第93話:ライブハウスデビュー その四
二曲目として披露されたのは『紫陽花』という曲で、友子の実家の庭に植えてある紫陽花にまつわるエピソードを雅美が聞き取って作詞した楽曲になっている。
もちろん作曲は友子であるが、彼女は雅美の詞を読んで頭に浮かんだメロディーを口ずさんだだけである。武夫はそのメロディーを耳コピして楽譜を起こし、編曲しして楽曲に仕上げるという工程をオリジナル二曲目である『紫陽花』以降は踏襲している。
友子の作曲は曲ごとに違っていて、サビだけの場合もあるし、何パターンかメロディーを作ってその中から武夫が取捨選択し、編曲に移る場合もあるし、一曲通して作曲し、それを武夫が編曲しなおすという場合もあった。
それは置いておくとして、『紫陽花』は友子の作曲としてはめずらしくアンニュイな雰囲気をまとった曲に仕上がっている。テンポもスローであり、どちらかといえばシャンソンに近い雰囲気を持っていた。
けれどもシャンソンかと問われればそうではなく、一曲を通せばちゃんとビートを利かしたロック調になっていて、当初予定のポップロックではないが、友子の圧倒的な歌唱力をこれでもかと前面に押し出した、すごくカッコいい名曲ではないかと武夫は考えている。
一曲目とは打って変わって静かになっって聴き入っている観客たちを前に、しっとりとサビを歌い上げる友子の歌声は、歌唱力の高さをまじまじと見せつける結果になった。
「――雨に濡れる~紫陽花の花~」
友子が歌い終わると、静かだった観客たちから盛大な拍手が沸き起こる。友子の顔もアンニュイなものからいつもの笑顔に戻った。
「みんなありがとー! 次は太陽の季節!」
いつもの元気な声で友子が告げたのは『太陽の季節』という曲で、曲名どおり夏の太陽を題材にした明るく元気なポップロックだった。
友子は歌いながら自由自在にステージを歩き回り、千佳子や正彦、そして武夫に絡んでは笑顔を振りまいている。
『太陽の季節』は一曲目の『changing myself』ほどのキャッチーさは無いが全体的に明るくて、聴けば元気を貰えるだろう曲に仕上がっていた。観客たちからは自然に手拍子が起こり、楽しそうにライブを満喫しているようだ。
そして曲が終わると、『Run along the Riverside』『ブルーベリー』というオリジナル二曲が続けざまに披露されたわけだが、四曲目の『Run along the Riverside』はかなりロック色が強い楽曲で、特に武夫の超絶ギターテクが存分に発揮されて観客たちを酔わせていた。
「次が最後の曲、ブルーベリーだよ~!」
「ええー!」
観客席からは悲鳴にも似た声も上がっているが、タイムスケジュールが決められているライブハウスでは時間厳守なのである。もちろん最初の演者であるセクストグリントがアンコールに応えることはできない。
それはさておき、四曲目までは中学生のときに作られた楽曲だったが、五曲目の『ブルーベリー』はつい最近でき上ったばかりのバラードで、おなじくヴォーカル重視の『紫陽花』とは難しさの傾向がまったく違っていた。『ブルーベリー』は極めてヴォーカルの音域幅が広く、超高難易度の歌唱テクが必要な楽曲になっている。
「ブルーベリーの~鈴生りの白い花は朝露に濡れて陽の光で輝き~」
友子が歌うサビのメロディーに観客たちは酔いしれ、ステージからは分かり辛いが、涙を流して聴いている者がちらほらと見受けられた。
友子が歌い終わって最後の演奏が終わると、観客たちからは大きな拍手と割れんばかりの歓声がライブ会場に響き渡った。
「最高だったぞー!」
「武夫くーん!」
「雅美ちゃーん!」
「トモちゃん面白かったぞー!」
観客たちの声援に武夫たちは手を振って応えている。その汗ばんだ顔には、やりきったという満足感や喜びが満ち溢れている。そんななか、ステージ最前に進み出た友子がマイクを構えた。
「今日はアタシたちセクストグリントの歌を聴いてくれてありがとー! 応援してくれたみんなもサイコーだったよー!」
「トモちゃんも歌上手かったぞー!」
「トモちゃん最高ー、セクストグリント最高ー!」
「キャー、武夫くーんコッチ向いてー!」
「雅美ちゃーん!」
観客たちの興奮は収まりそうもなかった。特に目立っていた友子と武夫の人気がものすごく、ときおり他のメンバーも名前を呼ばれているが、ほとんどは友子か武夫の名前が叫ばれている。
そんななか、千佳子が観客たちに笑顔を振りまいている友子の背中を突いた。
「もう時間がない。次のバンドが待ってる」
ステージ奥では、次に出演するだろうバンドのメンバーだろう人が、覗き込むようにしてセクストグリントを見ている。振り返ってそれを確認した友子がマイクを構えた。
「残念だけど時間が来たみたい。また今度みんなに会えるの楽しみにしてるよー。みんなありがとー! じゃぁねー」
こうしてセクストグリントのライブハウスデビューは大成功のうちに終わり、歓声鳴りやまぬなか、武夫たちはステージから引き揚げたのだった。




