第78話:ビデオ
ついに試験期間が終わって同好会活動が再開されたわけだが、二週間近いブランクは大きく、ためしにバンドで一曲演奏してみたが、毎日少しづつでも楽器を触っていた武夫と、楽器を使わない友子以外はかなり鈍っていた。
「ぜんぜんダメだ、しばらくは個人練習を優先するしかねぇな」
ボソッとした雄二のつぶやきだったが、正彦も千佳子も同意するように頷いている。そして雅美も、動きが鈍った指を見て悔しそうにしていた。進学校に進んだ弊害とも言えるが、底辺のガラが悪い高校に行くよりは遥かにマシだから仕方ないのかもしれない。
そんなこんなで、それぞれが勘を取り戻そうと個人練習に励むなか、武夫は雅美のピアノ練習につきっきりなって付き合っていた。というより、二週間近く彼女とは登下校の時間しか一緒になれなかったこともあって、武夫は自分の練習をすべて彼女に譲ってまで彼女と一緒にいることを選んだ。
「武夫君は練習しなくていいの?」
「試験期間中も家で練習してたからね。今は雅美ちゃんが勘を取り戻す方を優先したいかな」
「そっか、ありがとね」
雅美に感謝された武夫だったが、本心は彼女の側にいたいだけだったから、すこしだけの罪悪感に苛まれながらも、見透かされなくてよかったと安堵するのだった。
そんなこんながあって帰宅した武夫に、荷物が届いていると母から小さなダンボール箱を手渡された。彼が自室でその箱を開けてみると、中から一本のVHSビデオテープが出てきた。
武夫は自室のビデオデッキにそれを投入し、再生ボタンを押す。
――まさに八十年代のアイドルを踏襲してるな。
画面に映し出された少女は、造ったように目元がぱっちりしていて、流行している聖子ちゃんカットを少しアレンジした髪型で、水色のヒラヒラふわふわしたワンピースを着て、ちょっと鼻から抜けるような語尾を上げた歌いかたで、いかにも八十年代アイドルを地で行くような感じだった。
――髪をナチュラルな感じですっきりさせて長めにして、目元もすっきりしたメイクをしたらロックでも行けそうな感じ? それとも思い切りショートにしてパンク要素を加えるとか? ……さすがに今の時代パンクは早すぎるか。
武夫がビデオに映る少女から受けた第一印象はB級アイドル。歌もありきたりでキャッチーさが足りないし、とびぬけた個性があるわけでもない。
――売れるわけねーよなぁ、コアなマニア以外には。
もちろん前世で、この少女をテレビとか雑誌で見た記憶は武夫にないし、たとえ見ていたとしても忘れる程度の存在である。彼女が歌っている「水玉模様の恋」というラブソングを編曲したところで、今の時代にはない完成度の曲として世に出すことはできるだろうが、それが売れるとは思えなかった。
この曲をアイドルソングとして編曲することは約束だから行う予定だが、どういった方針で行こうかと決めあぐねた武夫は、継続してビデオを視聴することにした。
次の曲は「初夏の潮騒」という曲だったが一曲目以上にキャッチーさがなく、面白みがない曲だった。
――まぁボツになった曲だからなぁ、次だ次。
三曲目は「逃げ水」といってもちろんアイドルソングだったが、この曲だけは可愛いを前面に押し出す歌詞ではなく、窮屈な社会に対する思春期の少女の想いを歌ったメッセージ性を秘めたものになっていた。曲調も前二曲とは違ってキャピキャピしていないし、ちょっとクールな感じになっている。
――作曲家が違うな。それにこれ、言葉尻を変えたら充分にロックで通用するかも? 作詞家には山根さんに頭下げてもらうか。どのみち作曲家には編曲するって許可が必要なんだし、一人増えたところで……。
歌詞変更の許可を貰うのは自分の仕事じゃないからと、他人事のように頭の片隅へと追いやった武夫は、次の曲へと頭を切りかえた。
曲はあと二曲録画されていたが作曲家は「逃げ水」と同じ人のようで、その二曲を聴いて曲調が似ていると感じた武夫は、中学生の時にやったことを思い出していた。
――これなら行けるかも。
けれども、三曲ともキャッチーさが足りない事には変わりがないようで、作曲家も聴いたことがない名前だったし、ロック調の曲に組みなおすにしてもかなり大胆な編曲をしなければ、売れる曲にはならないだろうという感想しか持てなかった。
――カッコよさを前面に押し出していくしかないかな……。そうか、なにもミリオンを売り上げるようなヒットソングを狙う必要ないじゃないか。山根さんに聞かれたら怒られるかもしれないけど、そこそこ売れればいいんだよ。そしてこの時代にはクールでカッコいい曲がごまんとあるじゃないか。
武夫は思い出した。前世において二〇二〇年代に海外で大流行したシティ―ポップというジャンルがある。シティ―ポップは七十年第八十年代に日本で流行した、山下達郎や竹内まりやなどに代表されるニューミュージック系のジャンルで、洗練された都会をイメージさせるクールな曲調が特徴だ。
歌い手である少女のハスキー気味の声質も、アイドルソングよりはシティ―ポップに向いていると武夫は感じていた。
――アレンジした逃げ水を主旋律に据えて、他の二曲から副旋律を抽出して上手いように組み合わせたらいい曲ができるかも。うん、これで行こう。
もちろん武夫なりに二〇二〇年代のコード進行をアレンジして採用する予定だし、中途半端な仕事にはしないつもりだ。
こうして方針を決めた武夫は、とりあえずやっつけ仕事として「水玉模様の恋」をちょっといかしたアレンジで仕上げてしまおうと、アコースティックギターでコード進行を練りはじめるのだった。




