第98話:レコーディングが終わって
レコーディングは午前中に二曲、夕方までには残りの四曲を終わらせることができた。収録された楽曲はライブで演奏したときより一曲多いが、値段も上がることから一曲増やそうということになったのである。
昼食時にはさっそく山根さんによるスカウト攻勢が始まったわけであるが、まずはレコーディングを終わらせてからということになって、武夫たちはようやく今、福岡天神駅近くのレストランで夕食を兼ねたスカウトを受けていた。夕食代は山根さんの奢りだ。
「――絶対に売れます。大ヒット間違いなしです」
「それは分かりましたから落ち着いてください。己惚れているわけではないですけど、いずれはこうなる可能性もあると考えて俺たちの意見はまとめてあります」
意外と思ったのだろうか、山根さんはキョトンとした顔で頷き、今にも飛び上がって喜びを爆発させそうな顔をしている雄二をしり目に、武夫は続きを話すことにした。
「はじめに言っておきますが、レコードデビューすることについては学校の許可を貰った後でないと返答することができません」
「芸能活動を認めている高校もありますよ?」
山根さんは、まさか知らないのでは? といった素振りで指摘してきたが、もちろん武夫たちが知らないということは無い。
「俺たちはちゃんと将来のことを考えています。たとえ音楽活動ができなくなっても困らないように、きちんと今の高校を卒業してそれなりの大学に進学するつもりなんです。親に大学進学が絶対だと言明されているメンバーもいます。それに、今通っている高校は進学校ですから、学業を妨げる活動に許可を出すとは考えられません。ですから、学校に許可さえもらえればレコードデビューだけは可能ですが、高校を卒業するまでバンドでの芸能活動については控えたいと考えています」
武夫の説明を聞いた山根さんはしばらくの時間、うつむき加減で考えている様子だった。そして何かを思いついたかのように顔を上げた。
「夏休みとか冬休みとかの休業期間なら芸能活動も可能ではないですか?」
「いえ、それもできません。俺たちは地元でのライブ活動以外するつもりはありませんので」
「それは何故ですか?」
不思議そうな顔で聞いてきた山根さんに、武夫はあらかじめ話し合って決めていたことを説明していく。
「俺たちは身バレを恐れています。俺たちがどこそこの高校生だとバレるだけでも学校に迷惑がかかる可能性が高いですし、もしテレビとかに出演したり、雑誌とかに写真が載って顔バレでもしたら通学にも支障をきたす恐れが出てきます」
「地元のライブ活動でも身バレするのでは?」
「地元のライブでは素顔が分からくなる程度のメイクをする予定ですし、フルネームも名乗りませんし、素性も明かさない予定です。それにライブハウスの収容人数も少ないですし、出演頻度も月一程度を考えていますから身バレの可能性はかなり低くなると思っています」
武夫の説明を聞いて、山根さんが首を傾げた。
「そうですか、分かりました。でも、吉崎先生は私たちのレーベルでピアニストとして活動されてますよね。それは大丈夫なんですか?」
「俺のピアニスト活動については休業期間中だけですし、入学以前からやってたことですから問題ありません。学校の先生たちも知っていることですし」
そうであるからこそ、武夫は学校側を納得させることができると考えている。懸念点は学校側がロックバンドというアーティストグループを、社会通念上のいわゆる不良グループと同一視する可能性があることであるが、それはロックバンドの活動が反社会的活動であると認識していることと同義であり、そういった思想は明らかな差別であって日本国憲法第14条にもとる思想である。
これは決して屁理屈ではないから、すでに理論武装を終えている武夫としては、たとえ問題視されたとしても学業に支障をきたさないかぎり、学校側は許可を出さざるを得なくなるという確信があった。
「分かりました。では、学校の許可が出る前提でレコードデビューについて詰めておきましょう。みなさんと直接お話しできる機会は少ないですからね――」
素直に納得したとは言えない様子だったが、山根さんは契約の概要や、売り出す時期、収録する楽曲についての要望を出してきた。
詳しくは後日書類を郵送すると言っていたが、彼女の中では武夫たちが学校の許可をもぎ取ることがすでに確定事項になっている様子だった。
これには武夫も頭が痛い思いだったが、これくらいのバイタリティというか行動力がないと、社会でのし上がっていくことは難しいのだなと妙に納得する彼だった。
「――こんなところでしょうか。詳細は後日お届けする書類を読んでいただくしかありませんけど、すべてはバンドの皆さんに掛かっていますからね。先生方の説得、期待していますから」
「任せてくださいとは断言できませんけど、最善を尽くすことはお約束します」
こうしてレコーディングとレコードデビューの話し合いを終えた武夫たちは帰宅の途に就いたのだった。




