第82話:試験結果
試験期間が終わり、生徒たちは返ってくる答案用紙を悲喜こもごも表情で受け取っていた。全教科の答案用紙が返却された翌日には廊下の掲示板に100位までの順位表が合計点とともに掲示され、当然のごとく最上段に武夫の名前が書いてあった。
「やっぱり師匠は全教科満点で安定の一位ね」
「チカちゃんも七位のところに載ってる。正彦は七十五位だね」
武夫のクラスのすぐそばに掲示板はあった。だからクラスメイトの千佳子とともに彼は順位表を見ていた。もともと武夫にとってこの高校の学力レベルは低すぎるのだからテストもあくびが出るほど簡単だった。
だから満点で一位になろうと嬉しくないし、できるなら張り出さないでほしいとさえ願っていた。
――希望したら匿名にならないかなぁ。
公平性の観点から見てもそんな希望が通るはずがないことは武夫にも分かっている。けれどもそう思ってしまうほど彼は居心地の悪さを感じていた。
そんなことがあって武夫と千佳子と正彦の宿題は無くなったが、雅美は百位台前半で惜しくも四分の一に減った宿題が出されることになった。雄二と友子は二百位台で三分の一の宿題量だが、その反応はあまりにも違っていた。
順位表が張り出された当日の音楽準備室では、雄二がドラムセットの中で死んだ魚の目をして呆けているし、雅美もショックが隠せない様子で目に見えて落ち込んでいる。けれども友子だけは平常運転でいつもと変わらず楽しそうだ。
「今日も張り切ってイコー!」
友子は宿題が大量に出ていたときからなにも変わっていなかった。つまり誰もが悪戦苦闘していたあの量の宿題を、まったく苦にしていなかったということになる。
武夫がそんな疑問を抱いていたら、顔に出ていたのだろう。ギターを抱えた千佳子が寄ってきて小声で彼に聞いてきた。
「トモちゃんがどうかした?」
「あ、いや、宿題が苦にならないのかなって。前々から疑問だったんだ」
「トモちゃんはね、難しい問題とか解けない問題とか面倒くさい問題は全部解りませんって一言書いて済ませてるから」
そんなことがまかり通るのか? と思って驚いた武夫だったが、察したように千佳子が説明してくれた。
「最初のうちは怒られてたらしいよ。でも、考えても解らない答えをどうやって書くんですかって真顔で聞き返したら数学の先生も答えられなかったって――」
友達から聞いた話らしいが千佳子曰く、いつもの友子らしい自然体の明るいキャラで、自分の考えを疑う様子もなく真顔で数学の先生に問い返した彼女に、先生は諦めたというかお手上げというか、気をそがれたような感じになって何も言わなかったそうだ。そのほかの科目の先生は怒ることも問い詰めることもなかったらしい。
――採点する方も面倒だからかな。提出してないわけじゃないし、重荷になっている先生も多いってことだったし。
そんなことがありながらも、同好会でのバンド練習ではテスト期間のうっ憤を晴らすように熱の入った演奏が続けられるのだった。
それから数日が過ぎた放課後、音楽準備室に向かおうと教室を出ようとした武夫が呼び止められた。
「吉崎、ちょっと職員室まで来てくれ」
声をかけてきたのは担任の古賀先生だ。彼は英語を担当していて、五十前後のちょっと疲れた感じが漂っている男の先生で、着古した感じが強い寄れた薄茶のスーツを身にまとっている。
「今からですか?」
「そうだ」
武夫は近くにいた千佳子に「ちょっと遅くなるかも」と伝えて古賀先生のあとを追った。職員室に入ると、席についている先生の数はまだ少なかった。
「全国模試の結果だ」
古賀先生に渡された全国模試の成績表には、志望大学の合否判定が載っていて、第一志望の九大理学部がA判定、第二志望に興味本位で選択していた東大理科一類がB判定になっていた。
「よくやってくれた。これで岡田先生も静かになるだろう。まぁお前には関係ない話だがな」
「はぁ……」
岡田先生はまだなにか騒いでいたのかと少し心配になった武夫だったが、古賀先生の様子を見る限り気にする必要もないかと思い直した。
「ところで吉崎、東大受ける気でいるのか?」
「いえ、興味本位で選択しただけで、九州から出る気もないし、全く考えていません」
「……そうか、進路指導担当としては何としても受けてもらいたいところだが、強制はできんしな」
「はぁ」
武夫的には収入も安定してきたことだし、九大進学にはもう保険程度の価値しか無いと考えていた。だから大学進学で九州から出るつもりはないし、ましてや雅美と遠距離恋愛になるくらいなら高卒になっても構わないとさえ考えている。
雅美が希望通り福岡教育大学に通うなら、九大に通っておけばちょっと距離はあるが同じ県内だし、毎日会うこともさほど苦にはならないだろう。
――同棲すれば何の問題もないしな。
かなり願望が乗った希望的観測であるが、高校を卒業するまでには雅美とそれなりの関係になっておくことが、武夫のなかでは確定事項であった。
武夫は雅美と同棲している未来の自分を想像し、あれやこれやを幻視して鼻の下をだらしなく伸ばすのだった。




