第90話:ライブハウスデビュー その一
お盆期間中は帰省とか法事とかいろいろあって、バンドメンバーが集まれなかった。だから当然バンド練習は無しなのだが、勘が鈍らないように各自練習をすることになった。
雄二は父母両方の実家が歩いていける距離にあって、ライブハウスのドラムセットで練習漬けになっているはずだ。正彦と千佳子と武夫は楽器を持っていけるので練習に困ることは無い。
友子はヴォーカルなのでどこでも練習できる。けれども雅美だけはキーボードを持ち歩くわけにもいかなかった。一応は彼女のアパートにキーボードを皆で移動しておいたが、帰省すれば練習できない。練習量が彼女一人だけ少なくなるのは致し方ないことだった。
そんなこともあってライブ当日、土曜日の早朝から武夫は雅美と共にライブハウスにお邪魔して彼女の練習に付き合っている。雄二が母方の実家から抜け出してライブハウスを空けてくれていた。
「ありがとう雄二君、わたしのためにこんな時間から」
「気にすんな」
雄二はそう言ってドラムの練習をはじめるのだった。武夫もアンプにギターをつないで調整を済ませ、チューニングをささっと行って雅美の調子を確かめている。
――ちょっとだけぎこちないかな。でも……。
武夫はギターを弾く手を止めて、雅美が奏でるキーボードの音に集中していた。最初はぎこちなかった彼女の指運びも、時間と共にこなれていった。
雅美は一曲通して演奏を行い、少し首をひねって考えたかと思うと、なにかを閃いたかのようにポンと手のひらを拳で打って同じ曲を最初から弾きなおしている。
――うん、あとちょっと練習したら問題なさそうだ。
アナログ楽器のピアノだったら、極僅かな指運の違いでもダイレクトに音として伝わってしまうが、電子楽器のキーボードはそこまで敏感な楽器ではない。
ましてやピアノコンクールでもないライブコンサートのキーボードならば、たとえ武夫であってもその音の違いまでは判別できないだろう。
二回目の練習演奏を終えて三回目の演奏を終わるころには、そのくらいまでは雅美の指運びはお盆前の全盛時に戻っていた。
「元に戻るの、だいぶ早かったね。もう大丈夫みたいだから一回合わせてみようか」
「うん!」
弾けるような笑顔で雅美は武夫を見上げた。一瞬ドキッとした武夫は、照れを隠すように振り返ってドラムを叩いていた雄二に合図を送り、セットリスト一曲目の『changing myself』を三人で演奏してみた。ボーカルもベースもリズムギターも抜けているが、三人の息はぴったりである。
『changing myself』は今のメンバー構成になって最初にできた記念すべき曲だけあって、メンバーたちの思い入れも大きい。だからセットリストの一曲目に持ってきたわけである。
「次の曲行ってみるか?」
「いいね。まだ時間あるし通しで全曲行ってみようか」
雄二の問いかけにそう答えた武夫は、演奏が上手くいって満足そうにしている雅美に視線を送ると、彼女は嬉しそうに頷いて二曲目以降の演奏をはじめるのだった。
そんなことをしているうちにメンバー全員が集結し、もう一度全員でセットリストを演奏し終えてリハーサルも終わりになった。昼休憩の後はいよいよ本番だ。
「もうすぐ初ライブだよー、緊張するなー。ゴハンッ、ゴハンッ」
リラックスしきった様子の友子がなにやら言っているが、その顔には緊張感の欠片もなかった。もしかしたら本当に緊張しているのかもしれないが、昼食の方が楽しみなのは間違いなさそうだと武夫は思った。他のメンバーも苦笑いしている。
昼休憩が終わり、とうとう本番の時間になった。控室からも観客のざわめきが聞こえてきている。武夫たちの出番は最初の一組目であり、まだ学校の生徒たちや先生たちにはバレたくないという思いから自分たちでは宣伝活動もしていないが、ライブハウスの受付には堂々と目立つところに、セクストグリント本日デビュー公演と書かれたポップが張られていた。
「よっしゃ、行くか!」
雄二の掛け声で皆が立ち上がる。そしてステージに歩み出た武夫たちの視界には、なぜだかほぼ満員の観客たちが待ち構えていた。
観客の多さと熱気のこもった歓声に驚き、思わず立ち止まってウワッと仰け反った武夫に、雄二が後ろから声をかけた。
「親父から聞いたんだけどよ、ピーキーアントの人たちが宣伝してくれてたみたいだ」
ピーキーアントの人たちは大学を卒業してすでに社会人だが、今でもバンド活動を続けているということは武夫も聞いていた。エースの座は譲っていて出演頻度はかなり減ったらしいが、今でも熱心なファンが数多くライブに訪れてくるらしい。
ライブが終わってから雄二に聞いた話だが、武夫と雅美がそんなピーキーアントに助っ人として参加したあとに、そのときに来場していたファンたちが上手い二人組がいると噂を広めていたらしいということだった。
それはさておき、一応雄二の話に納得した武夫は、驚き固まっている雅美に声をかけた。
「なんかピーキーアントの人たちが宣伝してくれたんだって。だから俺たちのこと知ってる人もいるみたいだよ」
「そっか、上手くなったとこ見せないとね」
再起動を果たした雅美は、そう言って気合を入れなおしたようだ。瞳の輝きを見た武夫にはそれが手に取るように分かった。
こうして武夫たちセクストグリントの舞台は整たのである。




