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第77話:アイドル?

 試験期間終盤の夜に掛かってきた電話の相手は、武夫が所属している音楽レーベルの山根女史だった。彼女は武夫の担当をしてくれているが、他にも同じピアニストの永山さんの担当でもある。そして彼女は他のアーティストも担当しているらしく、実績もいろいろあってレーベル内での発言力も大きいらしい。


『夜分遅くに申し訳ありません。吉崎さんに折り入ってご相談したいことが急遽できてしまいまして――』


 山根さんの相談内容は、大まかにいえば編曲に関してのことだったが、そのジャンルが問題だった。ピアノ曲やロック、オーソドックスなポップスなら問題なかったが、彼女が依頼してきたのはバリバリのアイドルソングだった。歌手は女子高生らしい。


 女性が歌うアイドルソングに求められるもの、というよりは山根さんが求めているもの、それは男性受けするあざとい可愛さだった。


 一口に女性ボーカルのアイドルソングと言っても、歌唱する人物に合わせた個性が売りになることが多い。それは山根さんが求めているあざと可愛さだったり、ちょっと大人ぶったような微笑ましさだったり、思わず応援したくなるような可愛さだったり、大人のカッコよさだったり、元気いっぱいの可愛さだったりと、まあ多種多様でいろいろある。


 重要なのは個性だ。しかもその個性は聴き手に求められているものである必要がある。小説やアニメ、漫画、映画、ドラマなどでもそうだが、求められていないものをいくら売り込んでも、それが売れることはないのだ。


 商売である以上、買い手に求められているものを供給する必要がある。それらのことを踏まえて、武夫には前世を生きた上での懸念があった。これから先、ソロのアイドルソングは下降線をたどっていくことが分かっているからだ。


 これから先、八十年代後半から九十年代にかけては、レベッカやプリンセスプリンセスに代表されるロック寄りの音楽が売れるはずだ。アイドルにしても、おにゃんこクラブだとかのグループソングが盛り上がっていく。バタフライ効果でそれらの傾向が変わってくる可能性が無きにしも非ずだが、大きくは変わらないはずだと武夫は考えている。


 となると、アイドルソングの編曲を受けることに不安があるというか、受けるべきではないのでは? という気持ちが、電話の声を聞く武夫の中で大きくなっていった。


『――ということで、お願いできないでしょうか』

「うーん……できないことはないと思いますけど、あんまり気乗りしないというのが正直なところでしょうか」

『そこをなんとかなりませんか――』


 山根さんにはお世話になっている。武夫はまだ現役の高校生であるからして、それを根拠に遠征に出ることを極力拒んでいるが、ファンの要望は強いらしく、何度か東京でのソロコンサートを開いてくれないかという打診があったりした。


 それを武夫は夏休みになるまで待ってくれとお願いして、山根さんに奔走してもらったことがあるし、ピアノ曲の編曲依頼も高校生であることを理由に、仕事をかなり絞ってもらっている。


 だから武夫は山根さんの意にはできるだけ沿いたいと思っているし、彼の事情を知っている彼女がこんなお願いをしてくるということは、それなりの理由があるのだろうしということで、むげに断るというという選択肢はなかった。


 ただ、このまま仕事を引き受けても、その曲がヒットすることはないだろうとの予想はできた。よほどサビがキャッチ―であるか、歌い手に魅力があれば話は変わってくるが、山根さんに聞いた依頼の理由が売れていないからというのだから、それはないであろう。


 そんなことを考えながら、武夫は電話越しに山根さんの声を聞いていた。


「一度聴いてみないと何とも言えないんですが、売る方向性を変えてもいいというならお手伝いさせてもらますが」

『方向性を変えるとは?』

「ソロアイドルで売っていこうと思ったら、よほどキャッチ―な原曲じゃないかぎり、どんな編曲を加えても売れないと思うんですよ。ですから――」


 武夫は昨今のヒット事情を説明し、そこから導き出せる予測として前世でのヒット事情を説明していった。それでも山根さんはアイドル路線を諦めきれないようだったが、一時間近くになるとても有意義なやり取りを経て、どうにか理解してくれたようだ。


 ただ、その代償として武夫はよけいな仕事を抱える羽目になってしまった。転んでもタダでは起きないというか、なかなか強かな山根さんだが、そうであるからこそ彼女は今のように会社から評価されているのだろう。


『――では、再来週の土日はお願いしますね。彼女も連れていきますので』

「はぁ、山根さんには敵いませんね。分かりました。できるだけ早急にビデオを送ってください」


 山根さんとの話し合いを経て、武夫は編曲の仕事を受けることにした。ただし、その内容はアイドル路線を継続する道と、ロック寄りのポップス、もしくはバンドを従えた本格ロックに路線変更する道とを選べるようにすることになった。選ぶのは歌い手本人だ。


 つまり武夫は、再来週の土曜日まで二パターン以上もしくは二曲以上の編曲をする必要が出てくるのだ。原曲は一曲ではなく、本来アイドル路線で歌う予定だった曲以外にも、過去にボツになった曲をビデオに録画して送ってもらうことになっている。




「はぁ、休みが終わっちゃうよ。お前は気楽でいいよなぁ」


 電話を終えた武夫は、電話中ずっと足元にじゃれついていたハナを抱きかかえて自室に戻り、ベッドに腰かけて思う存分彼女をモフりまくるのだった。

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★★★★★ m(_ _)m

100話到達記念SSを投稿しました。内容は雅美が父を亡くしてバンドに加入するまでの雅美視点でのスピンオフ短編です。

転校したらスパダリさんに出逢った

このリンクから飛べますので興味がおありの方はどうぞお読みください。
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