第84話:新曲の編曲
武夫は帰宅してすぐにカセットテープを再生し、友子の歌声をバックグラウンドに、雅美から渡されたノートを読んで歌詞に目を通した。曲名は「ブルーベリー」となっていて、友子の家の庭に植えてあるブルーベリーの木にまつわるエピソードを題材にした歌詞になっていた。
武夫は何度もリピート再生して友子の歌声を聴き、雅美が書いた歌詞を脳内でイメージしてその情景に入り込んでいく。
――楽しそうに明るく歌ってるけど、歌詞的にはもっとしっとり歌ってバラードにしたほうががいいかも。テンポをもっとゆっくりにして、情熱的に歌い上げたら……。
テープの再生を止めた武夫は、ベッドに腰を下ろして太ももの上に上がってきたハナをモフりながら、覚えた歌詞を基に目を閉じて友子の歌声を脳内で繰り返し再生し、そのメロディーとテンポを少しづつ変化させながら曲の構成案を練り込んでいく。
そしてキーボードに場所を移すと、もっと撫でろと足元にじゃれつき、頭を擦り付けてくるハナの感触を楽しみつつも編曲作業に没頭していった。
それから数日が過ぎた土曜日の午後、武夫は実家の自室に雅美を連れ込んでいた。もちろん理由は編曲の仕上げをするためなのであるが、下心に塗れていることは否定できない。
「ハナちゃ~ん、会いたかったよ~」
雅美は部屋に入るや否や、武夫の横をするりと躱すように彼に椅子の上でまどろんでいたハナの眼前に、腰を落として緩みきった表情で視線を合わせ、挨拶の指先を持っていった。ハナはクンクンと彼女の指先の匂いを嗅ぎ、大きなあくびをしたかとおもうと椅子を飛び降り、武夫の足に体を巻きつけるように摺り寄せている。
「やっぱりご主人様には敵わないなぁ」
残念そうな顔で雅美は嘆いているが、いつものことなので武夫の方も気にする様子はない。逆に彼女の表情の変化を楽しんでさえいた。
「飲み物持ってくるからハナの相手しててくれる?」
「うん!」
武夫が冷えた麦茶が入ったコップを二つ持って部屋に戻ったときには、床に座り込んで緩みきった表情で雅美はハナの顎下を撫でていた。
「じゃぁ、はじめようか。まずは聴いてくれる?」
「やった、聴かせて聴かせて!」
雅美は嬉しそうに武夫を見あげたが、その右手はハナの顎下から離れていなかった。武夫は優しく微笑んでキーボードで「ブルーベリー」を弾きはじめた。雅美は目を閉じ、軽くリズムを取るように頭を上下させながら聴き入っている。
武夫が編曲した「ブルーベリー」は、高音で美しいイントロからはじまり、原曲よりもテンポを落としたしっとりとしたイメージの旋律に改編されていた。サビに入ると感動的な盛り上がりを見せるが、全体的に音数も転調も少ないシンプルな構成になっていた。
けれども一曲を通して聴いてみれば、その完成度は非常に高くかつキャッチーさもあって、武夫がいままで編曲してきた中でも一、二を争う名曲になるだろうと彼は自負している。
その代わりと言っては何だが、歌い上げるには非常に高い技術を求められることも確かで、友子のとびぬけた歌唱力と彼女の声質を武夫はあてにしていた。
目を閉じてはいるが、うっとりとした顔で武夫の演奏を聴いていた雅美が目を開けた。
「すごい! とてもいいバラードになってるよ。武夫君、もう一回弾いて」
「分かった。もう一回弾くね」
武夫が曲の最初から再度キーボードを弾きはじめると、それに合わせて雅美が歌いはじめた。その声は透き通っていて友子とは全く違うタイプの声質だったが、三笠先生に声楽を習っていることもあり、初めて聴く武夫にとってかなりの好意的フィルターが掛かっているにしても説得力がある歌になっていた。
「ブルーベリーの~、鈴生りの白い花は朝露に濡れて陽の光で輝いて~」
けれどもサビに差し掛かると、その言葉尻に少しの違和感を覚えた武夫だった。それでも一曲通して彼の演奏は続けられ、雅美もまた、最後まで歌い切った。
「雅美ちゃん、びっくりするほど上手になったね」
「そうかな、三笠先生に教えてもらってるからかも」
雅美はほんのりと頬を上気させて嬉しそうにしている。それでも何かを思い出したかのように武夫を見ると、切なそうに眉を下げた。
「でもね、上手く歌えなかったところがいくつかあって」
「うん、まずはサビのところだね。陽の光で輝いて~の部分だと思うんだけどさ、そこを陽の光で輝き~に変えたいと思っていたんだ。いいかな? 雅美ちゃん」
「もちろんだよ。きっとその方が歌いやすいと思う」
「じゃぁもう一回歌ってみる?」
「うん!」
こうして数度の歌詞やアレンジの変更を繰り返し、武夫も雅美も納得したところで今日の編曲作業は終わりを迎えたのである。
「たいへん! もうこんな時間」
「買い物だよね。今日は編曲作業に付き合わせちゃったから俺も手伝うよ」
「大丈夫だよ? いつも一人でやってることだから」
「そう?」
下心丸見えの武夫の提案だったが、すこし鈍感なところがある雅美には彼の真意が掴めなかったようだ。それでも武夫は久しぶりに彼女を自室に招くことができたことに満足することで、すこし残念な気持ちを覆い隠したのだった。




