第95話:反響
デビューライブが終わった三日後、まだ夏休み中の学校で武夫は朗報というか驚きのニュースを聞くことになった。
「みんな聞いてくれ、大変なことになった!」
正彦とともに音楽準備室に入ってきた雄二のセリフである。仲間たちが集まるのを雑談しながら待っていた武夫は、思わず雅美と顔を見合わせた。
「テープが全部たった二日で売り切れたらしいぞ。それでその後もじゃんじゃん予約が入ってる――」
雄二の話を要約すると、ライブの翌日に客が殺到したらしい。客と言っても普段ライブを聴きに来る客だけではなく、その友人知人もテープだけを買いに来たそうだ。
「――でだ、予約の状況を見る限り、今後も客は増え続ける可能性が高いらしい」
雄二の顔は嬉しさ半分深刻さ半分といったところだろうか。客を待たせる時間を少なくしようとすれば、前もって録音できた200本と違い、予約が続く限りダビングし続ける必要が出てくる。もしかしたら増え続ける予約にダビングのペースが全く追いつかなる可能性すらあった。
――口コミを舐めるととんでもないことになるからなぁ……。
「手分けしてダビングするか?」
そう言った正彦に向かって千佳子が呟くように言った。
「音質が揃わない」
まったくもってその通りだと武夫は思った。彼が持つ機材が高級すぎるのが原因だが、音質には妥協したくない。これは200本のテープを録音するときにメンバー全員で決めた経緯があった。
倍速ダビングという方法もあるが、音質が劣化するから武夫は等速でのダビングを採用していた。彼の不在時、妹の朋子や母にダビングを頼んだとしても一日あたり30本くらいがダビングできる限界であろう。
だからといって、このまま何も手を打たないというのは悪手だ。皆が難しい顔をしている。もちろん友子もだ。が、もしかしたらただのポーズかもしれない。けれども、そんなヤボなことを問う空気ではないし、たとえ彼女がただ皆に合わせているだけのポーズであっても、それもまた一緒に悩みたいという彼女らしい行動だということを皆が分かっている。
――とりあえず、できることはした方がいいよな。
沈黙を破ったのは武夫だった。
「とりあえず今日明日でダビングできるだけしておこうか? それで二~三日様子を見てみるとか」
皆が武夫に注目しているが、表情が明るい者は居なかった。そんななか、口を開いたのは雄二だった。
「そうしてもらえると助かるが、大丈夫か?」
「数日ならな……」
「わたしも手伝おうか?」
そう言ってくれたのは雅美だった。けれども、ただダビングするだけのほとんど手間がかからない簡単な作業だから、わざわざ家に来てまで手伝ってもらうほどでもない。
そうは考えても、雅美が家に来てくれるというのは武夫にとってすごく喜ばしいことであり、関係を進展させるチャンスでもある。
だがしかしだ、武夫には雅美の本心が読めなかった。ただの社交辞令的な発言なのか、それとも本心から出てきた言葉なのか。もし社交辞令だった場合、下心があると思われるのではないか? 図々しいと思われないか?
べつに悩むほどの問題か? と思われる御仁も多いだろうが、雅美のことが誰よりも大切であり大好きでもある恋愛偏差値が低い武夫にとっては、大いに悩ましい問題だった。
脳みそをフル回転させて考えに考え抜いた武夫は、けっきょく当たり障りがないヘタレな返答しかできなかったのである。
「ありがとう雅美ちゃん。雅美ちゃんは優しいね。でも、テープをセットしてボタンを押すだけだからね。手伝ってもらうほどのことでもないよ」
「そっか、もし用事とかで忙しくなったらいつでも言ってね」
「うん、ありがとう。そのときはお願いするよ」
まだ夏休みは一週間ほど残っているが、この日以来毎日雄二がテープの予約数を報告することが日課になった。そして夏休みももうすぐ終わる八月二十九日の午前中、雄二によってもたらされたテープの予約数を聞いた武夫は、ここ数日で考えついた解決策を仲間たちに相談するのだった。
「とうとう500を超えたか……ちょっとみんなに相談があるんだけど、いい?」
「なに遠慮してんだよ」
雄二の一言に仲間たちは頷いている。けれども今から武夫が相談しようとしていることは、下手をすればそれぞれの人生のターニングポイントになりかねない、極めて重大な判断を強いる内容だった。
「じゃぁ言うぞ。まず、俺がピアノのレコードを出してることはみんな知ってるよな?」
何をいまさらといった感じで皆が頷いている。
「それでだ、俺が所属しているレーベルの担当の人にお願いしてテープとCDに録音してもらうしかないと思うんだ。お願いすれば多分だけど録音してくれる会社を紹介してくれる。ある程度まとまった数を依頼しないと断られるだろうし、お金もかかるけど、それは売値に上乗せすれば済む話だと思うんだ」
「それは良いアイディアだな。今は千円で売ってもらってるけど、それを千五百円とかにするわけか」
雄二の疑問に、武夫は少し気まずそうに答えた。
「たぶんだけど、発注数は最低でも千とか二千っていう単位になると思うから売れ残りを考えたらテープにしろCDにしろ売値を二千円くらいに上げる必要があると思う。今まで予約してくれた人には千円で売るしかないけど、明日からは値上げしないとマズいだろうな」
「なぁ、ライブハウスにも手数料を払った方がいいんじゃないか? 今でも迷惑かけてるみたいだし」
正彦の指摘だったが、皆が頷いて納得したようだ。
「そうだよな。手数料は一件当たり百円あたりが妥当か。雄二、マスターに聞いといてくれるか」
「おう、任せとけ」
ここまではすんなりと話がまとまると武夫は考えていた。けれども今から話す内容が問題なのだ。武夫は覚悟を決めてきりだした。
「それからもう一点、レーベルの担当者なんだけど、相談したら絶対に俺たちの音楽を聴くと思うんだ。するとどうなるか? あの人の性格とライブでの客の反応、そして俺が見立てた音源の完成度を考えると、必ずこう言うと思うんだよ。レコードデビューしませんかってね。媒体にはCDとテープも含まれるし、インディーズレーベルになると思うけど、ようするにプロデビューしませんかということに必ずなると思う。だからそれを踏まえて判断してほしいんだ」
この衝撃的な話に、メンバーたちは一様に固まっている。友子ですら顔から笑みが消えている。インディーズといえどレコードデビューするのは多くのアマチュアバンドが夢見ることだ。
けれども武夫たちは進学校の高校一年生であり、学校も勉学に影響を与える芸能活動は認めてくれないだろう。下手すればレコードやCDが売れに売れてメジャーデビューという話にもなりかねないし、もしそうなったらどうするのか身の振り方を真剣に考えておく必要があった。
楽曲の完成度とバンドのレベルや友子の歌唱力を考えると、山根さんは絶対にラジオとかに猛烈な売り込みをかけるだろうし、曲がヒットする確率も凄く高いと武夫には予想できた。
武夫としては捕らぬ狸の皮算用になっても問題ないが、もしもそうならなかったときを考えると、少し頭が痛い問題であった。




