第85話:東京へ妹と共に
バンドの曲作りは順調だった。一学期の期末試験が終わり、答案用紙も返ってきて悲喜こもごもの数日が過ぎて、明日から夏休みという七月終盤の今日までに三曲の新曲が出来上がった。
夏休みにはバンドのライブハウスデビューが控えているが、その時期はお盆明けということがすでに決まっていた。それまでに新曲の練習を積んで自分たちのものにしなければならない。
武夫にはバンド練習とライブハウスデビュー以外にも、東京での仕事がブッキングされていた。ピアノのソロコンサート、永山先生との共催ピアノリサイタル、そして新作小説の打ち合わせだ。
東京での仕事は八月初旬にスケジュールされていて、夏休みに入った七月終盤の十日間は学校でのバンド練習に明け暮れるということになる。
夏休みに学校で同好会活動する許可は、すでに顧問の三笠先生を通じて取得済みだ。
「やっぱり師匠の編曲はすごい……」
「うんうん、すごくカッコいい曲だね」
放課後になり、武夫が少し遅れて音楽準備室に出向くと、千佳子と雅美がウォークマンのイヤホンを片方づつそれぞれの片耳につけ、わきゃわきゃと感想を言い合っていた。
二人が聴いていた曲は、バンドの新曲ではなかった。武夫が編曲したアイドル歌手、水瀬幸の新曲だ。あのとき武夫は二曲の編曲を提供したわけだが、結局その二曲とも採用されて「水玉模様の恋」がA面「逃げ水」がB面に収録されてシングルレコード及びCDとしてインディーズレーベルから売り出されたのが半月ほど前のことだった。
それまでに水瀬幸は二枚のシングルレコードを発売していたが、武夫が編曲に加わったのは三枚目ということになる。そして「水玉模様の恋」が最近になってラジオのオンエアに乗るようになって、そのB面である「逃げ水」も「水玉模様の恋」よりは頻度こそ低いもののラジオで聴くことができた。
山根さんからは今までで一番売れ行きが良いという嬉しい報告が武夫には入っていて、当然だが武夫のもとにもシングルレコードとCDが十枚づつ送られてきた。
少しでも売り上げに貢献しようと思った武夫は、そのことをバンドのメンバーに話してレコードとCDを配って宣伝を頼んだわけであるが、今日になって曲の感想をはじめて聞いたというわけである。
武夫としては騒がれるのが嫌だったから、自分が編曲したことは伏せてもらって宣伝をお願いしたわけであるが、十数名が曲を気に入って買ってくれたらしいと、後からバンドの仲間たちに聞くことになった。
ちなみに、「水玉模様の恋」のレコーディング時に福岡のスタジオで会った楽器奏者の三人が無事? に演奏を担当したそうだ。「逃げ水」については、加えてシンセなどのデジタル音源も併用されていて、武夫も満足いく仕上がりになっていた。
――山根さん、ラジオ局にごり押ししたんだろうなー。
武夫は山根さんがラジオ局の担当者に曲を売り込む姿を想像してクスリと笑う。
そんなこんなで夏休みに入ると、午前中だけではあるが武夫たちは音楽室と音楽準備室を三笠先生に開放してもらってバンド練習と個人練習に明け暮れる毎日になった。
そして八月に入ると、いよいよ武夫は東京へと旅立つことになったのである。
「もうそろそろ出るぞ」
「ちょっと待ってよお兄ちゃん、もう少しで終わるから」
今回の東京行には妹の朋子も同行することになっている。彼女は中学二年生になって体つきや顔つきも変化し、すこし大人びた雰囲気が出はじめていた。
「おまたせ」
「もういいんだな。じゃぁ行こうか」
朋子と共に実家を出た武夫はギターを背負い、トランクケースを引いてバスと電車を乗り継ぎ、福岡空港から東京へと飛び立った。朋子の荷物はちょっとおしゃれな黒いボストンバッグ一つだ。
「久しぶりの東京だぁー」
飛行機を降りた朋子が両手を天に向けて大きな伸びをしていた。朋子は今回の東京行で、永山さんと武夫の共催リサイタルにゲスト出演することになっている。もちろんピアノの実力も伸びていて、永山さんは彼女との再会も楽しみにしていた。
羽田からモノレールに乗って電車を乗り継ぎ、小金井駅までの二時間、車窓から東京の景色を朋子と共に楽しみ、駅を出ると毎度のように永山さんが車で迎えに来てくれていた。
「毎度お世話になります」
「お久しぶりです永山先生」
兄妹そろって永山先生に挨拶すると、武夫が申し訳なさそうにしていることに気づいただろう永山さんが笑みを湛えて口を開く。
「気にしなくていいよ。出迎えは好きでやっていることだからね。僕は毎年武夫君に会えるのを楽しみにしているんだ。それにね、今年は武夫君、レコード出したでしょ。それを聴かせてもらってから少しでも早く会いたくなってね。今日は夜まで語り尽くすつもりでいるからヨロシクね。それから朋子ちゃんのピアノもどれほど上手くなったか楽しみなんだ――」
一方的にしゃべりまくる永山先生に、武夫も朋子も恐縮する暇なく車に押し込まれた。車の中でも永山先生が口を閉じることはなく、武夫も朋子も終始圧倒されるのだった。




