第96話:意思確認
バンドの仲間たちと別れて家に戻った武夫が、電話でレーベルの山根女史にバンドの録音の話をした結果、無事にカセットテープとCDに録音してくれるところを紹介してくれるという話になった。
けれども武夫が危惧していたことも当然のように起こったわけで、山根さんがレコーディング当日に東京から出てくることになってしまった。レコーディングは明後日、夏休みの最終日である。
『吉崎先生がプロデュースしたも同じじゃないですか。しかも先生自身がギタリストとして参加してるバンドのレコーディングですよ。確かめないわけにはいきませんよ。当日を楽しみにしてますからね』
ほとんど今日明日の話を聞いて、急遽予定をキャンセルしてまで福岡まで出張ってくるという山根さんのバイタリティに、武夫は呆れたというか畏敬の念さえ覚えていた。
そんなことがあった翌日、武夫は学校に集まった仲間たちに事の経緯を伝えることになった。
「明日福岡のスタジオでレコーディングすることになったよ。スタジオ代はこれまでのテープの売り上げから出すことになるけどいいかな?」
仲間たちは総じて目を丸くしている。
「スタジオでレコーディングって、もしかしてプロが使う本格的なヤツか?」
雄二が興奮気味に発した疑問に、武夫はニヤリと笑みを浮かべて答えた。
「そうだよ。俺もピアノのレコーディングで使ったことがあるけど、かなり本格的な設備が整ってたよ」
「おお!」
雄二が興奮して嬉しそうにしている。そんな彼を横にいた千佳子が突いた。
「プロデビューする可能性についてはどう?」
「ウェルカムだぜ。たとえ退学になっても俺はOKだ!」
「私は学業優先。退学は親が許さない」
千佳子は彼女なりに悲しそうにそう言って少しだけ俯いた。ものすごく分かりにくいが、表情も僅かに悲しそうだ。
「俺もチカちゃんと同じかな。うちの親も大学進学は絶対だって口うるさい方だから。でも、プロデビューしたいよな」
正彦は諦め口調だったが、プロデビューしたい気持ちはあるようだ。雄二に合わせての発言ではなく、本心で言っていると武夫は思った。
「わたしは何も問題ないよ。でも、みんなと離れ離れになるのだけは嫌かな」
雅美の言葉を聞いたことで、武夫の腹は決まった。バンドの解散は絶対に避けるということだ。けれどもまだ全員の意思を確認していない。皆もそう思ったのか、視線が友子へと集中する。
「へ? アタシ?」
皆が頷く。
「アタシは歌えればなんでもいいよー」
悩むそぶりさえ見せず即答だった。いつものお気楽なノリであっけらかんと言い放った。もう友子のことを気にするのは止そう。武夫はそう思うのだった。
けれどもこれからの動きを決めなければならない。
「じゃぁ、明日の日曜日に福岡でのレコーディングは行うとして。もしレーベルの人にスカウトされてもバンドが解散することがないように、高校での授業とかテストを優先するということでいいか? その条件でもOKだったらプロデビューはする方向になると思うけど」
「それでいいんじゃないか。だが、そんなことできるのか?」
雄二の疑問に、武夫は考えていることを伝えることにした。
「たぶん大丈夫だと思うよ。レコードデビューだけして、ライブハウスでのライブ以外はコンサートもテレビ出演もしない。そうすれば顔が知れ渡ることもないし、学校に迷惑かけることも無くなると思う。バンド名以外フルネームも明かさないようにして、高校生のうちはできるだけ身バレを防ぐ方向で取り計らってもらうよ」
「でも、ライブハウスからも噂は広がると思うよ」
雅美からの指摘に、武夫はそれは有り得るなと思った。どうすれば身バレを防げるか武夫が考えていると。想定外の人物から意見が出た。
「ステージ用のメイクをしよう!」
まさかの友子からの提案に場は一瞬固まってしまうが、その提案には「なるほど」と思わせる説得力があった。 ビジュアル系のバンドほどのメイクは必要ない。少しのメイクでも本人とは気づけないほどに印象が変わることは、すっぴん顔を知っている女性のメイクを見れば一目瞭然だろう。
もちろん武夫にも、普段メイクしている女性のすっぴん顔を知っている人物は何人かいる。そして雅美たち女性メンバーは高校生だから全員すっぴんだ。メイクをすれば身バレは防げる。武夫たち男性メンバーも、メイクして髪型を変えれば身バレを防げるはずだ。武夫はそう思った。
「それで行こう」
メイクの効果を充分に理解して納得した武夫は、思わず声を上げていた。皆が彼に注目する。そうなると今度は少しだけ不安なってくる。
「女子生徒は学校でみんなノーメイクだよね?」
武夫がすがるように見たのは雅美だった。
「完全なノーメイクじゃないけど、厚めにメイクすれば誰か分からないくらいに変われると思う」
後から聞いた話だが、生徒手帳には化粧禁止と書いてあるが、完全なすっぴんの女生徒は少ないらしい。特に男の先生にバレないように、薄めのナチュラルメイクをしている女生徒は多いそうだ。
校則の指導が厳しい高校だと、それすらもバレて指導されるらしいが、武夫たちが通っている高校はそこまで厳しい指導は行われていないようだった。上位の進学校ほど校則が緩くなる傾向にあるが、勉強して進学校に行けてよかったと雅美から聞いた武夫は、特に女性の前では知ったかぶりにならないように気をつけようと心に誓うのだった。
「あと、三笠先生にも相談した方がいいと思う」
「うん、それはもしスカウトされたら相談しよう。先に相談してスカウトされなかったら恥ずかしいからね」
「そっか、それもそうだね――」
武夫はいつの間にか雅美との話に夢中になっていた。周囲のメンバーはその二人を生温かい目で見守るのだった。




