された覚え書きの写しを三笠先生に渡して、学校側への報告もろもろについては彼女に任せることを告げた。もちろん覚え書きには署名も捺印もしてはいない。
「わかりました。校長先生と教頭先生にお伺いを立ててみましょう。先生方に説明を求められるでしょうから、覚悟だけはしておいてね」
三笠先生が予想した通り、翌日の放課後に武夫たちバンドメンバー全員が会議室に呼び出されていた。先生側は校長先生と教頭先生、各学年の学年主任と生活指導担当教員、それに三笠先生で合計八名が出席していて重苦しい雰囲気だった。
生活指導担当教員が出席していることに若干の不安を覚えつつも、武夫は気を引き締めた。
「君たちが音楽レーベルと契約し、レコードデビューすることへの許可を求めているということで間違いないかね」
怪訝な口調で口火を切ったのは教頭先生だった。武夫的には真意が伝わっていないことに、落胆したというか面倒なことになったという感覚だった。
バンドのリーダーは雄二だが、交渉事に限っては武夫が受け持つことになっている。これは押し付けられたのではなく、彼自身が交渉役を申し出た経緯があった。前世と合わせて八十年に及ぶ人生経験が役に立つと思ったことも確かだが、まだ十数年しか人生経験が無い他のメンバーに任せるということが心苦しいというか、耐えられなかったのである。
「いいえ、許可を求めているわけではありませんよ。あくまでも事前報告をしただけです」
武夫の口調は決して喧嘩腰のような強いものではなく、淡々とはしているが、場の空気を和らげるような明るめの口調だった。しかしながら残念なことに、場の雰囲気は一瞬のうちに張りつめたような緊迫感に包まれたのである。
教師陣の剣呑な視線が武夫に集中しているが、前世で幾度も経験したブラック企業でのクレーム対応時とか、入稿が大幅に遅れそうなというか、万策尽きそうなときの編集部との緊迫したやり取りみたいな別次元の修羅場と比べれば、彼にとってはぬるま湯につかっているかのようだった。
「それはどういう意味かね。まさかとは思うが、学校の許可は不要だと思っているわけではあるまいな」
教頭先生の口調は怒りに震えているようだが、武夫が委縮したり、苛立ちや怒りを見せることは無かった。
「校則には風俗業ではなく公序良俗に反しないかぎりアルバイトを認めるような記載があります。音楽レーベルとの契約は風俗業との契約にはあたりませんし、公序良俗に反していないことはお渡しした覚え書きの写しを見れば明らかですから、特に学校の許可を取る必要は無いと思うのですが」
「ではなぜ報告したのかね」
「契約した後になって揉めるのが嫌だったからですよ。前例が少ない業種でしょうから」
教頭先生は二の句が継げないようで口ごもるような様子だったが、一年の学年主任である岡田先生がバンッとテーブルを叩いて立ち上がった。
「詭弁だ! 学校側が認めないアルバイトは禁止に決まっているだろうが!」
「いや、アルバイトではなく仕事なんですけどね。まあそれはどうでもいいでしょう。禁止にする理由を聞いてもいいですか? それと、学校側が認めなていないアルバイトの職種リストを拝見させてもらえますか? 有ればですが」
「生徒手帳に書いてあることが全てだよ。パチンコ、麻雀、性風俗、ナイトクラブ、キャバレー、バーやスナック、ゲームセンターあたりだな。岡田先生は禁止と言われたが、それを教師陣の総意のような仰り方をされるのはどうかと」
落ち着いた口調で反論というか意見したのは、まさかの生活指導担当である西村先生だった。彼には五十過ぎの覇気がなさそうなやつれた印象を受けるが、その穏やかで人を諭すことに慣れたような話し方には、妙な説得力というか安心感を与えるような何かがあった。
岡田先生は裏切られたとでも思ったのだろうか、少しだけだが目を大きくして信じられないといった様子で西村先生を見ている。
「私からもいいかね」
次に声を上げたのは校長先生だった。
「この覚え書きによると、君たちはレコード販売にまつわるレーベル関係の仕事以外の芸能活動をレーベルには提供しないということになっているが、勿体ないとは思わないのかね。夏季休暇時ならば積極的なファン獲得のための活動は行った方が君たちのためになると思うのだが」
教頭先生とは真逆の意見に、他の先生方も武夫たちも動きを止めて目を丸くしている。
「私はこう思うのだよ。君たちが有名になれば我が校の知名度も上がる。さすれば入学希望者が増えてライバル校の鼻を明かせて愉快な思いができるんだが」
校長先生は武夫たちの知名度が上がることを利用したい考えのようだ。一瞬は悪い話ではないなと思った武夫だったが、冷静に考えてみれば取材とか追っかけとか面倒そうなことが脳裏によぎって、校長先生の意見には同意しない方がいいという考えに落ち着くのだった。
「校長先生、そうしてしまうと確実に学業に影響が出ますよ。メンバー全員大学には行くつもりですから。それに通学時とか帰宅時とかに追い回される危険もありますし、先生方も取材対応に追われることになりますよ。売れるか売れないかは全く分からないのに、狸の皮算用すぎるとも思うんですが」
武夫の反論に校長先生はしょんぼりと肩を落としてしまったが、それを励ますように声を上げたのは三年の学年主任である秦野先生だった。
「校長先生、危険性に関しては吉崎君の言うとおりじゃないですか? ですが、私は売れると確信していますよ。私事ですがうちの娘が吉崎君と同じ中学に通っていましてね。学年は一つ下なんですが、吉崎君たちが中学の学園祭で演奏したときに配布されたカセットテープを毎日のように聴いていて大絶賛してますから。いずれ必ず全国区の有名人になるからサイン貰ってきてってね」
「おお、君のところもそうなのかね。うちの姪っ子も同じなんだよ。お盆の集まりで会ったときに吉崎君たちのことを聞かれまくってね。カセットテープもそのときに姪っ子のウォークマンで聴かせてもらったんだ」
なにやら二人で盛り上がっているが、他の先生たちは呆気に取られた感じで意気投合している二人を見ている。そんななか、一人だけ俯き気味に考え込んでいる様子だった西村先生が顔を上げた。
「校長先生、秦野先生、盛り上がられているところに水を差すようで申し訳ないとは思うんですがね、それだけ学生たちの間で吉崎君たちのことが浸透しているなら、いくら吉崎君たちが活動を制限したとしても騒ぎになることは確定だと思いますよ。我々はそのときのことを想定して、今のうちから対策を練っておいた方がいいのではないですか? まぁ、思ったほど売れなければ万事丸く収まるのですがね」
武夫は思った。確かにその通りだと。その点は考慮していなかったと。




