第94話:デビューライブが終わって
ライブハウスでの初ライブが終わって、武夫たちは近くのファミレスで涼と栄養補給を兼ねた打ち上げを行っていた。ライブではたった三十分の公演だったが、不慣れであるとや真夏だったこと、さらに観客の熱気もあって予想以上に体力と水分を削られたようだ。
ライブ終了直後に自販機で買ったスポーツドリンクを一本飲み干していた雄二だったが、夏の熱気にあてられて汗が止まることはなかった。
この時代、自宅にエアコンがある家庭はまだ稀で、雄二の実家の生活スペースにももちろんのごとくエアコンは無かった。だから武夫たちは冷房を求めてファミレスに行くことを選んだのだった。
「くぅー、生き返る」
席に案内されて出されたコップの水を一息で飲み干した雄二は、吹き出す汗をおしぼりで拭っている。
「パッフェ、パッフェ、今日はどれにしよっかな~」
友子は雄二と違ってあまり汗をかかない体質のようで、コップの水には手を付けず、おしぼりで軽く手を拭うと楽しそうに雅美と一緒にメニューを眺めている。
そんななか、汗を拭い終えて人心地ついた感じの雄二が切り出した。
「ライブ、成功だったよな? 大成功だったよな?」
「大成功だったけど、トモちゃんと師匠の人気は別格だった。雅美ちゃんにも結構ファンがいたみたい」
あの会場にいた者なら、誰が見てもライブは大成功だったと断言できるだろう。千佳子はいつもの単調な口調ながらも、興奮して喜んでいるだろうことを武夫は感じ取っている。
「テープ売れるかな?」
雄二はもともと気が強くて積極的かつ楽観的で、大雑把な性格に見られがちだ。けれども実は他人の評価を気にしがちだし、細かいことにこだわったり、案外心配性であるとを、ここ最近になってだが武夫は気づいていた。
今もバンドの楽曲を録音したテープの売り上げを、心細そうなというか、不安そうな表情で千佳子に問いかけている。
「それは分からない」
「そうだよな~」
雄二が気にしているのは、ライブハウスに委託してあるテープの売り上げだ。ライブに来る観客は、お気に入りのバンドのテープを買ってくれる場合がある。
人気バンドはテープの売価も高く、それでも出演するたびに100本以上の売り上げがあるらしいが、武夫たちのように新人のバンドは、何本売れるかなんて売ってみなければ分かるはずもない。いちおう30本売れれば大成功と言われているが、売価も安いから儲けはほとんど出ないのが常識だった。
そんなことを聞かされていた武夫たちだったが、バンドの演奏を録音したテープは武夫の財力に任せて200本も用意されていた。100本以上売れなければ赤字になるが、面倒ごとは一度で片づけてしまいたいと思った武夫が、数回のライブ出演を果たせば捌けるだろうと予測してこれだけの数を用意したのである。
最も面倒なダビング作業は、武夫が持つ高級機材を使って、妹の朋子に夏休みのアルバイトとして1本100円で依頼していた。もちろん武夫が自分の部屋にいるときは彼自身がダビングしていたが、朋子は半分以上のダビングをして1万円以上の副収入を得ている。
朋子は倹約家だが、彼女は中学生だから小遣いが月三千円で少ないことを加味したことも、数量を200本という数に決めた理由になっている。武夫のお願いということもあるだろうが、読書やピアノ練習や宿題の合間に片手間で出来るこのアルバイトを彼女は喜んで引き受けてくれた。
ちなみに、200本全て売れれば、バンドメンバー一人あたり約一万五千円の副収入になる計算であり、高校生にとっては大金になる。
「夜になれば分かること。それより今は何を食べるか早く決める」
武夫が二人のやり取りを眺めているうちに、友子と雅美は何を注文するか決め終えていたようだ。
「分かったよ。ヤキモキしてもどうにもならんからな。正彦、武夫なにがいい?」
武夫はアイスコーヒーとチョコレートショートケーキを注文し、雅美はかなり迷った挙句、「これはご褒美だから」と自分に言い聞かせて覚悟を決めたような顔でイチゴたっぷりのパフェを選んでいた。
雅美の懐事情がかなり厳しいことは武夫の知るところであるし、彼女の家庭環境ではアルバイトに勤しむことも難しいことは分かり切っている。
――なんとか雅美ちゃんにお金を回す方法を考えないと……。
さすがに直接お金を手渡したり、機材を貸してダビングの手間賃を払ったりすることは武夫にはできなかった。家族である妹ならそれでもいいだろうが、まだ家族でもない雅美に施しを与えるような思い上がったことは武夫にはできないし、かといってこのまま放っておくことも考えたくはない。
さっきみたいに、たかがパフェを注文することを躊躇するような雅美を見たいとは、武夫には思えないのだ。所持金など気にせずに、パフェくらいならいくらでも注文できるようなゆとりある生活を彼女にはしてほしいと彼は思っている。
なにか良い方法は無いか? 武夫はチョコレートケーキで糖分を補給しつつ、アイスコーヒーで喉を潤わせながら思考の海に沈んでいくのだった。




